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不穏な門出

しばらく不機嫌なコゼットであったが、料理が運ばれてくると途端に目をキラキラさせる。彼女の興味は主祭のスープではなく付け合わせのパンにあるようだった。


「もう食べていいですか」


コゼットが湯気の立ち上るパンから目を逸らさずにそう言うのを見て忠一は思わず苦笑する。まるでお預けを食らった犬のようだなと思った。


「もちろんいいよ」


忠一がそう言うと同時にコゼットはパンにも劣らず白い手でパンを掴むが「あつっ」と小さく悲鳴をあげ、今度は慎重に手を伸ばし、大事そうに一口大にちぎると口に放り込んだ。


途端に笑顔が顔中に広がり、先ほどまでの姿は嘘だったかのようにテンションが上がる。


「これ! すごく美味しいですよ!」


「ああ。それはよかった」


忠一も木製のスプーンを手に取りスープを覗いた。ラーメンどんぶりほどの器の中には豚肉の細切れと、一口大に切られたキャベツがこれでもかというほどスープに浮いていた。


口に含むとちょうどいい塩気と、具材の味、そして鶏肉のエキスのような味が口中に、ひろがった。


久々の豚肉に嬉しくなった忠一はそのまま木製のゴブレットに並々注がれたビールを煽る。ぬるくてコクもないビールだが久々のアルコールが忠一の喉に染み渡った。



2人が笑顔で食事をしていると、近くで食事をしていた3人組のうちの1人男がゴブレットを持って立ち上がり忠一たちの方に歩み寄ってきた。


「よお!」


気さくに声をかけてきた男は、まだ20中盤ほどの若い男で、青い瞳と綺麗な金髪をしたハンサムな男だった。背中に大きな剣を背負っており、上等そうな革のジャケットを着ている。



持っているゴブレットを忠一に突きつけ「乾杯」という。この世界の乾杯も俺のいた世界と同じなのかと不思議に思いつつ忠一は自分のゴブレットでそれを受けた。



「少しだけ座ってもいいかい?」



そう言うので忠一がコゼットを一瞥すると、彼女は無言で頷いた。


「どうぞ」


と忠一は手で自分の隣を勧める。


「あんたここに登録したばかりなんだろ? 俺はロイドよろしくな」


そう言ってニヤリと笑うがいやらしさは感じない。本当にただ挨拶しに来ただけと言った感じだ。



「俺は忠一だ。この子はコゼット」


ロイドはコゼットを見て「ほー」と呟いた。


「この子もマーセナルに?」


「いや、この子は違う」


「そうだろうな。その方がいい」


ロイドの顔が一転して険しくなる。戦場でよく見たその表情に忠一は一瞬どきりとする。


「マーセナルは危険だからな。あんたクレイン商会の護衛に行くんだろ? 違うか?」


「そうだ。よくわかったな」と忠一が頷くとロイドは眉にしわを寄せた。


「まあ新人が受けられるのは商会の護衛くらい。んで、今募集してるのはクレイン商会の依頼くらいだからな。普通商会の護衛ってのはすぐ埋まるんだよ。何日か馬車で座ってればいいだけだからな」


「と、なると俺はラッキーだった。ってことか」


忠一がそう言うとロイドは「ちっち」と忠一の前で指を振る。


「モラベ市に行くんだろ? となると黒い森を突っ切るわけだ。あの森じゃ最近ヘルハウンドが増えて来たって噂だぞ」


ヘルハウンド? と忠一が首をかしげる。そう言えばコゼットがそんな言葉を口にした気がする。魔物とかなんとか...とコゼットの言葉を思い出した忠一は彼女の方をちらりと一瞥するが白パンに夢中でやり取りを見ていないようだ。

とはいえ余計な心配をさせたら本当に依頼を辞退させられてしまう。忠一はそう考えた。



「まああくまで噂だからあまり気にしない方がいいが。心にはとどめておいてくれ」


とロイドが言うので忠一は黙って頷いた。


ところで...とロイドが忠一の体をジロジロと眺め回す。別にいやらしい意味ではなく、単に好奇心からと言った表情だ。


「あんた変わった格好だな。どっから来たんだい?」


またかと思いつつ忠一は「東京」とだけ答えた。ロイドが「へぇ~...知らんな」と首を傾げた。


「動きやすそうだが、身を守るのは難しそうだ。それにしても立派な縫製ほうせいだな」


などと言って感心している。そして自分の連れの方を見て立ち上がった。


「じゃあ俺はそろそろ行くぜご武運を」


「ちょっと待ってくれ」


立ち去ろうとするロイドを忠一が引き止めた。


「なんだ?」


「なんでそんな情報を教えてくれるんだ?」


忠一には不思議だった。彼からすれば忠一は商売敵とも言える相手のはず。それが何故塩を送るようなことを言うのだろう。忠一の疑念にロイドは少し笑った。


「マーセナルの世界じゃ助け合いだよ忠一。ほんの少しの情報の有無が生死を分けるんだ。相手を出し抜こうとする奴は誰にも信用されない。欲張って早死にするよりは情報を共有してお互い生き残った方がとかってもんじゃないか?」



なるほど。と忠一は納得する。ロイドは単にお人好しなわけではなく、お互いの情報を交換しあうために協力した方が結局は得という考えを持っているのだろう。とはいえ、そういう風にはっきり言ってくれる方が信用できるというものだ。



「俺もなにか情報を得たらあんたに教えるよ」


忠一がそう言うとまたしてもロイドは嫌味のない笑みを浮かべ「頼むよ」とだけ言い、2人は最後にもう一度乾杯して別れた。





翌日、見送りのコゼットとともに約束された時間前に城門の前にたどり着いたが、既にそこには5台の2頭立ての幌付き荷馬車と10人ほどの男女がいた。


そのうちの1人の少女が忠一の前に歩み寄ってくる。

身長は140センチ前半ほどとかなり小さく、綺麗な赤毛をしたショートボブの少女で、年は恐らくコゼットと同じくらいか少し上くらい。


大きく青い瞳は宝石のようだが反抗期の少女のようにやや吊っている。小さいが高い鼻に、ややふっくらした血色のいい色気のある唇をしており、ギルドのウェイトレス、マリンほどじゃないとはいえかなりの巨乳の持ち主だ。にもかかわらず体は細い。10人いれば10人が振り返るような美少女だ。



襟と袖周りだけが水色をしている上等そうな黒いロング丈のケープに、灰色の膝までの長さをしたスカートを身につけている。


こんな格好をできるのはかなりの金持ちだとこの世界を知らない忠一にもすぐにわかった。


「あんたで最後よ! もう。しっかりしなさい」


少女は高い声で開口一番忠一を批判すると、何も言わずに小さな皮袋を忠一の手に握らせた。中には1デナリ銀貨が4枚入っている。どうやらこのうるさそうな少女が依頼主となるらしい。


「 残りはここに帰って来てからよ!」


どう見ても年上の忠一に生意気な口を叩く少女だったが、忠一の視線は嫌が応にも少女の胸に向かっていた。



「あっ。ふーん...」



隣のコゼットが何を察したのか昨日と同じ嫌に不気味な笑顔で忠一の顔を見据える。


「やっぱり忠一さんってそうなんですねぇ...」


「えっ。なにが?」


「知らない! 忠一さんなんてやっぱり魔物に食べられちゃえ!」


そういってぷいっとそっぽを向かれてしまう。


忠一は疑問を解消するまでもなく、馬車の御者に追い立てられ荷馬車に乗り込んだ。


馬車が発車して城門がしまると、コゼットは急に寂しくなり、忠一にこんな態度をとってしまったことをすぐに後悔した。


「嘘です。絶対...絶対帰って来てくださいね。食べられたりしたらダメですから」


閉まってしまった城門を眺めながら、コゼットは崩れ落ちそうな体を必死に堪え、そう呟いた。


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