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マーセナルギルド〜初めての依頼〜

何はともあれ何をするにも先立つ物...つまり金が必要なのだ。忠一とコゼットは新居で休むのもほどほどにコルドから聞いていたマーセナルギルドに向かっていた。


場所は先ほど不動産屋から教えてもらっていた。先の目抜き通りをまっすぐ行った先に大きな中央広場があり。そこを左に曲がった大通りに各職業のギルドが軒を連ねているのだという。


そもそもマーセナルギルドがなんなのかよくわからない。そのまま解釈すれば傭人ようにん同盟となるのだが、つまり便利屋さんみたいな意味だろうかと忠一は推理していた。



言われた通りの場所にたどり着く、建築ギルドと看板が立っている大きくて立派な石造りの建物の隣にある、2階建の30メートル四方ほどの木造の建物であった。


大きな龍の彫刻を施された重厚な観音扉を緊張しながら開く。中にはいくつかの長テーブルが等間隔に並べており、100人くらいの人々が設置された背もたれ無しのベンチに座って酒を飲んだりスープやサラダを口にしている。


男女比は7:3ほどで、男の方が多い。年齢構成はほとんどが10代~20代ほどの若者で、30代ほどの人間も数人いるが、それ以上はほとんど見当たらなかったエプロン姿のウエイターや、奥のカウンターで羊皮紙を真剣な眼差しで眺める職員は女しか見当たらなかった。


入ってきた忠一たちを入り口近くの数人がちらりと一瞥するがすぐに興味をなくし、元に視線を戻す。ただ僅かに忠一が腰に差した刀を興味深そうに見るものもいた。



忠一はコゼットを連れて脇目も振らずにカウンターまで進んだ。



「ご登録ですか?」


職員の若い、無愛想な女がほとんど忠一たちの方を見ることもなくそう尋ねた。



ここで身分証明書などの提示を求められたらどうしようと忠一は密かに心配していたが手続きは非常に簡単でその心配は杞憂きゆうに終わった。いかにもまじめそうな事務員の女には袖の下が通用しなそうだったこともあり忠一は心底安心した。



(案外俺みたいな流れ者で成り立ってる仕事なのかもな)


と忠一は邪推したがそんなことはどうでもよかった。


「私はこのギルドの事務員、アンジュです。わからないことがあったらいつでも聞いてください」



そういう彼女はあくまで無愛想で、できれば面倒なことを聞いてくれるなと言っているようで忠一は少なからず腹が立った。



(学生課の職員によくいる性格だ)



となんとなく大学時代を懐かしく思ってみたりもした。



「早速だけど、仕事がしたいんだ。どうすればいい?」



そう忠一が尋ねるとアンジュはめんどくさそうな態度も隠そうともせず大きなため息をついていかにも仕方なさそうに説明をする。



「あの壁」と言い指差す方向には大量の羊皮紙が貼り付けられている。



「あそこに依頼の内容と報酬が書いてあります。けど貴方はここに来られたばかりのど素人ですので、依頼主が嫌がるでしょうね。初めてなら隊商の護衛くらいがちょうどいいでしょう。報酬は安いですが、大抵の場合馬車に座ってなにもしなくても終わりますし、素人の貴方にはちょうど良いのでは?」



言葉の節々に棘を感じるが、忠一は我慢する。こういう手合いにまともに文句を言ったところで良いことはなにもない。理不尽に対してグッと我慢するということは軍隊で学んだことの中では数少ない、役に立つことの1つであった。



「じゃ、それでいいからなにか紹介してくれ」



「ええーっと...あぁ。これなんかいいと思いますよ。クレイン商会の行商護衛。4日間の行程で8デナリ半」


とアンジュが台帳の当該ページを指差して言う。


「じゃあそれで」


「ですと明日の明け方にこの街の東門前で集合です。寝坊したりしないでくださいね。ばっくれると報酬金と同額の罰金が科せられますから。さらにあまり続くようなら除名です。二度とカルディアのマーセナルギルドには登録することができなるのでご注意してください」



「明日!?」


忠一とコゼットが同時に声を上げる。まだこの街に来た初日である。今日明日はゆっくり休んで買い物などで身の回りを整えたかった。


「せめてそれ以降の依頼はないのか?」


「貴方が受けられる依頼は今のところこれしかないですね」


「やめます?」とアンジュが冷たい視線を台帳から忠一の瞳に向ける。



コゼットの方を見ると「断ってください」とでも言いたげな目で忠一の瞳を凝視してくる。


しかし...金に余裕がない。次にいつ依頼が来るかわからない以上少ない手持ち金でそれを待つのはあまりにも不安だった。


「じゃ、それで」


余りにも無愛想なアンジュへのせめてもの仕返しで忠一はぶっきらぼうに言い放ったが、まったく意に返す様子はなく手続きはあっさり終わってしまった。



明日の明け方にカルディアの東門に集合。

依頼内容は荷馬車及び依頼人の護衛。片道2日かかる道のりを経てモラベ市へ向かい。そこで1泊後同じ道のりで帰還。計4日の行程。報酬金は8デナリと50アス。

これが忠一の受けることになる初めての依頼だ。



辺りは暗くなり始め、せっかくだからギルド内で食事をとることにした忠一とコゼットは人気の少ない席の一角に向かい合わせに座った。



手元にあった木版に掘られたメニューを忠一が眺めていると、コゼットが口を開く。


「忠一さん忠一さん。やっぱり明日の依頼やめたほうがいいと思います」


心底心配そうなコゼットの表情に忠一は少し戸惑ったが、おくびにも出さない。


「どうして?」


「だって...危険です」


「そんなの明日の依頼に限ったことじゃないだろ。それより注文はもう決めた?」


「あっ。はい。この豚肉とキャベツのスープにします」


「じゃあ俺も」


「すみませーん」と手を挙げた忠一にウエイトレスが威勢良く返事をし、エプロンをぱたぱたしながらすぐに駆け寄ってくる。


「ご注文承ります!」


丁寧に、それでいながらハキハキとしたウエイトレスだった。事務員のアンジュがあんな感じだったため相対的に魅力的に映った。


長い黒髪を後ろでまとめた忠一と同じくらいの年の女でやや垂れた大きな黒い瞳と高いというほどではないが形の整った綺麗な鼻をした美人である。身長はコゼットと同じくらいだが、胸が控えめなコゼットに比べてかなりの巨乳の持ち主で、エプロン越しにもそれを強調している。


「あっ! 初めての方ですね! 私ここのウエイトレスのマリンです! よろしくお願いします!」


そう言ってぺこりと頭を下げるマリンに忠一とコゼットも軽く頭を下げて名乗る。


忠一は圧倒的な視線の吸引力を持つ彼女の巨乳から目線を引き剥がしつつ、水よりビールの方が安いしコゼットも飲めるというので薄いビールを2人分と豚肉とキャベツのスープを同じく2人分注文する。



「付け合わせのパンはいかがですか? ライ麦パンと黒パンが1人前1アス、白パンが5アスですが」


同じパンでも値段が5倍も違うのかと忠一は驚く。


(そりゃ、主食にするなら安い方になるよな)


そう思いつつコゼットを一瞥すると、コゼットが懇願するような目で忠一を見つめている。心なしか手がそわそわしているようだ。


「白パンを2人前頼むよ」


コゼットの表情がぱあっと明るくなった。


「あい! 豚肉とキャベツのスープ2人前、ビール2人前、付け合わせに白パン2人前ね! ありがとうございます!」


マリンが30度ほどの角度のお辞儀をすると、ただでさえ殺人的な胸が強調されるはめになり、ついに忠一の視線を捉えてしまった。しかも離さない。沖縄では最後まで降伏することはなかったが、この悲しい男の性に忠一はついに白旗を上げてしまったことになる。



「で、なんの話だっけ?」



何事もなかったかのようにコゼットに視線を戻した忠一は思わず「ひっ」と小さく声をあげた。


一目で作りものとわかる笑顔を顔に浮かべながらもほんの小刻みに震えている。


「忠一さんはあんな感じがいいんですね~?」


やけに甘ったるい声に忠一の心に謎の恐怖心が浮かんでくる。


「な、なんの話だ」


ちなみに忠一はなんの話かほんとに理解していない。コゼットはため息をつくと


「もう忠一さんなんて知らない。ばか」


そう言ってぷいっと明後日の方を向いてしまった。


「馬鹿はひどいんじゃないか?」


「ばかです。ばか。もう忠一さんなんて魔物に食べられちゃえばいいもん」


忠一は返す言葉が返す言葉もなく黙り込んでしまうと、気を悪くしたと勘違いしたのかコゼットが慌てて忠一に向き直った。


「魔物に食べられちゃえばいいですは嘘ですよ! ちゃんと帰ってきてくださいね」


急な変わり様のコゼットに忠一はなんだかおかしくなった。


「でもやっぱり明日の依頼はやめた方がいいと思います。危険だし...」


その続きがあるようだった。忠一が「危険だし?」と水を向ける。


「あの...寂しいし...」


そう言うとコゼットは顔を赤くして俯いてしまった。


(確かに、今まで1人で過ごしたことなんてないもんな。人がいないと寂しいか)


と忠一はややズレた解釈し、コゼットに優しく声をかける。


「大丈夫だ。たったの4日だし。お金は預けておくから街をいろいろ見てるといいよ。それなら寂しくないだろ?」


コゼットは俯いたままやや上目遣いに忠一の顔を見た。


「そうじゃないもん。やっぱり忠一さんばか」


そう言ってコゼットは再びそっぽを向いてしまったのだった。



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