高嶺の花 2
タイト視点。
「はあ? 収穫期に被るから武闘会には出ないって言ってんだろ。嫁に出てボケたのかブッ飛ばすぞ」
「あんた本当にその態度よそでするんじゃないわよ!?」
ドロードラング領の屋敷の大食堂にて、農業副班長タイトと、前当主サレスティアのやり取り。
領民が集まって一緒に食事を取る事はドロードラング領ではいまだに普通の事だ。いち農民と領主の会話。他では考えられないドロードラング領の通常である。
「レシィが修道院に入っちゃう前に誰かが優勝してドロードラングの教師として連れて来てって言ってんの。子供たちに勉強を教えるのが上手なのに、修道院で神様に仕えるだけなんてもったいないじゃない。それにドロードラングにいればいつでも遊べるし、良いことずくめよ」
いつでも遊べる云々はともかく、レリィスアが教師となる事には食堂にいた領民のほとんどが頷いた。
「姫を平民に落とすのかよ」
「ちゃんと姫扱いをした奴が言えるのよ、そういうことは」
サレスティアの睨みにしらっとするタイト。
「修道院って会うのに手続き厳しいんだもん。優秀な人材は領に欲しいし、私が寂しい!」
食事をしていた全員がサレスティアのわがままに笑う。
「お嬢こそ姫扱いしろ」
「友達だもん!」
「本人が修道院に行きたいって言ってんだろ、邪魔すんなよ」
「レシィがドロードラング領に来た方が良いと思うひとー!」
ザッ!とタイト以外の全員が手を上げた。子供たちはハイハーイ!と元気に言う。振り返ったタイトは呆気にとられた。
「はい多数決~。マークはルルーの出産と被るから使い物にならないし、コムジは実家でも忙しいらしいから、タイトが行ってね!」
「は!?何で俺!?」
お嬢が寂しいならラトルジン公爵領で引き取ればいいと言う前に指名された。
「タイトなら優勝できると思うひとー!」
またもタイト以外の多数の手が上がる。
「はい多数決~!」
「おい!」
「僕もレシィが教師として来てくれるなら嬉しいな」
「はい!領主の要望~!」
とどめとばかりに現当主のサリオンまでもがサレスティアを後押しした。二人がかりではもう覆らない。
「こンの……極悪姉弟が!」
「「 よく言われる! 」」
元気な姉、しっかりした弟の二人は同じ表情をした。
「そういう事だから、ちゃちゃっと行ってササッと連れて来てね~!」
「何でも無茶が通ると思うなよっ!?」
タイトの叫びは虚しく食堂に響いた。
「俺もう27才なんすけど……」
「はっはっは、諦めろ」
農業班長のニックが笑う。
日課の使用農具の最終点検中につい、師匠のニックにタイトは愚痴った。
サレスティアがわざわざ実家に来てのたまのわがままに皆が反対するわけが無い。タイトの武闘会参加は決定されてしまった。
久しぶりにサレスティアが来てるので、ニックの機嫌はいつもよりもいい。
「お前もレシィがドロードラングに来るのは賛成なんだろう?」
それはそうである。
サレスティアよりも余程教師に向いているとタイトは思っている。
ただ。
「煮えきらねぇな、どうした?」
農具を確認しながらニックがつっこんで来た。
「出るからには優勝したいっすけど、本当に出来るか分からないんで」
このヤロウとニックがにやりとしながら軽い拳骨をタイトに見舞った。
「27才が何言ってやがる。まだまだ動け」
タイトはニックのその言い方に苦笑した。
「それにな、欲しいもんは好機を逃すな」
呼吸が止まった。
思わずニックを凝視する。
ニックは手を止めてにやりとした。
「カマかけ当たったか?」
しまったと思うばかりで上手い返しも誤魔化す事も出来ない。
「い、いや、何の事っすか?」
「はははっ! マークを思い出すな!」
それが一番悔しいが自分でも思ったのでタイトは不貞腐れるしかなかった。最後の抵抗とばかりに作業は続ける。
「レシィに『今度も美味しかった』って言われた時に一番機嫌良いぞ」
タイトの作業の手が止まった。
完全にバレていた。師匠に気づかれる事がこんなに恥ずかしいものかと、俯いたタイトの内心は荒れ狂った。
「姫じゃなくなるなら万々歳だろう」
分かっている。一番の障害が無くなる事は。
「可愛いけど嫁にする程じゃないってんなら、これ以上は止めとくが」
「最上の女です」
無意識に声に出た。ニックのぽかんとした顔で、タイトはしまったと口を片手で覆った。恥ずかしくてまたも俯いて目を反らす。
「なら腹くくれ」
ニックの低い声にまた目を合わせると、腕を組んで体ごとこちらを向いていた。
「最上の女を何年ほったらかしにしてんだ。農民だから気が引けるってんなら優勝して誰にも文句言わせんな」
―――おいしい……!
あの時から野菜作りにのめり込んだ。
レリィスアが美味しいと食べてくれる姿が一番励みになった。
だから、武闘会に出る暇など無かった。
姫だから。
10才も離れてる。
子供だと思っていたのに、会う度に綺麗になっていく。
彼女は高嶺の花で、自分は平地の雑草。
手に入らないなら、せめて誰も手の届かない所へ―――
「会えなくなってからの後悔は、俺が生きてる間は許さねぇ」
はっとニックを見れば、タイトは睨まれていた。
「生きてるならやれ。本気でやって駄目だった時に諦めろ」
何年も前に最愛の妻と子を亡くした男は、腑抜けたタイトを真っ直ぐにその体全部で睨んでいた。
見透かされている、とタイトの口の中はカラカラになった。手を握り込む。
と、ニックがにやりとしたのでビクッとしてしまった。
「大会まで一月も無いし、さっさと大人のふりしたデケェ子供を一から鍛え直してやらねぇとな?」
良い笑顔でさらに凄まれた。
次の日からサリオンの手配でタイトの個人訓練が行われる事になった。
仕事と食事と睡眠以外の時間を戦闘班総出、人数も無差別で襲って来るという方法。
「なんかゴメン!でも勝て!」
タイトは無茶を言う元上司を睨む余裕も無くなった。