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コルドの村

「良かった...帰ってくるって信じてました!」



コゼットが輝く瞳で抱きついてくるものだから忠一は思わず尻餅をつく。それを見て女達がようやく笑った。



「お礼がしたいんです」



そう言って女達が自分たちの村に案内してくれる。道中話を聞くと、彼女達はみんな同じ村の出身で、2週間ほど前に村が襲われた際、彼女達の村人達は命だけは奪われなかったが、引き換えに彼女たちはさらわれ、さらに永遠に山賊たちに食料や金品を引き渡すことを約束させられていたらしい。



「私の村は、村の人達が戦ったから、みんな殺されてしまいました...」



そう呟いて俯くコゼットにかける言葉が見つからず、忠一は黙ってコゼットの頭をポンポンと叩いた。




1時間ほど歩くとようやく彼女達の住む村に辿り着いた。コゼットの村や山賊たちが根城にしていた村よりもほんの少しだけ大きく、40軒ほどの家が軒を連ねている。とはいえ既に夜中、月明かりの他に灯りは無く村内は静寂に支配されている。



村の中に入ると女たちは急に元気を取り戻したようだった。



「みんなー! 帰って来たよ!」



1人が大声でそう叫ぶと途端に家中から物音が鳴り始め、ガヤガヤと人々が家から這い出てくる。目の前の光景に困惑していた様子の村人に対し先程叫んだ女が忠一を指差し


「あの人が山賊を全員やっつけて私たちを助けてくれたの! 1人で全員!」



そう説明する。



村人たちは信じられないと言った顔付きで押し黙ってしまったがやがて顔を見合わせ、すぐに大きな歓声が上がった。


「どうなってるんだ! 信じられない!」


「本当に!? 1人で!?」


「良かった! 帰って来てくれて!」


人々が歓声を上げる中1人の老婆がよろよろと出て来て、女の1人を抱きしめて泣いた。



「あなたたちばかり辛い思いさせてごめんなさい...」



「いいの。ヤンおばあちゃん。それに。みんな助かって本当に良かった」




忠一たちを取り囲む人垣を掻き分けながら1人の老人が姿を現し忠一の前で立ち止まった。



かなり小柄で顔には深いシワが刻まれており、長い白髭が立派だ。かなり年を食っているのは確かだろうがその足取りはまるで若い軍人のようにしっかりしている。



老人は忠一の目を見つめながら白い歯を覗かせるように口を開いた。



「私はこの村の村長のコルドでございます。あなたが女たちを救ってくださったのは本当ですか?」



コルドと名乗る老人は年を感じさせない淀みがない丁寧な口調で忠一に尋ねた。



「えぇ...まあ、そういうことになるのでしょうか...」



忠一は歯切れの悪い口調で躊躇いがちに頷いた。



というのもそもそも忠一は始め、コゼットの村の人達を虐殺した賊たちに報復をするつもりで山賊と戦ったのであって、それが女達ーーひいてはこの村を救う結果になったのはあくまで偶然であった。



そんな訳で「そうです。俺が助けました。感謝してください」みたいな恩着せがましい態度を取るつもりはなかった。



コルドはやや白内障気味の目を見開き、先程とは打って変わって大きな声で



「おお...おお! あなたは村の恩人です! まるでリューガン様の再来じゃ! 」



と叫びながらよく日に焼けた両手で忠一の肩を叩いた。



(リューガン?)



様を付けるところから見ると人名なのだろうが、当然忠一はそんな人間の名前を聞いたことはない。




感激したコルドに肩をゆすられながら忠一は首を傾げた。周りの村人たちまでもが



「おお! その通りだ! まるでリューガン様だ!」



などと一様に賛同する。

ふと横を見ると、なんとコゼットまでもが



「確かに...まるでリューガン様」



などと呟きながら頷いている。



ふと忠一の腹の虫が大音量であたりに響いた。今日1日缶詰を半分食べたぢけなのだ。その音を聞いた村人たちが大声で爆笑するのをコルドが諌めるが、彼もやはり笑っている。



「これ村の衆! 英雄だって腹は減るものだ! さあさあリューガン様! それにそこの少女も」



コルドは満面の笑みで忠一とコゼットに目配せする。



「どうぞ我が家へ! お礼をさせていただきたい!」



そう言うと返事を待つことなくとっとと歩き出してしまった。


「リューガンって誰だよ」


忠一の呟きは虚空に消えた。



コルドの家の中は他の家より少しだけ広い。とはいえせいぜい6畳ほどの広さだ。


今は真夜中で、当然電灯などない世界だ。

暗闇で英雄をもてなすことは出来ないと思ったのだろう。村長は村の人々から貴重な蝋燭を集め、室内は充分明るくなった。



「どうぞご賞味ください」



そう言ってコルドは忠一とコゼットの前にこんがり焼かれた鶏肉を乗せた大皿を置いてくれた。忠一とコゼットが同時に喉を鳴らす。貴重な家禽まで2人のために差し出してくれたらしい。



「いいんですか? 鶏肉なんて貴重なもの」



忠一が恐縮してそう尋ねるとコルドは笑いながら粗末なコップに酒を注いで2人に差し出す。



「なあに。本当ならこれでも足りないくらいですよ!」



箸もフォークもなく一本の共用のナイフだけが添えられている、それで肉を切り分けると久しぶりの鶏肉にコゼットと忠一は手掴み我を忘れてかぶりつく、酒を飲むと、蜂蜜の味がした。



「甘くて美味しいですねこの酒」



忠一が久しぶりの酒に舌鼓を打つとコルドは自慢げに頷く。



「我が村特製の蜂蜜酒ミードですじゃ! 賊どもに見つからないように密かに隠しておいたのですが、遠慮せずにやってくださいリューガン様」



(またリューガン)



忠一は先ほどの疑問を思い出した。


「俺の名前は南部忠一なんぶちゅういちです。リューガンという名前は聞いたことありませんが...誰でしょうか?」



そう尋ねるとコルドは随分驚いたらしく目を見開いて忠一の顔を凝視した。


「なんと...リューガン様の名前をご存じない?」



(あるわけないだろ)



心の中でツッコミを入れながら忠一は小さく相槌を打った。



「本当に知らないんですか?」



横から驚いた表情のコゼットがほっぺたに鶏肉の破片をつけたまま訊いてくる。どうやらこの世界ではリューガンとやらは相当の有名人らしい。



「知らないってば。ほら肉ついてるぞ」



ほっぺたの鶏肉を指で取ってやりながら忠一はそう答えた。




「今から300年ほど前、魔物が跋扈ばっこしており世界は混沌を極めておりました」



コルドが語り始めた。なんでもダーカストとかいう魔王が魔物の軍勢に人間はろくに抵抗をすることができず、ただ治安の悪化と混乱が社会を荒廃させていたのだという。



そんな時どこからか現れた謎の男リューガンが魔物と戦い、悪政を敷く領主などの支配者階級を懲らしめて多くの人々を救い、やがて魔王ダーカストを打ち倒すことに成功するのだがその時に受けた傷が元で命を落としてしまったのだという。



「なるほど...でも俺はそこまで立派なことしてませんよ」



「リューガン様も忠一様と同じく、この国の人間とは思えない随分変わっている格好をされていたそうです。それと鋭く切れ味のよい立派な剣を持っていたとも」



「ふぅん...」



もしかしたら300年前、今の忠一のように違う世界から来た人間がいたのかも知れない。そう思って忠一はコルドに質問してみた。



「その服装や剣はどんなふうだったとか教えてもらえませんか?」



「いえ...なにせ300年前の話ですから...服装や剣が変わっていて立派だったということしか分かりません」



「どこから来たとかは?」



「ガトーという土地から来たと言っていたそうですが、そのような土地、聞いたことがなくどこにあるかも分からないのです」



(ガトー...聞いたことないな)



そもそも忠一だってこのような世界に転生して来たこと自体不思議なことなのだ。だとすればこの世界と元いた世界の他にも違う世界があり、そこから転生してきたとしてもなんらおかしいことじゃない。


忠一はそう思った。




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