新型スーツ
タブレットに映るスーツは四つ足で立っていた。
丸い顔と頭部。こめかみの横に張り出した大きな耳。口を結んでいると可愛らしい造りの顔だが、大きく開けた口の映像には鋭い犬歯が上下に二本ずつ生えている。
がっしりとした両肩から長く伸びる腕は太く逞しく、足は腕よりも幾分か短いが、やはり太く、力強い。
「チームαスーツ開発後にガグル社で作られた生体スーツ、G―1、G―2、G―3だ」
「うわ、ナニこれ、すげえっ」
ブラウンの手元の映像を覗き込んだミニシャが素っ頓狂な声を上げた。タブレットを鷲掴みにするや否や、ブラウンの手からもぎ取った。その様子をハンヌが冷ややかに眺めながら、生体スーツの説明を始めた。
「体長は十二メートル。君達のスーツより大型だ。前足より後ろ足の方が短い。足には五本の指が付いていて、人間より自由に動く。人工脳の原形に近い姿にスーツを開発してみた。何の動物か分かるかな?」
「原形に近い?」
ブラウンは微かに眉を動かした。
「身体付きからすると、このスーツの人工脳はサルですね」
「ご名答。今はとっくに絶滅してしまった、アフリカの熱帯地域に生息していた類人猿の脳を使った。最も知能の高い種で、それも気の荒いオスのをね」
「最も知能の高いサル?」
途端にブラウンが険しい表情になった。
「もしかして、それは、チンパンジーの脳ですか?」
「ええっ!」
ミニシャが表情を強張らせた。タブレットから顔を離してユラ・ハンヌを見つめる。
「そんな無茶な。野生のチンパンジーから作った人工脳と人間の脳を同期させるなんて!同期がうまくいかないと、パイロットの脳にかなり重篤な副反応が現れる可能性がありますよ!」
「心配無用」
ハンヌは目だけを動かして、批判めいた言葉を口にしたミニシャを鋭く睨んだ。
「我がガグル社私設軍隊の中から特に身体能力が優れている兵士を選んで、野生のチンパンジーの人工脳との同期に耐えうる人材を選別した」
その抑揚のないハンヌの言葉の裏に、どれだけの兵士が生体スーツに同期出来ずに重篤な後遺症を負ったのかを伺い知ることが出来る。
ミニシャは思わずブラウンに視線を移した。怒りを抑えられないのだろう、鉄色の瞳が微かに震えている。
兵器開発の名目に人体実験を犯す罪人達の表情の違いを矯めつ眇めしているミニシャに、ハンヌが黒い瞳をミニシャに向けた。
慌てて俯くミニシャに微かに鼻を鳴らすと、ハンヌはブラウンに命令口調で言った。
「中佐、オーリク部隊の配置は君に任せよう」
「えっいいんですか?」
頓狂な声を上げるミニシャの脇で、澄ました表情になったブラウンが頭を下げる。
「了解しました。ところでハンヌ殿。このスーツの性能は如何程のものですか?」
「愚問だ。中佐、君はガグル社純正の生体スーツが君達のスーツに劣るとでも言いたいか?」
ハンヌは剣で突くような眼差しで、無礼な言葉を放ったブラウンを睨み付けた。
身体は小さいが、怒った迫力はなかなかのものだ。ブラウンはミニシャが身を竦める気配を感じた。
「自分はヤガタの総司令官です。戦術を立てる上で、ガグル社の最新式のスーツの性能を知る必要があります。故に、失礼なのは承知の上でお尋ねしております」
「気に入らない事ばかり言う男だな」
ブラウンを睨みつけると、ハンヌはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「ならば、ガグル社製スーツは最前線に配置しろ。突撃隊に使えばいい。貴様のスーツよりも俊敏な動作でアメリカ軍の機械兵器を破壊することを、請け合ってやろう」
思い切り喉を逸らして顎を上に向けると、ハンヌは自分より頭二つ分は背の高いブラウンを睨み付け、吐き捨てるように言った。
「研究室に戻る」
踵を返して足早に指令室から出ていこうと扉の前に立ったハンヌは、思い出したようにミニシャを振り返った。
「ボリス大尉」
「は、はい!」
ミニシャが飛び上がって返事をする。
「何でございましょう?」
「お前に話がある。重要事項だ。俺と一緒に来て貰おうか」
「え?し、しかし、いつ戦闘が再開されるか分からない今、指令室を離れる訳には…」
「すぐに済む」
「すぐに済む話なら、指令室の端っこで良いんじゃないか、な、と」
険しい表情を崩さないハンヌに、ミニシャはもごもごと語尾を濁した。
「ミニシャ、ここは大丈夫だ」
早く行けと目で促すブラウンに、ミニシャは戸惑いの表情を浮かべながら頷いた。
「分かった。中佐、すぐに戻るよ」
扉の前でミニシャを待っているユラ・ハンヌは、ブラウンをちらりと見てからすぐさま踵を返して指令室を出ていった。
その後をミニシャが慌てて追いかけた。小さな身体からは考えられないくらいに、ハンヌは速足なのだ。どんどん先に行ってしまうハンヌに、ミニシャは少しばかり間隔を開けて小走りになりながら付いて行く。
(ったく。いつ戦闘事態に入るかって時に、一体何なんだよ!女の子の内緒話かってんだ!)
先を行くハンヌには聞こえないように注意して、ミニシャは小さく悪態を付いた。口腔内でちっと舌を鳴らした途端、ハンヌが急に足を止めた。
「ど、どうなさったんですか?」
くるりと後ろを振り向いたハンヌが、ミニシャを見上げた。
無表情だが、いつにも増して鋭い視線を向けて来る。ミニシャの顔から冷たい汗が噴き出した。
舌打ちが聞こえてしまったか。まさか、口の中で呟いた悪態が耳に届くとも思えないが。
「重要事項の話だが、ここで済まそう。研究室まで戻る必要はない」
直立不動で喋っているミニシャに、ハンヌは手前にある豪華な扉を指差した。