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無い袖は振れない

忠一の予定していたよりやや早く、夕方前にはカルディアの街が見えてきた。



平原のど真ん中にその街は位置しており、端から端がなんとか見えるくらいの広さを誇る。高さ10メートルほどの石の城壁がその街を囲っており、さらにその周りに幅数メートルほどの堀が掘られているようだ。



「カルディアは500年くらい前から商業都市として栄えたのですが、300年前くらい前に魔物との戦いが活発化してから、戦いが終わるまでの間は前線への補給基地として使われていたらしいです」



って昔長老から聞いた話ですけど。と付け加えてコゼットが説明してくれる。



「なるほど」



一目見た瞬間に浮かんだ疑問はコゼットの説明で解消された。城壁や堀など、防衛設備自体はしっかりしていて一見立派な城塞都市に見える。しかし、そもそもの土地が四方が真っ平らな平原では台無しだ。こんなに攻めやすい地形もそうは存在しないだろう。だとすれば、城壁や堀などはコゼットがいう「300年前の戦い」の際に後付けされたのだろう。それより前は無かったのではないだろうか。



堀にかかる幅15メートルほどもある大きな跳ね橋を渡ると城門の前に1人の男が立っている。簡単な作りの槍を地面に立て、チェーンメイルを身にまとっておりなめした動物の皮を靴の形に加工しただけといったような簡素な長靴ちょうかを履いている。この世界を知らない忠一から見ても明らかに兵士であると分かった。



(ふ~ん。この世界の兵士はこんな感じなんだな。あの鎖かたびら重そうだな...)



などと物見遊山気分で兵士をジロジロ見ながらその横を通り過ぎようとすると。



「待て」



と鋭い言葉を2人に浴びせた。



「なんですか?」



忠一がとぼけると兵士は不機嫌そうな顔を隠そうともせずに忠一ににじり寄った。下手したら忠一より年下の幼げの残る兵士だ。



「通行手形を見せろ」



「そんなものは無い」



(そう言えば通行手形が必要だとかコルドさんが言っていたな)



と考えつつも無い袖は振れない以上忠一は正直に答えた。



「無い? では通せん! 帰れ!」


兵士が怒鳴り、忠一たちの元来た方を指差す。


持っていない通行手形を出すことができない...が、このまま引き下がることは出来ない。この若い兵士をぶちのめして強引に押し通ることもできるが、真面目に職務を遂行しているに過ぎない兵士をそんな目に合わせるのは流石に無法だ。忠一はほんの少しだけ思案したが、ふと今朝のコルドとのやり取りを思い出した。



(そう言えばコルドさんが、通行手形が無いならこれが必要だ。とかなんとか言って金を渡して来たんだったな...)



ダメ元で布袋から50アス銀貨を取り出し、兵士の前でひらひらとさせて見る。すると兵士はあくまでまでも冷静な表情をしてはいるもののあからさまに忠一の手元の銀貨にぴたりと視線を送っている。



忠一はほくそ笑んだ。



「ねえねえ。これ、これさ。もしかして通行手形の代わりになったりしないかな?」



すると兵士は先ほどまでとは打って変わってあからさまに動揺した声色で否定しながら首を振る。



「ばばばば馬鹿な...馬鹿め! このカルディア防衛兵、ミハエル1等兵が、そそそそんな無体な真似を!」



どうやら兵士の名前はミハエルらしい。忠一は勝ちを確信したがあくまで余裕感のある。なんだか少し色気のある声でミハエルを説得する。



「真面目だねぇ。ミハエル君。じゃあこれは俺と君との友情の印だ。今日から俺たちは友達だぜ?」



そう言いながら忠一はミハエルの左手を掴むと自分の胸元まで引き寄せる。



「や、やめろ!」



あくまで必死そうだがまるで意志のこもっていない否定の言葉を無視しながら忠一はミハエルの握りこぶしを1本1本と指を広げていく。



「や、やめろ! 俺はそんなつもりは! そんなことできない! あぁ...あぁ! 」



そうは言うもののミハエルの指は簡単に広がっていく。ほとんどと言っていいほど力がこもっていない。時折ミハエルの体がビクビクと震えた。



「おいおい。口では嫌がってても身体は正直じゃないか...? おらっ! なに爪立ててんだこら! そうそう分かってきたじゃねえか...もっと自分に正直になれよ。悪いようにはしないからさ。ふふっ。」



忠一はゆっくりと、しかし色気に溢れた声色でミハエルの耳元でそう呟く。



「だめぇ! 俺の兵士としての誇りが汚されていく! 汚されるうぅ!!」



「おらっ! いつまで抵抗してんだ? これがいいんだろ? わかってるんだよこの欲しがりめ!」


「ああっ! 誰か見てるかもしれないから!」



「誰も見てねーよ。 ほら早く!」


その様子をコゼットが顔を真っ赤に染め上げ、両手で顔を覆いつつも指の隙間からばっちり眺めている。自分の中で新しい扉が開いてしまったような。そんな気がしていた。



全ての指を開き切ると50アス銀貨をミハエルの手のひらに押し付け、今度は握らせる。



ミハエルはしばらく固まったままで、やがて周囲を見回し他に誰もいないことを確認すると銀貨を腰の布袋に入れた。そり返るほど姿勢を正し、大きな声で叫ぶ。


「通行手形確認致しました! どうぞお通りください!」


そして小さく「あぁ...俺は穢されてしまった」と呟いたのをコゼットは聞き逃さなかった。



「いやー。通行手形なんて訊かれて一瞬焦ったよ」



忠一が城門をくぐりながら笑ってコゼットに語りかけるとコゼットは真っ赤な顔を俯かせながら、小さな声で



「そうですね...ほんとに焦りました...いろんな意味で」


と呟いた。





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