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分の悪い賭け

忠一は深く生い茂る草の中を雨に打たれながら匍匐前進で進み続けた。


(くそっ!くそくそくそ! なんだってんだよ!)


内心毒づいたが、これは別に魔物に包囲された怒りからくるものではなく、先程のウルスラの行為に動転しまくり頭が良く回らなくなった末のものである。


別に忠一はウルスラの行為に腹を立てたわけじゃないが、母親以外の女性と私的に関わったことない歴=享年の忠一にとっては額へのキス程度のものですら天地がひっくり返るほどの衝撃だった。


なりふり構わず進んでいるとすぐ目の前を哨戒中のヘルハウンドの群れが通り過ぎひやりとする。


(冷静に...冷静にならなければ)


そう考えて大きく深呼吸をするが5秒後には記憶が蘇りなんだか心がムズムズする。


ウルスラの隠れている大木から200メートルほどの距離を置き、忠一は手頃な木に登った。


人の胴体ほどの太さの枝に乗り、ハイオルガの位置を確認する。


距離およそ150メートルほど、4匹のヘルハウンドの中心に守られるかのようにハイオルガは立っており、辺りを見回したりあれこれと指差してなにやら唸ったりしているようだ。


銃の照尺を150メートルに合わせて、左膝を立て、そこに左肘を乗せてしっかり固定する。銃床を肩にぴったりとくっつけて照門を覗き、ハイオルガの岩石のような顔面の中心に照準を合わせる。


(もし、弾丸が外れたらーー)


嫌な予想が忠一の脳裏を掠め、思わず照門から目を離す。


(もし弾丸が外れたら。いや命中してもあのいかにも頑丈そうな頭蓋骨を貫通しなければ。それに...もし殺せたとしてもヘルハウンドたちが統制を失わずに俺に向かって来たらーー)


その予想がどれか1つでも的中すればすぐに大量のヘルハウンドに追い立てられるだろう。そうなった時は出来るだけウルスラの隠れているところから離れたところまで死ぬまで連中を引きつけるしかないのだ。


随分分が悪い賭けだった。しかし、やらなければ死を待つのみなのだ。


忠一は腹をくくり、再び照門を覗き込んだ。


緊張で高まる鼓動を大きな深呼吸で鎮めようとする。鼓動が高まれば保持している銃もわずかに動くからだ。ほんの数ミリの銃口ズレでも150メートル先では大きな誤差となる。緊張は狙撃においてはデメリットにしかならないのだ。


しっかりと照準を合わせほんの僅かに引き金にかける指に力を入れる。


(全ての不安を忘れろーー銃と一体化し、一撃に全てを込めろ)


カチッというほんの僅かな音とともに引き金が数ミリ引かれ、遊びがなくなる。あと数キロの握力を引き金に加えれば弾丸が発射されるのだ。かといって力を入れすぎるとガク引きという現象が発生し、弾は右方向に逸れることとなる。


大きく息を吸い、今度は肺が空っぽになるまで息を吐く。そしてもう一度少しだけ息を吸ってそこで止める。


ピタリと銃口のブレが止まり照準が完璧に定まる。引き金を引ける最低限の力を右手の人差し指にかけ、忠一は銃弾を放った。


銃の薬室内にある6.5ミリ弾は銃身の内部に刻まれた4条のライフリングを経て螺旋状に回転しながら銃口を飛び出した。


音速の2倍以上の速度で飛翔する弾丸は忠一の命という重いチップをその身に乗せながら暴雨を切り裂き、放たれてから約0.2秒後に150メートル先の標的の頭にわずかの誤差もなくぴったりに着弾する。



ハイオルガは苦しみに満ちた大地を震わすような唸り声をあげながら、その無骨な両手で顔を覆い、泥酔した酔っ払いのように足を踊らせると、膝をつき、僅かな間をおいてうつ伏せに倒れこみ、動くことはなかった。


(死んだか...)


忠一がほっと胸を撫で下ろすと同時にハイオルガの周囲にいたヘルハウンドたちが空に向かって一斉に遠吠えをあげる。


それと同時に付近のヘルハウンドたちが堰を切ったようにバラバラになってどこかへ駆け出して行った。


作戦は成功したのだ。


忠一が木を降りようと下を向いた瞬間、黒い塊が忠一に飛びかかって来た。


忠一は木の上から押し倒され2メートル近く離れた地面に背中を強く打ち付け身体中に激しい痛みが走る。


1匹のヘルハウンドがまだ残っていたのだ。


忠一を地面に押し付けたその魔犬は勝ち誇ったように忠一の顔向かって2度吠え鋭く太い牙を剥き出しにして大きな口を開ける。


「どけっ! ちくしょう!」


忠一は木から叩き落とされた痛みを堪えながらがむしゃらにヘルハウンドを殴り続けるが効果がないどころか寧ろ敵意を強めてしまったような気すらする。


忠一の首筋に顔を近づけるが忠一は両手でヘルハウンドの顔を抑え、膝で脇腹を蹴飛ばしたりして必死に抵抗する。


小銃は木から突き落とされた時に落としてしまったし、銃剣や日本刀を鞘から引き抜こうと片手を離せば即座に首を食いちぎられるのは目に見えている。



忠一は身体中の力を総動員し馬乗りになった魔犬を身体から引き離そうとするがヘルハウンドの力の方が優勢でグイグイと牙が忠一に接近してくる。


牙が忠一の首筋に触れた瞬間、忠一は目をつぶり、最後の瞬間は待った。しかし今まさに2度目の人生を終えようとしたその瞬間、すぐ近くで小さな爆発音が3回聞こえ、ヘルハウンドの体が忠一の上に崩れ落ちた。


慌ててヘルハウンドの死骸を体から引き摺り下ろして音のした方を見ると。すぐ隣でウルスラがうるんだ目を見開いて呆然と膝をついている。


手には煙を銃口から吐き出す拳銃が握られており、音の正体はこれだったのかと忠一は気付いた。


「大丈夫か?」


忠一がなんとか立ち上がり痛む身体をおさえながらウルスラに声をかけると、彼女は急に目つきを険しくさせて忠一を睨みつけた。


「大丈夫か? それはこっちのセリフでしょ! 」


「そう...だな。でも、ついて来てたのか...逃げろって言ったのに」


「私があなたの言葉通り逃げてたらあんた今頃死んでたでしょうが! カッコつけて死にかけたのはどこのどちら様?」


「悪かったよ。その通りだ」


「もう。ほら、これ返すわよ。帰りましょ」


そう言ってウルスラは忠一に拳銃を手渡し、彼に肩を貸したのだった。


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