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シロクサ

そして出発の日ーー予定通り出発した馬車は3人を乗せてよく整備された平坦な道をゆっくりと進む。

周りは平原で見通しが非常にいい。


最初こそ生まれて初めて乗った馬車にノリノリだったコゼットも朝が早かったこともあり、2時間ほど進んだあたりで小さな寝息を立てて忠一の肩に寄りかかるようにして眠ってしまった。


後ろの方にも馬車が見えるし、何度か他の行商人ともすれ違うので人通りが少ない道では無いようだった。


「昼過ぎにシロクサ市に着くわ。今日はそこで休んで明日の明け方にエンナの町に出発。いいわね?」


ウルスラが忠一に寄りかかって眠るコゼットを面白くなさそうな目で見ながらそう言う。いいわね? と言われても元から聞いていた通りの予定なので意義を挟む理由は無く、忠一は頷いた。


目的地はエンナの町、街の規模としてはシロクサの方がエンナよりも遥かに大きい。


しかしその分シロクサには多くの同業他社が存在しており、利益を上げるのが難しい。一方エンナはここ4~5年から町の様子がどうにもおかしくなり、多くの商人が引き払うこととなりうまく商談を結びつければエンナでの利益を独占できるのだという。


とはいえ、多くの商人が利益を捨てて町を引き払うというのは随分とおかしい話であった。いくら町の様子がおかしいとはいえただごとではない。一応の保険のため安くない費用をかけてまでわざわざ忠一を護衛に指名したのだろう。忠一としてはありがたいことではあるが...


忠一の心に、ほんの少しだけ不安がもたげて来る。


「シロクサの料理は美味しいわよ。近くにある森では良質なヒラタケが沢山取れるし、養豚場もある上に森では野生の鹿とか熊も沢山取れるから肉も安くて美味しいの。もちろん料理が美味しいところには多くの商人が香辛料や調味料を持ってくるわけだしね」


忠一の不安もウルスラのこの言葉で一気に吹き飛んだ。



昼過ぎに着くと言ったウルスラの言葉通り、太陽が忠一たちの真上を少し過ぎたあたりでシロクサに到着した。


カルディアに比べれば人口5000人程度と遥かに小さな街で、街を取り囲むのは城壁というよりは高さ2メートルほどの石垣である。戦争ではそれほど役に立つほどのものではないが、盗賊や魔物を食い止めるくらいの役目は果たせるだろう。


城門に立つ門兵が検問を行う。特に関税の対象となるものは乗せておらず、唯一忠一の持つ小銃が気になったようで、変わった無視を発見した少年のように興味深そうに銃を調べていたが、結局なんらイチャモンをつけられることなく市内に通された。


中に入ってみると、やはりカルディアほどではないにせよ活気に満ち溢れており、よく整備された石畳の街道の幅は馬車がすれ違える程広く、出店などは見当たらないもののそのためかえってカルディアよりも広々としている。


出店がない代わりに様々な店が立ち並んでおり、軽く見回しただけでも干物、薬、武具、香辛料など様々な種類がある。


「おっきな街ですねぇ!」


とコゼットが飼い主に甘える犬のように目を輝かせながら市内を見回す。


「これだから田舎娘はいやね。それほど大きいってわけでもないわよ」


チクリとトゲのある言葉を呟くウルスラにコゼットがムッと顔をしかめる。忠一はというとしばらく前から腹の虫が空腹を訴えており、とにかく早く食事にありつきたかった。


とりあえず一行は適当な宿屋の部屋を3つ借り、早速食事に繰り出した。とはいえウルスラにはおすすめの店があるようなので2人は言われるがままについていく。


通されたのは、町の中央にある石造りの古びた店で。中は4人がけと8人がけの丸テーブルが3つずつとカウンター席のある中規模な間取りで、カウンターの向こうがそのまま厨房になっており、人1人横になれそうな大きな鉄板で焼かれる肉や、子供が丸ごと入れてしまいそうな鍋の中で作られるスープのいい匂いが店内に漂っている。





「おおー! これは美味そうだ!」


運ばれて来た大皿に盛られた料理を見て忠一が思わず感嘆した。


長さ30センチほどの木の串にはまだじゅうじゅうと音を立てる、こんがり焼かれた厚切りの豚肉と縦半分に切られた小ぶりのヒラタケが持ち手を除いて隙間なく交互に刺さっており、さらに塩とたっぷりの胡椒がその上には満遍なく振りかけられている。甘い柑橘系の匂いもわずかに漂ってくるところをみるとレモンか何かの絞り汁もかけられているのだろう。


思わずよだれが垂れそうになるのを堪えて期待に満ち溢れた目で、訴えかけるような忠一を見てウルスラは自慢げな微笑を浮かべた。


「ええどうぞ。おあがんなさいな」


ウルスラがそう言うと同時に、忠一は早速手で串を掴み、口で肉とキノコをむしり取るようにして貪る。



「うまい!」


飲み込んだ忠一が感激する。


香ばしい肉と淡白なキノコの味が絶妙にマッチしており、塩と胡椒の塩梅もちょうどいい。一口噛むごとに濃厚な肉汁が口中に広がり、そこにレモンの爽やかな風味が交わる。


これで1本5アスなのだからそれはもう破格としか言いようがない。


忠一の反応を見たコゼットは思わず喉を鳴らし、おずおずと串に手を伸ばして串の先端に気をつけながら一口だけついばむようにして口にする。


しかし、飲み込むなり口を抑えて「美味しいです!」とウルスラを一瞥した。


ウルスラはサプライズプレゼントに喜ぶ子供を見る親のように満足げな顔で頷いた。


「そうでしょう! 私はここの常連で...って聞いてないわね」


自慢げなウルスラであったがもはや料理に夢中で彼女を一顧だにしない2人の姿を見て小さくため息をつくと自分も串を取って頬張る。


「うん! やっぱりここの串焼きは最高ね!」



一行が一心不乱に串焼きを食べていると後ろから男の声がした。


「そんなに美味しそうに食べてもらえると嬉しいねぇ」


笑顔のその中年の男を見てウルスラが「あら」と笑顔を見せる。


「久しぶりねマスター。相変わらずここの串焼きは美味しいわ。カルディアで店を開いてくれればいいのに」


マスターと呼ばれた男は「いやいや」と苦笑を浮かべた顔の前で手を振る。


「爺さんの代からこの店をやってるからね。そうも行かんよ。それにこのキノコの味はここでしか出せない。採ってすぐに鮮度が落ちて行くからね」


「あら、それは残念ね。もし気が変わったら教えてね。融資してもいいわよ」


「ははは! お気持ちだけありがたく受け取っておくよーーところでウルスラさん。ここには商用に?」


ウルスラが首を振る。


「シロクサはもう商人でギュウギュウだもの。利益が出せないわ。エンナに行くつもりなの」


「エンナ?」


マスターの声色が変わり、先ほどとは一転真顔で眉をしかめた。


「あそこはやめた方がいいんじゃないか? いい噂を聞かないよ。どうにも街がどんよりしててね、誰も行きたがらない。半年前もよそから来た商人がエンナに商談に行ったっきり帰ってこないんだそうだ」



「儲けるコツは誰もやりたがらないことをやることよ。それに大丈夫。私には優秀な護衛がいるから」


そう言ってウルスラは忠一を一瞥するが、当の忠一は串焼きに夢中でまるでやり取りを聞いていなかった。


その様子がおかしかったのか、マスターは小さく吹き出す。


「まあ、ウルスラさんがそう言うなら止めはしないけど、食料はこの街で揃えて行った方がいいよ。向こうで何があるかわからないからね」


「ありがとう。そうするわ」


マスターは親指を立てて一同の幸運を祈り、厨房へと戻って行った。


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