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天界

「はいこんにちは。南部忠一さん!」



次の瞬間謎の少女が忠一の眼前に顔をぐいっと近づけてきた。反射的に顔を仰け反らし一歩後ろに引く。 見回すと狭くて殺風景な取調室のような部屋で、中央に置かれた机を挟むように少女と忠一は座っていた。



「あれ? 照れちゃった? かーわいー! 忠一さんあれだもんね。彼女いない歴20年と7ヶ月と1週間で、女の子と手を繋いだことすらないどうて...」




そこまで言ったところで忠一は少女のほっぺたを両手の指でつねりあげぐりぐりとネジくりまわす。



「誰が何だってえ? んー?」



「いひゃいいひゃいいひゃい! すみまひぇん調子のりまひた!」



涙目で謝るので 離してやる。少女は赤くなったほっぺたを両手で抑え、反抗的な顔で忠一の顔を睨みつけた。



「んもー。乱暴すぎない? そんなんだから享年=どうて...」



再度忠一の手が伸びかかったところで少女はまたしてもほっぺたを抑え「冗談冗談」と首を振った。



「ん? 享年? やっぱり俺死んだのか?」



「なーにバカなこと言ってるの! 腹部に5発の銃撃と2発の刺突。胸部と頸部に各1発ずつの銃撃を食らって生きてるわけないじゃん? じゃんじゃん?」



「くそうぜえ」



腹ただしさを抑えながらふと今日一緒に戦った戦友のことを思い出した。



「みんなもここに?」



「ええ。村田曹長、本田軍曹、堂本軍曹、柏原伍長...」



その調子で全員の名前を挙げた。



「みな。もう既に安らかに逝ったよ。えーと...あなた方の宗教だと成仏って言うんだっけ?」



「大体さー...」



少女は急に不機嫌そうに机を人差し指でトントン叩きながら忠一に愚痴り始めた。



「ここ最近死者が多すぎるのよ! 日本にアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、ソ連エトセトラエトセトラ...そろそろ戦争やめてもらえません? 我々天界サイドとしても人材に限りがあるので! 30年前もひどかったけど今もひどい! 残業代出ないのにひどいもんだよ!」



「死人に言ってどうする!? ていうか残業代とかあんの!?」



忠一が思わず突っ込むと少女は急に「まあそうだけど」と言って静かになった。



「死んだ人間っていうのはやっぱり地獄か天国かに行くのか?」



忠一がやや不安げにそう尋ねると少女はぷっと吹き出しいかにもバカを見る目つきで忠一を見据えた。



「それってあれでしょ?人を殺したら地獄とか善行積んだら天国とかでしょ? あのさー 矮小な人間の価値観で私達天界のことを図らないでよ。 死んだらみんな等しく成仏です」



そう言って少女は頭の上で手をひらひらさせながら「きらきらー」っと呟いた。



「そっか...じゃあ俺も無事成仏...」



「あっちょっと待って」



少女が忠一の眼前に手を差し出して遮る。



「あなたはね...成仏できまーーーせん! できません! 残念!」



何が面白いのか少女は腹を抱えて爆笑し始めしまいには椅子から転げ落ち、そのまま丸まって20秒ぐらい笑い続けやがて咳をしながら這い上がるようにして椅子に座り直した。



「言ってること違うじゃねーか!」



「うーん...ちょっとね。 貴方には行って欲しい世界があるらしいよ」



「どういうことだ! 説明しろ!」



「説明しろったってー。それに関しては私の部署じゃないし? そろそろ定時だから帰りたいしー...まあ、ざっくり簡単に言うと貴方にはちょっと転生してもらいたいとのことなんです。もうあと10分で定時なので帰る支度始めたいんですけどー...」



「普通定時になってから帰る支度するだろ...」



「はあ...あんた社蓄の素質あるわよ。天界じゃねー...帰る支度も業務の一環として考えるのが最近の流れなのよ。ほんと下界の考えは遅れてるわね」



もう今すぐにでも話を打ち切りたそうな態度を示す少女に忠一は苛立ちをギリギリ限界まで抑えながら疑問を呈する。



「なんで俺が? どこに? なんのため?」



「んもう! そんなの知らないわよ! 窓口が違うのー! もうめんどくさいから話進めるわよ! とにかく貴方には行ってもらいたい世界があります。貴方の持ち物はそのまま一緒に送ってあげるわよ。それと特別に言語は通じるようにしてあげる。でもそれだけよ。それ以上は過干渉になるから」



一方的に話を進められ忠一の頭はパンク寸前だった。そもそも死んだはずの自分がどうしてここにいるのか、この少女は何者なのかそして少女は何を言ってるのかが分からない。つまり何1つとして現状を理解できない。



質問を続けようとする忠一の体が突然光のように透け始め、徐々に薄くなってゆく。



「ちょっと待ってくれ! どういうことなんだ! 俺はどうすればいいんだ!」



少女が狼狽する忠一の額を指で軽く突きイタズラっぽく笑った。



「貴方まだやり残したことがたくさんあるんでしょう? 分かってるわよ。運命という大きな歯車に押しつぶされた哀れな人はみんなそう。だったら今度こそ自分の意思と良心に従って生きなさい。世界が違っても...どこへ行こうとも貴方は貴方なのよ。」



そして表情を崩し、幼い子供を見守る母のような優しい笑みでほとんど消えかかった忠一の頭を撫でた。




「頑張ってね。忠一くん」


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