新しい依頼
それから3日ほど経った日のこと、忠一たちの部屋に控えめなノックの音が転がった。
「どうぞ」とコゼットが答えるなりドアが開く。
「4日ぶりね忠一!」
現れたのはウルスラだった。あんな事件からまだそれほど日が経っていないのに元気そうなのは大した怪我をしていないからなのだろうが、それにしても元気だ。
「おう。元気そうだな」
忠一がそう言い切る前に。
「あらウルスラさんこんにちは」
と牽制するかのようにコゼットが2人の間に割って入るかのように挨拶をする。
「あらー。こんにちは...えーっと?」
「コゼットです。忠一さんと暮らしてます。2人きりで暮らしてます」
丁寧な言葉遣いではあるものの一件にこやかな表情を浮かべながらも目は決して笑っていない。ウルスラも同じような表情を浮かべ、ニコニコしながらも頬をピクピク痙攣させながら慇懃に挨拶をする。
「こんにちはコゼットさん。私はウルスラ・クレイン。ウルスラと呼んでくださいな。この間の馬車の護衛では忠一さんにお世話になりましたの。一晩中ね」
ウルスラの言葉にやや青筋が立つコゼット。この2人の水面下の大バトルに忠一は気付いていないが、なんとなく重苦しくて異様な空気だけは感じ取れた。
「私忠一に用事があって参りましたの。貴方じゃなくて忠一にね」
「あっ、そうなんですかー。でもここ私の家でもあるのでここで話は聞かせてもらいますねー」
「別にいいのよ? でも貴方に聞こえないようにものすっごく忠一にくっつきながら耳元で要件を伝えるから。あの日の晩みたいにね」
「なんですってぇ!? させません! そしたら私もっとべったりくっつきますから! なんなら一体化しますから!」
もはや言葉遣いを取り繕うことすらなくなり、忠一は2人の間に飛び散る火花が可視化されたかのような錯覚に陥る。忠一がようやく口を挟んだ。
「なあウルスラ、話があるなら始めてくれないか?」
「えっ。ああそうね」
我に返ったようにウルスラが向き直る。
「あのね...忠一に受けてもらいたい依頼があるの」
「受けてもらいたい依頼?」
ヘルハウンドやハイオルガの姿を思い出し忠一は思わず身構える。忠一の考えを察したのかウルスラが慌てて言葉を付け足す。
「ああ、いや、今回の依頼は危険なものじゃないのよ? まあ前回のも危険だとは思ってなかったんだけど...」
「どういうことだ?」
「西に50キロほど行ったところにエンナって町に取引に行きたいんだけど、5年くらい前から町の様子がなんか異様らしいの。初めて行く町だからついてきて欲しいのよ...」
ウルスラの説明を聞きながら忠一は横目でちらっとコゼットを見た。コゼットは口出しこそしないもののあからさまに乗り気ではない。もう危険な仕事をしないで欲しいという気持ちが明らかに見て取れた。
とはいえ忠一は食べて行くためにも金を稼がなければいけない。考えた末1つの解決点を見出した。
「コゼットを...この子も連れてっていいか? いいならその仕事引き受ける」
そう言ってコゼットを指し示すとウルスラは一瞬躊躇うようなそぶりを見せるがすぐに気を取り直した。
「まあ...いいけど、その子にかかる食費と宿代は自腹よ? それでもいいの?」
そう聞くものの明らかに嫌そうな声色のウルスラ。
「ああ。いいよ。構わない」
そう断言する忠一の眼差しにウルスラはほんの少しだけため息をつき、ちらりとコゼットを一瞥する。
「わかったわ。依頼は4日間の依頼で報酬は15デナリ。それでいい?」
「15?随分高いな」
前回はあれほど危険な仕事だったのに8デナリ半の報酬だった。今回は安全な仕事と言いつつも同じ日程にも関わらず以前の報酬の2倍近くに上がるのだ。
「忠一の腕は確かなものだから。その分報酬は弾ませてもらうわ」
「じゃあ出発は1週間後の日の出前。集合場所は前と同じ場所よ。マーセナルギルドにあなた指名で依頼出しておくから、受注しておいて」
「なんでわざわざギルドを通すんだ?」
と忠一が疑問を挟む。ギルドを挟めば手数料がかかるのだ。個人でやり取りすればそんなものかからない。
ウルスラが呆れ顔で忠一の顔を見つめた。
「あのねぇ。ギルドの構成員はギルドを通さずに依頼を受注するのは禁止なのよ。そんなことも知らないのかしら?」
言われてみれば当然のことであった。そもそもギルドに紹介してもらうからこそ様々な仕事を比較的楽に見つけることができるし、以前みたいに依頼の最中に大怪我を負ってもギルドの負担で無料で病院で治療を受けることができるのだ。
それに、聞くところによると忠一の治療費どころか依頼による殉職者の葬式費用なども全部ギルドが負担したという。
前の依頼においてギルドがいくらの手数料をウルスラから受け取ったかは分からないが、忠一の手元に渡る報酬が8デナリ半であったことを考えれば手数料はそれより少ないはずで、そう考えると殉職者の葬式費用や忠一の治療費による出費でギルドは大赤字であったはずである。
これらの恩恵を受けていながらギルドを介在した依頼によって知り合った依頼主と、個人的にギルドを通さずに仕事を引き受けるのは背信行為と判断されても仕方ないだろう。
忠一頷くとウルスラは満足げに微笑んだ。
「今回は商談だけだから馬車は1台しか使わないわよ。まあ道のりは前回よりもずっと安全だし気にすることはないわ」
「なのに護衛が必要なのか?」
「そうよ。貴方がマーセナルギルドに所属しているように私も商人ギルドに所属しているの。まあ談合や価格統制は都市法で禁止されてるからしないんだけどね」
仕事を積極的に紹介するマーセナルギルドと違い、商人ギルドは互助組織的な色合いが強く、万一の時の保険や情報の交換、(例えば黒い森の小屋のように)お金を出し合って行商路の設備の拡張新設などを行うのが主だという。
「それで、ギルドメンバーは必ず1つの馬車に1人以上の護衛をつけなきゃいけない決まりなの。破ったら何かあった時も保険が下りないわよ」
「てことは黒い森の時の損失は...」
「もちろん保障されたわ。でも亡くなった人たちは本当に残念だったわ...」
目を伏せ、心底残念そうにウルスラが呟くものなので忠一は慌てて話題を変えた。
「それでマーセナルギルドには行商の護衛が安く大量に発注されてるのか」
「そうね。お互い支え合ってるのよ。そうやってうまく回していくの。じゃあ依頼の受注よろしくね!」
そう言ってウルスラは去っていった。
がちゃんと扉が閉まるなり今まで黙っていたコゼットが目を期待に輝かせて忠一に向き直った。
「楽しみですねおでかけ! おやつは10アスまででいいですか?」
以前の依頼の時はあれほど心配していたのに、自分もついていけるとなるとこれである。
とはいえ今回の依頼は安全と聞いていたので忠一も一安心である。「遠足じゃないからね?」と言い含めておいたものの楽に15デナリ得られると思うと心が躍る。それにコゼットも一緒なら彼女にいらん心配させる必要もないので気が楽だ。
恐らくウルスラは商人ギルドの決まりで仕方なくお金を払って依頼を発注したのだろうが受注する側の忠一としては歓迎すべきことであった。