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血戦

敵がジリジリと近寄ってくる。まだこちらの位置はバレていないだろう。陣地の偽装は日本軍のお家芸だ。



とはいえ米兵もそれをよく知っているから気を抜かない。



部隊から支給された重機関銃1丁の他に忠一が撃破した戦車から分捕った米軍の重機関銃が1丁、それと1門の擲弾筒が崩れ落ちた建造物を利用した陣地に上手く隠されていて、その他の兵は全員タコツボに姿を隠していた。



機関銃と擲弾筒は予め陣地から150メートル離れた街道に向けており、敵歩兵がそこに踏み込むと同時に猛烈な攻撃を浴びせるという作戦だ。



あと50メートル...



将校には小銃が支給されないため死んだ味方から拝借した38式歩兵銃ーー通称サンパチを御守りがわりに握りしめる。



戦車が照準地点を越え、敵の横隊が踏み入れると同時に忠一は自分でも驚くほどドスの効いた怒号を発した。



「撃てえ!!!」


間髪入れずに擲弾筒の発射音、そして2丁の重機関銃が火を噴き、ほんの少し遅れてタコツボから一斉に射撃が開始された。



5~6人程の米兵がうつ伏せに崩れ落ち、すぐさま他の米兵たちがその場に伏せて戦車の後ろに集合を開始する。戦車は動きを止め、砲塔を動かし始めた。



榴弾が狙い通りのところに着弾し、2~3人の米兵が宙に舞うのが見えた。



何人かの米兵が味方を救おうと倒れた兵士に駆け寄るが、忠一は容赦なく彼らを狙い撃つ。吐き気を催す行為だが、これは戦争だ。そしてなによりここは日本の土地だ。何が何でも敵を駆逐しなければいけないのだ。

甘いことを言うのも罪悪感に浸るのも戦争が終わってからにしよう。初めて敵兵を撃った時から忠一はそう心に決めていた。



(このまま帰れ! 帰ってくれ!)



忠一はそう心の中で叫びながらひたすら敵に向けて銃を連射する。



敵の戦車が射撃を開始し、瞬く間に2つの機関銃陣地が跡形もなく吹き飛ばされた。

そしてほんの一瞬の間を置き、2発目を発射したばかりの擲弾筒陣地も木っ端微塵となった。 残るはタコツボだけである。



敵が落ち着きを取り戻し始める。忠一が見習士官だったとき教官が言っていた言葉を思い出した。



「米兵は数で攻めてくるしか能がない弱兵だ。少し脅かしてやれば我先にけつまくって逃げ出すぞ」



そんなこともなかろう。忠一を始め、同期一同はみんな冷めた気持ちで聞いていたが、どこかで信じていた。なんとか安心したかったのだ。教官も恐らく自分が安心したくてそんなことを口にしていたのではないだろうか。



そんな儚い理想は始めて銃火を交わした時に無残にも砕かれた。米兵も日本兵も戦場じゃ変わらない。合理的で冷静で勇敢だった。



軽機関銃と戦車の車載機銃による支援射撃を頼りに米兵たちがゆっくりと、時に射撃をしながら近づいてくる。




時おり倒れる敵もいたが、タコツボからの射撃も少しづつ減っていくのがわかった。



お互いの距離は50メートルにまで詰まっていた。



「次会う時は靖国ですね」



隣のタコツボにいる村田からそんな声が聞こえてきた。



「生憎、死後の世界とか魂とかそういうの信じてないんですよ!」



忠一は震える手で銃剣を小銃に着剣しながら大声で憎まれ口を叩いた。


返事がない。見ると村田は銃を構えたまま前のめりになって事切れていた。よく見ると首から上がない。戦車の機銃にやられたようだった。



もうどのタコツボからも射撃の音は聞こえなかった。



(俺だけかーー)



不思議なことにもう生き残ろうという気持ちなどどこにもなかった。小銃をその場に置き、実家から持ってきた家宝の日本刀を引き抜いた。




弾帯(拳銃や弾丸などを装着したベルト)をはずすと急に身軽になった。敵との距離が5メートルになると同時にタコツボから飛び出す。面食らう米兵の群れに向かって忠一は、この世のものとは思えない咆哮を浴びせながら飛び込んだ。



一番近くにいた米兵の喉を一気に貫く。目があった。恐らく忠一と同じくらいの年齢の若い兵士だ。



剣を抜きすぐ隣の男の頭を断ち割り、返す刀でさらにその横にいた男の首を切り落としたがそこまでだった。



身体中に弾丸を受け全身の力が一気に抜けた。追い討ちをかけるように銃剣が体を貫く。忠一は膝から崩れ落ち、その場にうつ伏せに倒れこんだ。



地面を流れ続ける自分の血を眺めながら薄れゆく景色の中で忠一は、戦争が終わったらまず何をしようか考えた。




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