高嶺の花 1
メイン:レリィスア、タイト
時系列はだいぶ後。レリィスアが16才、タイトが27才です。
(お嬢は19才です…たぶん←)
約28000字、全12話です。 長い( ノД`)…
おいしい……!
―――あの時の事が、忘れられない。
「そろそろ選んでくれるか」
アーライル国王が執務室に呼んだのは、第二王女のレリィスア姫。三の側妃に似て、真っ直ぐな黒髪が白い肌を引き立てる。
成人して更に美しさに磨きがかかったともっぱらの評判である、の、だが。
「この三人だ」
国王が姫に見せたのは三枚の絵姿。姫の結婚相手候補である。
レリィスア姫はまだ婚約者どころか、候補すら決まっていなかった。
国内外からの申し込みの中から選びに選んだ三人なので、誰に決まっても国として問題はない。外国に決まれば友好の架け橋になるだろう。
末の姫が嫁き遅れにならないようにと、父親心は必死であった。の、だが。
「命令でしょうか」
姫の低い声音に父親心は折れた。
「いいや……」
「修道院が決定しましたらお呼びくださいと申し上げたはずですが?」
無表情で淡々と返ってきた物言いに、国王は盛大にため息をついた。
「それはならんと言ったはずだ」
「誰に嫁ぐ気もございません」
「嘘をつけ。あんなに恋愛小説を読んでいるくせに」
姫の形の良い眉毛がピクリとした。
「最低ですわね、国王」
「せめて父と呼んでくれる!?」
「父なら娘の言い分を聞いてくださるでしょうに」
「父だから娘の幸せを願うのだろう!?」
必死の国王をしり目に姫は優雅に立ち上がった。
「その娘が誰にも嫁がないと申してますのに、それが幸せではないとはとんだお門違いな父親がいたものですわね。失礼いたします」
止める隙なくレリィスア姫は執務室を去り、扉が閉まると同時に国王は撫で肩になって天井を仰いだ。
「思春期って冷たい……」
命令すればレリィスアは従うだろう。その信頼はある。
だが、レリィスアの兄王子達は政略も絡んだが想い合った相手であるし、姉姫は王城勤務の文官ではあるが子爵家に降嫁した。
それらを我が事の様に祝っていたレリィスアにも、好いた相手と添い遂げてもらいたいという親心は袖にされてばかりだ。
「相手の名前さえ言えばどうにでもしてやるものを……」
国王の呟きにその場で仕事をしていた侍従たちは内心、苦笑するしかなかった。
自室に戻ったレリィスアは侍女すらも部屋から出し、寝室への扉を開け放したまま行儀悪くベッドに倒れこんだ。
「もう……! 結婚しないって言ってるのに……!」
父に呼び出された内容は想定していたものだった。
結婚しないとは言い続けているが、国の益になるなら従うつもりではある。その為の『姫』だとレリィスアは自覚している。
だから、この男だと一人だけを指定されたなら受けるつもりで行ったのだ。
しかし提示された相手は三人。違いを見つける気も起きなかった。
「タイトじゃなきゃ誰でもいいのに……私も大概だわ……」
レリィスアは初恋を拗らせ、他の男が全く恋愛対象にならない事を小さく嘆いた。
「好きなものはしようがないのだけど……あーあ」
悩みは声に出すといいと言われて実践するようになったが、声に出して冷静に分析しても、こればかりは解決法は見つからなかった。
諦められず、無理をすれば叶えられるかもしれないが、農夫であるタイトがそれを望むとは到底思えない。
それに、姫どころか女性と認識されているかもあやしい。
この想いに未来が無いことなど、恋愛小説を読まずとも分かってはいた。
「いま……何してるのかな……」
静かな部屋から見える窓の外の世界は、茜色になろうとしていた。
6才の時。
初めてドロードラング領に行き、領内を見学していた時、兄のアンドレイが種蒔き競争に出て、あっという間に領民に埋もれた。
「何の種を蒔いたか分かるか?」
兄の姿に祖父母とともに呆然としていたレリィスアに声をかけてきたのは、籠を片手に抱えた作業途中のタイトだった。作業着どころか短い髪の毛や顔まで土埃にまみれていて、第一印象は「汚い人」だった。
しかしそれを口に出しては大好きな兄をも「汚い」としてしまう。そして何の種を蒔いたかなど分かるはずもないレリィスアは、口ごもってしまった。
「なーんてな」
くしゃりと笑ったタイトは抱えた籠から赤い玉を取り出した。
「季節を丸っと無視してこのトマトの種を今蒔いたんだ。魔法ってスゲェな」
トマト。レリィスアはあまり好きではなかった。サラダなどに綺麗に盛り付けられているが、とにかく酸っぱい。美味しそうな赤い色につい手を伸ばしてしまうが、美味しいと思ったことはなかった。
「ははっ!お前も苦手か。枝についたまま熟したから旨いんだけどな、苦手なら止めとくな」
「あら、では私がいただいてもいいかしら?」
少しだけ残念そうにしたタイトにラトルジン侯爵夫人が声をかけた。「美味しそうね」と言うと、タイトの目がきらめいた。
「さすが貴族様! 見ただけでこいつの旨さが分かるなんて!」
籠をそっと地面に下ろし、腰に付けた袋から綺麗な布を取り出して丁寧にトマトを拭くと、タイトはそれを夫人に差し出した。
え、そのまま食べさせるの!?とレリィスアが驚くと、
「あ、汁がこぼれるので、この布もどうぞ」
「あら助かるわ。ありがとう」
「なんじゃ、はしたない」
「一度してみたかったのですもの」
「旨いっすよ。侯爵もいかがですか?」
「では一つもらうかな」
あれよあれよと侯爵夫妻がトマトにかぶりつく事になった。食事のマナーはどうしたとレリィスアは侍従たちと共にプチパニックである。
「旨い!」
「本当に!甘いのね!」
「あざーす!」
侯爵はあっという間に食べ終え、夫人は美味しいと言いながら少しずつ食べ続けている。
レリィスアは二人のその姿も信じられなかったが、トマトが甘いというのも信じられなかった。
だが、甘いと聞いては心が動く。
菓子は大好きなのだ。
野菜が甘いというのが信じられないが、どの程度甘いのかは気になった。
「一口食ってみるか?」
ハッとすれば、タイトが真っ赤なトマトを差し出していた。
「ダメなら残していいぞ」
残していいのなら、と手に取った。初めて触るトマトは見た目よりずっしりとしていた。
そして、食事に出る時よりも香りが強い。
「あ、忘れてた、タオル、タオル」
と、タイトがふわふわした布をレリィスアに持たせた。あまりの手触りの良さに汚してはいけないのではと焦る。
「ん?手が汚れたらそれで拭けよ」
あっけらかんとしたタイトの様子に気が抜けた。
そうして恐る恐るかじったトマトは。
「おいしい……!」
震える程に甘かった。
「だろ!」
そして、この時のタイトの笑顔がレリィスアの心にしっかりと焼きついたのだった。