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残酷な知らせ

~カルディア市 カラタガンストリート 忠一とコゼットの家~



コゼットは朝から家中をいそいそと歩き回っている。


(明日忠一さんが帰ってくる)


そう思うといても立ってもいられずに、そわそわする気持ちをそうやって紛らわせていた。2日間とにかく寂しくてコゼットは死にそうだった。


たまにベッドに腰掛けたり忠一のベッドに寝転がって枕に顔をうずめながら足をバタバタさせたりしてみる。


一昨日ひどいことを言ってしまったことをコゼットは謝りたかった。


(食べられちゃえなんて言わなければよかった)


とひたすら後悔した。嫌われちゃったらどうしようと思うと胸が痛む。



そもそも忠一にお金が必要なのは自分が生きるためなのもちろんコゼットが生活していくためでもあるのだ。ということをコゼットは分かっていた。なのにあんなことを言ってしまった。

とコゼットはとにかく後悔した。




実際忠一はそんな言葉なにも気にしていないのだがコゼットはそんなこと知るよしもない。


やはり危険な仕事なんかやめて2人で仕事をして慎ましく暮らしたい。コゼットはそう考えた。


(忠一さんが帰ってきたらまずどうしよう)


忠一がこのドアを開けた途端に抱きつくのを我慢できる自信がない。なんならそのままベッドに押し倒してーー


そこまで考えてコゼットは顔を真っ赤に染め上げて再度忠一の枕に顔を押し付けて1人呻いた。


そもそもコゼットにはこんな感情がどこから来るのか分からない。村にいた時は人にこんな気持ちを抱いたことがないのに。と、コゼットは不思議だった。


「早く帰って来ないかなぁ...楽しみだなぁ」


コゼットは顔を上げて小さく呟き、またしても忠一の枕に顔を埋めた。




ゴンゴンゴンと激しいノックの音が屋内に響く。


(えっ。帰ってくるの明日じゃなかったっけ?)


コゼットはそう思いながら慌ててベッドから立ち上がり逸る気持ちを抑えながら勢いよく開ける。


「おかえりなさ...あれ?」


外には忠一ではない男が立っていた。どこかで見覚えがある。ようやく、3日前にギルドで声をかけてきた男だと思い出した。


どうしてこの家を知ってるんだろうと思いつつも、とりあえず要件を尋ねる。


「えっと...あっ。ロイドさんこんにちは。どうされましたか?」


ロイドは走ってきたらしくかなり息を切らしている。コゼットの質問に答えることもせずにコゼットに早口で尋ねた。



「忠一は!?」


「えっ。 忠一さんなら明日まで帰ってきませんよ」


コゼットがそう答えるとロイドは悔しそうに顔を歪めながらも一度大きく深呼吸し、務めて冷静そうに「そうか。邪魔したな」とだけ言って立ち去ろうとする。


「ちょっとちょっと! ちょっと待ってください!」


不穏な空気を全身から発しながら立ち去ろうとするロイドをコゼットが止まる。


「忠一さんになにかあったんですか!?」


「いや、そういうわけでは...」


そう言いながらもロイドは目線をあからさまにコゼットから逸らした。


「教えてください!」


噛みつかん勢いで迫るコゼットにロイドはついに観念した。


「さっき黒い森に立ち入り禁止令が出た」


「黒い森って忠一さんの通ってるところですよね? どうして...」


「昨日。あの森でヘルハウンドの異常発生が報告されたんだ。あの森は今魔物の巣だ」


調査に入っていた騎士団がほとんど全滅していたことをロイドは伏せた。



「いや、もしかしたら森に入る前に報告を聞いて、もしかしたら忠一たちは森を避けて帰ってくるかもしれない。そんなに焦るな」


ロイドの苦しい慰めもコゼットには聞こえていなかった。コゼットは、足元が崩れるような錯覚を覚えながら


(私が食べられちゃえばいいなんて言ったから...)


と自分を責めた。






包囲網がジリジリと狭まり、中央の馬車を中心に約20メートルほどの円となっていた。


突然1匹の遠吠えと同時に堰を切ったように飛びかかってくる。 忠一は一番近くのヘルハウンドの頭を撃ち抜き、ボルトを引きながら周囲を見る。


すぐ後ろの馬車にいた護衛がめちゃくちゃに槍を振り回すがヘルハウンドがそれをあっさりとかわし首元に噛み付く、おぞましい悲鳴とともに護衛は押し倒されたがすぐに静かになる。御者が飛び出して逃げようと試みるがすぐに2匹のヘルハウンドに殺到されすぐにズタズタに引き裂かれてしまった。


恐怖に駆られた馬が大きないななきをあげて忠一たちの馬車に向かって突進し、2つの馬車が横転する。倒れた馬にすぐさまヘルハウンドが飛び乗りのどを食いちぎった。


「くそっ!」


忠一は横転した馬車に乗るウルスラの安否を確認する余裕もなく近くのヘルハウンドをがむしゃらに射殺する。


5匹目を撃ち抜いたところで弾が切れた。そのタイミングで1匹が忠一に向かって突進してきている。拳銃を抜く余裕すらない。


飛びかかってきたヘルハウンドに銃剣を向けるとちょうど腹部を串刺しする形となった。そのまま体重を前にかけて地面に引き倒し。銃剣を腹から引き抜くと動かなくなるまで何度も刺し続ける。



すぐ近くでもう1匹が忠一に飛びかかろうと足をかがめる。すぐさま拳銃を抜いて2発の銃弾を浴びせるが、バランスを崩しながらも飛び付いてきた。



鋭利な爪がわずかに忠一のほほを掠めたが紙一重でかわし着地したヘルハウンドの頭にもう2発浴びせると野太い断末魔をあげそのまま地面に伏した。




死体を蹴飛ばし、死んだことを確認した途端忠一の守る馬車からウルスラの恐怖に満ちた悲鳴が聞こえる。忠一がすぐさま振り返ると横転した馬車の幌を切り裂き中に侵入しようとしているヘルハウンドがいた。


「てめぇ! そこからどきやがれ!」


忠一は銃剣を向け、雄叫びをあげながら突進する。脇腹に銃剣が根元まで突き刺さり苦悶に満ちた呻きをあげながらヘルハウンドが地面に転がった。


倒れたところに忠一は飛びかかり、喉元に銃剣でとどめを刺す。周囲を確認し、わずかな時間の余裕があることを確認し小銃に弾丸を込めた。


「おい!大丈夫か!」


忠一が破れた幌の間から中を覗き込むとウルスラが顔を真っ青にし身体を丸めて頭を抱えながら忠一の方を見ることもなく「助けて...」と何度も震える声で呟いている。


「助けてやるからそこでおとなしくしてろ! いいな!」


忠一が怒鳴るとウルスラは弱々しく頷いた。



護衛や御者の悲鳴も馬のいななきも聞こえなくなった。聞こえるのはヘルハウンドの群れの生臭さの漂うような息遣いだけ。



(また、みんな死んだ)


と忠一は戦死した時のことを思い出す。


辺りを見回すと他の獲物を狩り終えた魔犬たちが忠一1人を取り囲んでいる。


(ここまでかな...)


と忠一は半ば諦めた。


しかしヘルハウンドたちはなかなか襲いかかろうとはしない。周りに大量に散らばる仲間の死体を見て警戒しているのだ。


銃を向けられるとあからさまに動揺し、左右に跳ぶ。

あの杖から音がなると誰かが死ぬーーようやくそれに気づいたようだった。躊躇いがちに忠一の動きを観察する。



やがて忠一を取り囲んでいた中でもひときわ大きな個体が空を仰いで大きく、狼のような遠吠えを放つとヘルハウンドたちは一斉に包囲を取り森の中に走り去って行った。



「助かったのか...?」


忠一が1人小さく呟いた。


しかし深い森の中央にいる忠一たちはまだまだ魔犬の巣に取り残されたままなのだ。



辺りを見回し、忠一は強烈な吐き気と目眩に襲われる。


馬も人もみんな死んでいた。護衛たちはみんな皮の鎧やチェーンメイルを身にまとっていたが、ヘルハウンドの爪や牙はそれらの防具をやすやすとは言えないまでも、ズタズタに切り裂けるだけの力があるようだった。


ヘルハウンドが噛み付いた跡は見事に拳の大きさにえぐり取られており、大量の血が死体の下の草に染み込んでいる。




「ウルスラさん。大丈夫ですか?」


取り敢えずの危機が去り、先程とは打って変わって丁寧な言葉遣いで忠一は馬車の中のウルスラに声をかけた。


少しして四つん這いになったウルスラが馬車の中から這い出てくる。荒い呼吸をなんとか整えながら忠一を見上げた。


「私...助かったの?」


「いや、まだ分かりません。まずはこの場を離れて小屋まで歩きましょう。立てますか?」


そう言って忠一は地面に這いつくばるウルスラに手を伸ばす。彼女は忠一の手を取りなんとか立ち上がったが、すぐに腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。

悔しいような恥ずかしいような、そんな表情を見せてくる。


「おぶりますよ。しっかりつかまってください」


「や! そんな恥ずかしいことできるか!」



そう強がり立ち上がろうとするがやはり膝が崩れ落ちる。ギャーギャーとうるさい抗議を無視して忠一はウルスラをおぶった。



背中に背負う背嚢はいのうは家に置いてきて良かったと心底思った。銃弾はその分大した量携帯できなかったが、もし持ってきていたら彼女を背負うことはできなかった。

肩から下げる雑嚢ざつのうは持ってきていたが、少しの携帯食が入っているだけで軽い。


抗議するウルスラを無視してひたすら小屋に向かって歩き続ける。


「こら! 降ろせ!」


「あんまりうるさくするとまた連中襲ってきますよ」


そう脅すと途端に大人しくなるが、忠一の胸の前で組まれている腕が小刻みに震え始めた。ちょっと脅かしすぎたかな、と忠一は少し反省する。


少し歩いているとウルスラが「ねえ...」と心細そうに口を開いた。


「見捨てないでくれる?」


「見捨てませんよ」


「ほんと?」


「本当です」


そこまで言うとウルスラは「ありがと...」と消え入るような声で呟き、忠一の背中に身体を預けた。



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