アイス先輩の春 (後)
聞かなければ良かった。
真っ暗闇に叩き込まれた。
上手く息ができない。
失恋とは、なんと恐ろ辛い事だ。
「でも!でもね? 結婚したいとはあまり思ってないの」
インディの悲し気な瞳に不謹慎ながらも希望を持つ。しかし。
「……本当はしたいけど……」
微かな希望はあっさりと打ち砕かれた。足が震える。
「……身分も違うし、歳も離れているし、実を言えばそれほど話した事もないの。……だけど、ドロードラングでとても頑張っている姿を見て、後からその人だけが特別だって気付いたの。領地の人ではないからあまり会えないのに、なかなか忘れられなくて……」
何処の誰だ!?そいつは!?
年上?インディさんより年上の貴族?
ろくに話した事もないのにって一目惚れ?
頑張っている、って、ドロードラングで何をしたんだ?
学生以外にも希望者は鍛練に参加できるようにもしたとマークに聞いたのを思い出す。
「それにね、食事をしてる姿がね、とても美味しそうに食べるの。それを見てると私もとても幸せな気分になるの」
少し赤らんで、少し潤んだ目を、マイルズじゃない誰かの為にしているインディに、憎しみすら抱きそうである。
悔しい。悔しい。
馬鹿か。自分は殿下の傍にと誓いを立てたくせに。
告白さえもしてないくせに、よくもインディを憎もうとするものだ。
マイルズはいまだかつてない程に混乱していた。
でも。
それでも、インディには笑っていてほしい。
だから、悲しげに笑うインディについ口走ってしまった。
「大丈夫、インディさんはとても魅力的です。貴女を娶ることが出来れば物凄い自慢になります。王族は……無理かもしれませんが、大抵の貴族なら喜んで迎えてくれますよ」
実際、ドロードラング領へ侍女と侍従を引き取りたいとの打診があると聞いた事がある。
―――ふざけんじゃないわよ。そっちから寄越せばお望み通り鍛えてやるっつーの!
そんな事をあの極悪領主が言っていたから、インディはドロードラング領から出ないと思っていた。
だから、ドロードラングにさえ行けばインディに会える。それを支えに、殿下の元で、王都で頑張ろうとさらに誓ったのだ。
インディがどこかに嫁いでしまえば、もう会えない。
いや。ドロードラングの誰かに嫁いでも、もう憧れすら抱けない事にマイルズはやっと気づいた。
心にぽっかり穴が開くどころではない。
世界が反転しそうだ。
(……それでも)
インディの幸せは大事な事だ。
(だから、俺の想いがインディさんの自信の助けになればいい)
マイルズは改めてインディを正面から見つめた。
マイルズの気迫が届いたのか、インディも少し畏まる。
「俺、インディさんが好きです。……こんなぺーぺーが骨抜きになるくらいじゃ自信にならないかもしれませんが。……嫁さんだったらなって妄想するくらい好きです。貴女がいるならアイス屋に毎日通おうと思うくらい好きです」
インディの目が丸い。
こんなダサい告白あるか。
それでも。
「だからきっと、上手く行きます! ……そ……それで、もし、その人が駄目だったら! 俺の所に来ませんか!」
まさか己がこんなことを叫ぶとは。顔から火が出そうだ。
こんな大声で、街中で、何をしてるのか。マイルズは自分で呆れる。
混乱極まれり。
「モーズレイ君、に……?」
インディは呆然としている。
「はい! あ、うちは末子相続なので、末の弟が領主になります。なので贅沢は無理ですが、騎士は保障も手厚い仕事なのでもしもの時もそんなには困らないかと思います。……まあ、それくらいしか俺にはないですけど……それでも良ければ……よ、嫁に……ぜひ……」
尻すぼみになる声が情けなさを再確認させる。
(俺、本当に頑張らないとただの居候のままだ……今だって噛んだし……情けない……)
もはやインディの目を見られないマイルズは彼女の足元を見ていた。
「シュナイル殿下の助けになる誓いも立てたので、俺は王都から離れませんが……それでも、良ければ……ぜひ」
良いとこ無しにも程がある。
「分かりました」
仕様もない条件しか提示出来ない己を罵倒しながら、マイルズはインディからの答えに心を強く持とうとする。
負け戦ってこんな感じかと、少々逃避しつつ。
「喜んで、お受けいたします」
………………?
「は?」
よほどな顔をしていたのか、インディは軽く笑った。
「私、だいぶ年上だけれど、恥ずかしくない?」
「ぜ、全然まったく……自慢しかしません」
「私、平民だけれど、お家の方に怒られない?」
「ど、ドロードラングの侍女という経歴がすでに俺より格上です。それにさっきも言いましたが、うちは末子相続なので、親も末の弟の婚約者探しはしていますが、上の弟たちと俺は放置です……インディさんならきっと親も自慢しかしません」
「もしモーズレイ君を捕まえられたら、アイス屋の空き地に家族向けアパートを建てるとお嬢様が言うのだけど、そこに住むのはいい?」
「あ、はい。後輩の為にいずれ寮は出ることになるので、王都内であればどこでも構いません…………ん? あ!インディさんの仕事は?」
「辞めろというなら辞めます。お嬢様からの許可はあります」
「いや!いやいや! アンドレイ様がいるとはいえ、あの領主からインディさんを離すのは不安です!」
ついにインディはしゃがみこんで笑いだした。
初めて見る表情にマイルズが呆気にとられているうちに、インディはさっさと復活する。そしてマイルズに向かって真っ直ぐに立ち微笑む。
(……あれ?そういえばさっき、何か大事な事を聞き流したような気が……)
「私も貴方が好きです。マイルズ・モーズレイ様、私を望んで下さいますか?」
遠くにいるからと、何だかんだと自信の無さに理由をつけて諦めていたものが、目の前にいる。
極上の笑みで。
尊すぎてもう近寄れない。
今日はいったい何なんだ。
天国と地獄を行ったり来たりしているようだ。
どこかがおかしくなっているのかもしれないと、マイルズは混乱したままの頭で考えた。
「インディさん、俺を殴ってくれませんか?」
至極真面目な顔で阿呆な事をほざくマイルズに、またもやインディが目を丸くする。
「今のこれが俺の妄想じゃない理由もないので、目を開けてまだ貴女が目の前にいたら、それで信じます」
そう言って、マイルズは直ぐに目を閉じた。
(大丈夫、一発くらいなら死にはしない。たぶん)
だがこれが夢だったら医師に診てもらおう。重症だ。
マイルズが来るであろう衝撃に備えていると、身体に柔らかい感触が当たった。
……?…………っ!?
まさかと慌てて目を開けると、インディがピタリと抱きついている。
それを確認したマイルズが嬉しさを通り過ぎて息ができないでいると、インディがそのままの格好で顔だけを上げた。
ちっ!?ちちちち近い近い近い近いっ!!?
「ごめんなさい。ずっとこうしたかったから……妄想にしないで?……殴らせないで?」
好きな女性の感触、赤らんだ頬、潤んだ目を目の前にして。
マイルズは意識を失い倒れた。
そうして。
マイルズはその後何年も、妻がお嬢様と敬う年下の上司に、この時の事を弄られることになるのだった―――
アイス先輩の本名は「マイルズ・モーズレイ」です。覚えました?(笑)
本編での登場人物紹介には「嫡男」としていましたが、家を継ぐのは末っ子なので「長男」と変更です。
需要ある?とは思いますが(笑)、このカップリングはお気に入りです。ちなみにこの時はアイス15才、インディ23才です。
……後でこそっと時系列は変えるかもしれません。一年くらい……?
いやもう本編進まねー(;_;)
お読みいただき、ありがとうございました!