ひとりぼっち
「忠一様はどこからいらっしゃったのですか?」
「東京ですよ」
「トウキョウ...」
体は腕を組み首を傾げしばらく考え込んでいたようだがやがて諦めたらしい。
「失礼ですが、聞いたことのないところですね」
「そうですか」
別に期待してたわけでもなかったので忠一は特別落胆したりしなかった。
「ところで、お2人はこの後いかがするつもりなのですか? このまま村にとどまっていただいても一向に構いませんよ。住むところも我々が用意いたします」
コルドの申し出は嬉しかったが、さすがにこの村で第2の人生を歩いて行こうとは思わなかった。ここがどういう世界なのかもっとよく調べたかったし、もしかしたら自分と同じ世界から転生してきた人間がいるかもしれない。それも調べたかった。
「大変ありがたいお言葉ですが、まだやりたいことがありますのでお断りさせていただきます。私は明日にでも発ちます。が、もしよろしかったらこの娘ーーコゼットというのですが、あの盗賊どもに村を滅ぼされ天涯孤独なのです。もしよろしかったらこちらの村で面倒をーー」
忠一がそこまで言ったところでコゼットが急に立ち上がり大きな目をめいいっぱい吊らせて怒鳴った。
「いや!! いやです!! 忠一さんのばか!」
呆然とする忠一とコルドを置いてコゼットは家から出て行ってしまった。
「えぇ...なんで怒ってるんだか」
忠一が呟くとコルドは
「早く行ってあげた方がよろしいのでは?」
などと笑う。仕方なく立ち上がってコゼットを追いかける背中を見ながらコルドは
「そういえばリューガン様も女心に疎かったとかなんとやら」
と1人呟いた。
家を出てすぐのところでコゼットは俯き、肩を震わせていた。涙をしゃくっているのが分かった。
忠一はこういうのに弱い。というより今まで女に泣かれたような経験がない。そもそも女と関わった経験すらほとんどない。そんなわけでどうすればいいのか全く分からない。
「あ、あーコゼット...あのさ...えーっと...ばかって言うのはひどいと思うよ」
忠一の口から出てきたのはそんな言葉で、我ながら頭の悪い声のかけ方だと思った。
「ばかです! ばか!!」
「2回も言うなよ...」
内心ほんの少しだけ傷付きつつ忠一はかける言葉を探した。やがて子供をあやすような調子で
「そりゃ、ずっとお世話になってた村がなくなって新しい村で生活するのは大変だと思うけどさ...でももう前の村は無くなっちゃったんだよ。だからこの村で生きてくしか...」
と慰めてみたが、どうやらコゼットの心には響かなかったらしい。コゼットは忠一に向き直り目を見つめた。目を赤く腫らし、涙が月明かりに反射する。
「違うもん! なんで、なんで置いてくなんて言うんですか!? 同じ行くあての無いもの同士なら連れてってくれてもいいじゃないですか!? 忠一さんのばか! もう1人じゃ不安なの!」
そういうと声を震わせながらまたしても頷き、急に声が小さくなった。声を震わせながら
「連れてってよう...連れてって...」
と消え入りそうな声で呟いた。
「俺といたらきっと危険な目にあうぞ? 」
「いいもん...」
「まともに生きていけるか分からないぞ? どこかで野垂れ死ぬかもよ? それでも一緒に行きたいか?」
「行きたいもん...」
忠一は観念し、小さくため息をついた。それに、この世界のことを全く知らない以上ひ弱な少女とはいえ世界のことを知っている人を同行させるのは悪いことじゃないのかもしれないと考え直した。
「わかったよ...ついて来い。出発は明日の朝だからな?」
そういうとコゼットは急に忠一の目を凝視した。涙は乾いていないが目の色は希望に満ち溢れてる。
「ほんとにほんとですか? 嘘だったら許さないですから!」
「ほんとほんと。絶対絶対」
「嘘ついたらクギ1000本飲ませますよ!」
「針じゃなくてクギなんだな...わかったわかった針でもクギでも剣でも1000本飲むから」
「やったあ!」
コゼットは心底嬉しそうにすると忠一の胸に身体中を預けるようにして倒れかかるように抱きついた。
「ほら、部屋に戻るぞ。コルドさんが待ってる」
どうすればいいか分からない忠一がキョドキョドと緊張しながら優しくコゼットの肩を引き剥がそうとするが、離れようとしない。コゼットは首を小さく振った。
「あと少しだけ、あと少しだけこのままにしてください」
「お話は済みましたか?」
家に戻るとコルドがニコニコしながら尋ねてくる。
「えぇ...彼女も連れて行くことにします」
忠一が答えるとコルドはコゼットを一瞥し頷いた。
「そうですね。それが良いでしょう。今日はここでお休みください。粗末な寝床ですが...私は隣の家で寝ますのでなにかあったらお知らせください」
そう言ってコルドは恭しく頭を下げ、家を出て行ってしまった。その途端忠一に1日の疲れがどっと押し寄せて強烈な眠気に襲われ、ふらふらと藁のベッドに吸い寄せられていった。
寝転ぶと藁のベッドはチクチクしてて固く、お世辞にも寝心地が良いとは言えない。それでも忠一にとっては久しぶりのまともな寝床だった。
(屋根と寝具のあるところで寝れるのがこんなに気持ちいいなんてな)
沖縄の守備隊に所属されてからは常にタコツボの中で体を丸めて寝ていた。雨が降る日でもそれは変わらず冷たい雨水に浸かりながら眠っていた。
コゼットも全てのろうそくを消すと自分の寝床に入ったが、しばらくして立ち上がり寝つきつつある忠一の肩を躊躇いがちに揺らす。
「どうした?」
ほとんど眠りの世界に入ってしまっている忠一はぶっきらぼうに言葉を投げかける。
「あの...あのですね?」
「うん」
「一緒に寝てもいいですか?」
「うん...うん!?」
まるで背中を急に敵襲を受けた時のように忠一は覚醒した。コゼットは既に忠一の寝床に入ろうとしている。
「どうしたんだよ!?」
きょどりまくっているとコゼットは体をめいいっぱい忠一に押し付けて。小さく恥ずかしそうに呟いた。
「怖くて...今日だけでいいですから」
その言葉に忠一はハッとする。
(俺もいろいろあったけど...この子だってそうだよな...)
それでも享年=女の子と手を繋いだことすらない歴の忠一には刺激が強すぎる
「いいよ...今日だけだからな」
そこまで言うと忠一は遂に眠りについた。
コゼットは寝息を立てる忠一の体に自分の可能な限り体を密着させる。
「本当に安心する...ありがとうね...忠一さん」
コゼットはそう呟き自分も眠りについた。