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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第三章 時代は踊る
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ミニシャの失敗

「ここで、ですか」


 確かに、研究室まで行って話すよりは時短になるが。

 ミニシャはハンヌが指差す重厚な大扉、オークランド元司令官の執務室だった部屋を複雑な顔で見上げた。

 アウェイオン大敗の責任を取って、故郷のイングランドに帰国したのは一か月くらい前だったか。

 オークランドの失脚で、長年彼の部下の地位に甘んじていたヘーゲルシュタインが少将に昇格し、ヘーゲルシュタイン直属の部下のブラウンが、今はこのヤガタ基地の司令官だ。

 戦域での大敗退を機に、共和国軍の上層部は責任追及に(かこつ)けて軍閥の権力闘争へと発展させた。

 イングランド軍閥を一掃したプロシア軍上層部は、共和国軍の中枢を掌握しただけでは満足しなかった。祖国プロシアの議会制政治をクーデターで倒し文民政治家から政権剥奪にまで及んでしまった。

 本来ならば、戦域での主戦力を大幅に失った非常事態時に、派閥の勢力争いどころではない筈だ。

 軍トップの揉め事で、兵士の動揺は将校から新兵まで隅々に広がってしまっている。

 確かにヤガタ基地の統制は取れている。辛うじて取れている。だが、それは一枚の薄い紙きれのようなもので、弱い風にもすぐに飛んで行くような統制力だ。


(それはブラウンだって十分承知の上だろう)


 ミニシャは確信していた。唐突に兵士たちの状況を聞いて話を逸らしたのは、ブラウンがミニシャより早くハンヌに気が付いたからだ。

 ガグル社の人間の前で、自国の愚かな政治闘争の話を続ける必要はない。


「今は使用されていませんが、前司令官の執務室だった部屋なので、入室するにはブラウン司令官の許可が要ります」


「そんなもの、私には必要ない」


 ユラ・ハンヌはドアノブの下にあるカードキーの挿入口に掌を当てた。

 ガチャリと音がして自動的に重い扉が開く。


「うわっ!どうやって開けたんですか?ここ、セキュリティー超厳重なのに」


「忘れたか?この基地の基本設計はガグル社が行っている。よって、ヤガタのセキュリティーなど、我々の前ではないに等しい。基地の扉は全てこれで開くように設定変更した」

 

 ハンヌは右の手首をミニシャに見せた。


「静脈認証だ。ボリス、入れ」


 扉の前でもじもじしているミニシャに、ハンヌは訝し気に首を傾げた。


「私がこの部屋に入るには、基地司令官、ブラウン中佐の許可がいるんです」


「何故だ?」


「平民出身の下級将校の入室は禁止されていまして…」


「ガグル社上席研究員のユラ・ハンヌが命令したのだ。だからボリス、お前はヤガタ基地のどんな部屋にも入れることができる。連邦軍の将軍にだって許可とる必要などない。」


 部屋に入るのを躊躇しているミニシャを先に押し込んでから、ハンヌも扉の内側に身体を滑り込ませた。扉を閉めてミニシャを見ると、無駄に広い豪奢な部屋に驚愕の目を剥いて、感嘆の溜息を洩らしている。


「研究室まで行っている時間はないんだろう?ここで女の子の内緒話とやらをしようか」


「え?はっ!」


 自分の頭半分上にあるミニシャの顔を見上げると、ハンヌは自分の耳に人差し指を軽く押し当てた。


「あああっ、イヤホン!忘れてたぁー!!」


 絶望的な声を上げて、ミニシャは分厚い絨毯が敷き詰めてある床にへなへなと腰を落とした。


「ごめんなさいぃっ!女の子の内緒話って、例えて言っただけで!外見が華奢で女の子みたいに見えるからとか、上席研究員様が口を閉じて喋らなければとっても可愛らしく見えるとか、そんなんじゃないんですぅ」


「口が滑り出したら止まらないな、ボリス大尉。もっと酷いことを言っているぞ。私に喧嘩を売っているのか?」


「うわあー!またやっちまったぁぁー!」


 ミニシャはハンヌのこめかみに小さな青筋を見つけると、恐怖の雄叫びを上げて床にひれ伏した。


「軍事同盟がすぐにでも停戦解除してヤガタに攻め込んでくるんじゃないかって、もう気が気ではなくって、つい口が滑りまくりましたぁ!愚かな私をお許しください、ガグル社上席研究員兼上級執行役員ユラ・ハンヌ様、どうか平にご容赦を―――!」   


 額を床に擦り付けて頭の上で掌をすり合わせるミニシャの肩を、ハンヌが軽く叩いた。


「君の言う通りだ、ボリス大尉。事態が切迫しているのを承知の上で、頼み事がある」


「ガグル社上席研究員の貴方が私に頼み事って、うわあ凄い!」


 ミニシャは伏せていた顔を床から跳ね上げた。


「で、一体、何を?」


「チームα生体スーツのデータを渡して欲しい」


 恐ろしく威圧的な目でミニシャを見据えながら、ハンヌは言った。



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