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コゼットのお買い物

「すまないコゼット実は俺...」


なぜか上半身裸の忠一が唐突に神妙な顔つきでそコゼットに切り出す。


「俺...好きな人ができたんだ」


「えっ? えっ?」


困惑するコゼットだが忠一は気にする様子もない。


「だからお前とはいられない...本当にすまない」


すまないと言いつつも重大な告白を包み隠さず告げることにより解放感に満ちたようなすがすがしさの混じる顔で深々と頭を下げる。


「えっ? ちょっ...まっ? えっ」


いきなり後頭部をどつかれたかのように混乱しまくるコゼット。そこになんの前触れもなくカルディア防衛兵のミハエル一等兵が現れた。それも上半身裸で。


「やあダーリン! そこの子鹿ちゃんに話は済んだかい?」


「ダーリン!?」


以前会った時よりも明らかに筋肉隆々となったミハエルが忠一の肩を抱く。忠一の顔が少し紅潮する。


「ああミハエルにゃん... 話は済んだよ」


「ミハエルにゃん!?」


もはやどこから突っ込めばいいかわからず、おろおろするコゼットそっちのけで2人はイチャイチャラブラブし始める。


「えっ...? えっ。忠一さん好きな人って」


「そうだ」と忠一が冷たい瞳でコゼットを一瞥し、吐き捨てる。


「俺...男が好きなんだ。だから女でしかもロリペッタンのお前なんかとは一緒にいられないんだ」


「ロリペッタン!?」


聞いたことがない単語ではあるものの意味はなんとなくわかってしまう。


「もうそんな女いいからさ...早く行こうぜダーリン」


「そうだな。さよならコゼット」


そう言って2人は肩を組み、振り返ることなく立ち去って行ってしまった。


コゼットがその場にへたり込み、離れていく忠一の背中に手を伸ばし続ける。





「いやぁ!」


気付くとコゼットは家のベッドの上で上半身を引き起こして夢の中と同じように前に手を伸ばしていた。


外からは鳥の鳴き声の他に物音がなく、鎧戸から朝日が差し込み始めていた。


コゼットが我に返って忠一のベッドを見ると、コゼットの見たひどい夢のことなど露知らず、忠一が小さくいびきをあげて寝ていた。




コゼットは寝直そうと再びベッドに横になるがなかなか寝付けない。結局起き上がって泥のように眠る忠一の傍らまで歩き、少しためらったが結局忠一の肩を優しく揺さぶる。


「忠一さん忠一さん」


「うん? なんだ...どうした?」


忠一は目をこすりながらなんとか声をあげた。


「あのですね!」


そう言って顔を近づけられ忠一は少しドキッとするが今は圧倒的に眠気が優っているのでそこまで気にならない。


「うん。なんだ?」


「今はロリペッタンでももう少ししたら凄いことになりますからねっ!」


「は? ロリペ...なんだって?」


生まれて初めて聞いた横文字を睡魔に支配された脳内をフル回転させて意味を察しようと試みるが全く見当もつかない。

あらゆる英仏文学を原文で読み漁ってきた忠一だがロリなんとかという単語に該当する言葉を見たことがない。もしかしたらロシア語あたりなのじゃないかと思うがだとすればお手上げだ。とはいえこの世界の住民であるコゼットが唐突にロシア語を喋るわけないな。などとも考える。


「あぁ...うんそう。頑張ってね」


結局忠一の口から出てきたのはそんな言葉だったが、そのおざなりな返答を聞いたコゼットは(忠一さん全く期待してない!)と受け取ってしまった。



「それに私言うほどロリペッタンじゃないですから! 普通よりやや控えめくらいですからね!?」


「うんうんそうだね。確かに」


完全にスルー態勢に入った忠一を見てコゼットがますます躍起になっていく。


「信用してませんね! なんなら今見せてあげましょうか!」


「うん」


自分自身の発言に驚愕し、すぐに顔を真っ赤にして、今のなし! と言いたくなったコゼットだが驚くことに忠一は「うん」と答えた。


もちろん忠一は眠気でほとんど意識をなくしておりコゼットが何を言っているのかどころか自分が何を言っているのかすら全く分かっていない。


そんなことつゆ知らないコゼットは「うー」とか「んー」とか恥ずかしさに死にそうになりながら呻き、どうすればいいのか苦悩したがやがて、自分の言葉には責任を持たねば! と決心し、恐る恐ると胸元に手を伸ばす。


胸元をやや開き、普段はチュニックに隠れている白い肌が晒されかけたその瞬間忠一が再び寝息を立てて眠りの世界に落ちたため、コゼットは安堵のため息をついた。





その日の昼前、部屋で養生する忠一を部屋に残してコゼットは1人カルディアの市場を探索していた。


もちろん遊びにきているわけじゃない。実は昨日忠一の病室に向かう途中、ロイドが「これで何か買って忠一を喜ばせてやるといい」とコゼットに1デナリ銀貨を握らせていたのだ。


もちろんコゼットは断ったものの結局半ば無理やり銀貨を握らされてしまった。


(うーん...喜ばせるって言ってもなに買えばいいのかなぁ)


コゼットは銀貨を大事そうに握りしめ、中央広場に所狭しとひしめく出店を1つ1つ覗いてみるがいまいちピンとこない。


「流石に干し魚とかあげても喜ばないだろうしなぁ」


とか


「えぇ! 蛇の剥製が3デナリもするの! まあいらないけど...」


とか


「胡椒買ってもなぁ...」


などと1人ぶつぶつ言いながら歩き回っているうちに田舎の村で過ごしてきたコゼットは都会の市場にひしめく珍品に時々目を奪われたりして当初の計画を忘れ(忠一さんと来れたら楽しいんだろうなぁ)などと考え始めた。


「これ。そこの栗色の髪のかわいいお嬢ちゃん」


と、足元の方からしわがれた老婆の声がコゼットの耳に飛び込んできた。声のした方を見ると真っ黒なフードを被った全身黒装束のいかにも怪しい弱い80ほどの老婆が粗末なゴザの上で小さな椅子に座りコゼットを見上げている。


「えっ。私ですか?」


「そうじゃ。まあここにお座りなさい」


老婆が手招きするのでコゼットは素直に老婆の向かい側に膝を抱える形で座り込んだ。


「ふーむ。男のことで悩んでいるね」


出し抜けの言葉が図星をついている。コゼットが驚愕していると老婆は歯がところどころ抜けた口を大きく開いてクツクツ笑う。


「どうして分かったんですか?」


「ワシは占い師じゃからなぁ...それにお前さんのような美しい女がそんな様子でウロウロしているところを見ると...まあ男への贈り物を探しに来たというところじゃろう」


「えっ! なんで分かるんですか! そうなんですよ!」


「ふぅむ...やはりな...しかし物を渡せばそれで男が喜ぶと思うのはちと青い考えじゃな。男なんてのは下手にプレゼントをくれてやるより目の前で裸になった方がーー」


途中で老婆が言葉を止めたのはコゼットが耳まで真っ赤に染め上げ顔を逸らしてしまったからである。


「まあ今のは冗談じゃ。生娘にはまだ早すぎたな。贈り物に大事なのは渡す物それ自体の価値ではなくこれじゃよ」


そう言って老婆は右手の親指を立て自分の胸をトントンと二度と叩く。


「おっぱいってことですか...?」


タイムリーすぎる話題に青い顔をするコゼットを見て老婆は眉根を寄せた。


「うーんさてはおぬし結構な馬鹿じゃな。どうして今の話の流れで乳の話になったのだ? 大事なのは物それ自体ではなくそれに込められた気持ちと言いたかったんじゃワシは...それに覚えておけ、女に大事なのは乳のサイズではなくハートのサイズじゃぞ」


「はい! ありがとうございます!」


まだ肝心の話はなにもしていないのに急に元気になるコゼット。


「それで、具体的にはどうすればいいんですか!?」


「うむ。ちょいと耳を貸せ」


コゼットが老婆に近寄り耳をそばだてる。老婆がコゼットの耳元でレクチャーを始めた。


老婆の話が進むに連れてコゼットの顔が再び紅潮する。


「えっ! いきなりベッドに押し倒す!? それでズボンを...?」


「うむうむ。それからな...」


「えぇ! 手と口で!? 無理です! だめ!」


「男を悦ばせたいと言ったのはおぬしじゃないか」


「そんなの絶対にダメです!」


考えただけで恥ずかしくなるよう話を聞いて頑なに振るコゼットを見て老婆はため息をついた。


「やれやれ。では今から言うことを男の前でやってみせろ。絶対に悦ぶはずだ」


そう言って老婆は再びコゼットに耳打ちする。


「うぅ...そんなことできるかなぁ」


先程よりははるかにソフトな内容ではあるものの依然として恥ずかしい。


「大丈夫じゃ! お主ならできる! ここに必要なものがあるから使うが良い。本当は商品なんじゃがおぬしにはただでくれてやろう。ただし上手く行ったらまたここに来るんじゃぞ」


「わ、わかりました! やってみます!」


コゼットは決心したように頷き、老婆からそれを受け取った。









忠一はふと目を覚まし、目の前のコゼットの姿を見て絶句した。


普段は後ろに一本結びしている髪を下ろしている点は別にいいが、コゼットの綺麗な栗色の髪から突き出すように真っ白い人間のものではない耳が出ている。


「...猫?」


どうやら猫の耳を模した飾りを頭にをつけているようだった。特異だったのはそれだけではない。

コゼットが身にまとっている衣装は普段の簡素なチュニックではなく、黒を基調とした白いフリフリ付きのエプロンドレスである。


目を点にする忠一に、コゼットは恥ずかしさをごまかしながらもややぎこちなく老婆から聞いていた。『男を悦ばせる』技術を行使する。


「ご、ご主人様...おはようございます...だニャン」


コゼットは羞恥心を振り切るように半ばヤケクソで胸の前で両手を軽く握り手首を軽く曲げる。


「...は?」


異様過ぎるその光景に忠一はもうどうすればいいかわからない。彼女いない歴=享年の忠一でなくても反応に困る展開に忠一は現実逃避を始めた。


「どうやら夢らしいな」


「起きてくださいー! 1人でこんなのやってたら私ただの恥ずかしい人じゃないですか!」


再び目をつむる忠一の肩をコゼットが必死に揺さぶる。傷口が痛むので現実だと認識した。


「なんだよその格好...」


「こうすれば忠一さん...じゃなくてご主人様が喜ぶと教えてもらいました!」


えへんと自慢げに胸を張るコゼット。


「誰に?」


「知らないおばあちゃんにです」


そう言ってコゼットは所在なさそうにしていた手を胸の前まで持ってきてもう一度「ニャン」と消え入りそうな声でそう呟いた。





「ご主人様...はい、あ~ん」


どこからともなく取り出した木の器に盛られたなにかをコゼットは匙ですくい、忠一の口元まで運んで来る。

一瞬あの死ぬほど不味い薬を思い出し身構えるがどうやらリンゴおろしらしかった。


「あ、あーん」


動揺しながら突き出された口に含む。日本で食べるのよりやや渋い感じのするリンゴだったが、冷たい果物の甘みが忠一の口に広がった。


全て食べ終わり、一息ついた忠一はさっきから気になっていた疑問を遂に口にした。


「その格好...どうした? あとご主人様ってなんだ? ここだとそういうのが流行ってるのか?」


異形の魔物が出てきたり山賊がのさばってたりとこの世界は忠一の常識の範疇外のことが多い。もしかしたらこのやけに扇情的な格好もこの世界では当たり前の物なのかもしれない。



「いえ、流行ってるわけじゃないんですけど...知らないおばあちゃんがくれたんです。この格好の時は『ご主人様』って呼ぶのが決まりらしいですよ。こういう格好がいつか流行る日が来るとか言ってました。時代が私に追いついていないだけだとも。えーっとネコミミとメイド服とかいう...トーキョーにはこういうの無いんですか?」


忠一は無言で首を振りながら内心(あるわけないだろ)と思った。そんなエロい格好が東京で流行る日は金輪際来ることはないだろう。しかし、もし仮に100歩譲って万が一来る日があるとすればそれは東京に平和が訪れた時だろう。とも考えた。


「やっぱり変ですよね? この格好...」


そう言って不安げに偽物の耳を指でつまむコゼットを見て、忠一は今まで存在すら知らなかった自分の中の不思議な扉が開いていく不思議な感覚に見舞われる。


変か変じゃないかで言えば変だが、ありかなしかでいえばめちゃくちゃありだ。とか忠一は考えてしまう。


「いや、いいと思うよその格好」


「ほんとですか!?」


顔を輝かせるコゼット。心なしか偽物の耳の方がぴょこぴょこ動いたような錯覚に陥る。


「うん...でも人前では見せない方がいいかな」


「わかりました!じゃあこの格好は忠一さん...じゃなくてご主人様の前限定ってことで!」


「あとたまに...その格好はたまにでいいからな」


たまにはやってほしいという気持ちが無いでもない。


「はいご主人様!」


コゼットがにっこり笑った。

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