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アイス先輩の春 (中)



「いつまでもダジルイさんだけに任せる訳にはいかないって事で一月(ひとつき)ずつの交替勤務になったのは知っている? 順番で私は明日からなのだけど、お客様に道を聞かれたりもするらしくて街の下見をしていたの。でも迷っていたら話にならないわね」


ふふ、と笑うインディが近い。腕を組んでいるから当然なのだが、マイルズの混乱している頭はいつもと働く所が違うようだ。

それでも周りに視線を向けるのはいつも通り。


「じゃあ明日からアイス屋にいるんですか?」


「持ち帰りの方にね」


「あの執事服を着るんですか?」


「そう。でも私背がそんなに高くないし、隠し武器の事もあるからスカートにしてもらったの」


隠し武器。

かつての夏合宿では侍女たちの訓練も見学させてもらえた。のだが。

一介の侍女がそこまで動けるのか!?と呆然とした。

マイルズは、勝てるだろうとは思うがこちらも重傷を負うに違いないと確信を持った。


(そう言えば、ドロードラング嬢もシュナイル殿下を相手になかなかの動きを見せたっけ。その後に見た専属侍女の鞭には恐怖を刷り込まれたが……)


その時を思い出す動きだった。鞭使いと棒使い。かと言って素手でも急所を正確に突こうとする。


中でも、ライラ、ルルー、インディの三人は頭一つ分強かった。


「……うん、武器は携帯しないと。手を怪我したりしたら仕事に支障が出ますよね」


インディはそうなのよね、と笑った。

そうか、鞭や武器はともかく、あの黒服を着るのか……インディさんは何を着ても似合いそうだな……


「あら嬉しい」


「!?…………声に、出てました……?」


「出てました」


マイルズは空いている左手で顔を覆い、インディはふふと笑った。


「よお!騎士さん!今日はべっぴんさんを連れてるねぃ!美人割り引きにするから残った惣菜買ってってくれよ~」


惣菜屋のオッチャンが今日も元気にマイルズに声をかけた。

寮では充分な食事は出るのだが、そこに帰るまでに小腹がすく。マイルズたちはまだまだ育ち盛りなので、勤務終了後はいつも何かしらを買い食いしていた。


マイルズは休日にアイスを食べるために買い食い用の値段を抑えてはいる。アイス屋での学割が利かなくなったので切実だ。惣菜屋で値切るという事も今では慣れたものだ。

だがしかし。


(何もインディさんを連れている時に呼び込まなくてもいいだろう? いつも値切って買っているってバラさないでくれよ。美人割り引きなんて初めて聞いたぞオッチャン……)


脱力しつつも、この店の惣菜はわりと旨いし、インディには夏合宿の時に情けない所も散々見られてはいる。今さら格好つけたところで大して変わらない。

心の中では血の涙を流しながらも開き直り、商魂逞しい笑顔のオッチャンに近付いた。


「あれまあ!近くで見ても美人だね! 騎士さん、つまみ揚げをおまけするから彼女さんにも食わしてやってよ!」


(どこから見たって美人だよ!彼女じゃないけどな!?)


とも言えず、あれもコレも買うことになってしまった。

毎度~!とニヤニヤするオッチャンを振り切り、また歩きだす。


「良いお店ね」


「ええ、空きっ腹にあの匂いはキツいんです……」


「うふふ、本当ね。それに彼女ですって。お世辞でも嬉しいわ」


(う!うううう嬉しいって、ど、どどどう嬉しいんですか?)


若く見られた事を喜んでいるとは分かっているが、インディの顔を見られないくらいに昂った頭は、次の言葉で凍りついた。


「でも、私が彼女と思われてはモーズレイ君の婚約者様に申し訳ないわね」


そんなのいません!


と、強く言ったところでどうする。

それで、終わりなだけだ。終わりになる、話題だ。


憧れのこの女性(ひと)は自分より大人で、およそ敵う所が無い。

今腕を組んでいるのは、人混みではぐれない為だけの行為。


俺はこの女性(ひと)を本気で欲しているのか?

本気ならなりふり構わず叫べばいい。

だが。


(だが俺は、シュナイル殿下の傍に控えたい)


騎士の誓いを立てた。

あの方の助けになり、盾になる。


それだけは譲れない。


だから、インディに何もしなかった。

失恋するのが恐くて何もしなかったと思われても仕方無い。事実として間違ってはいない。


だが、失恋したところで想い続けるのはきっと変わらない。


それも(・・・)、変わらないのだ。




ふと、優しい力で服を引かれた。


「どうしたの?」


そちらを見れば、インディが動きの止まったマイルズを少し心配そうに見上げていた。


(ああ、何でインディさんはここにいるんだろう)


恥ずかしくも、幸せだ。


(ずっとアイス屋にいてくれればいいのに)


インディがふふと笑った。マイルズは意識を戻した。


「ハッ!?…………また、声に出てました……か?」


「出てました。ふふ」


「ど、どこまで、でしょう……?」


「ずっとアイス屋に、ってことだけよ」


(よ、良かった。無意識に告白してなかった)


ほぼ言ってしまった様なものだが、はっきりは言っていないことにホッとする。


「モーズレイ君はまだアイスクリームが好きなのね」


(貴女も好きです。 ハッ!? ()めろ俺!)


「領地の男の子達は大きくなってくるとだんだん甘いものを遠ざけるのよ。あんなに食べてたのに大人ぶっちゃって。そこがまた可愛いって微笑ましいんだけど」


(そう笑う貴女が可愛い、ハッ!? ()めろ俺!?)


「そうやって子供たちの事ばかりにかまけてないで自分の幸せを探しなさいって、お嬢様に怒られたの」


(……え)


思わず立ちすくんでしまったマイルズに気付かなかったのか、インディも立ち止まりながらもそのまま喋る。


「実は、婚期を逃した侍女たちに出会いをって事で今回アイス屋の店長月替わりの話が出たのね」


(婚期を逃した? インディさんならまだまだ引く手あまただろ!?……あンの極悪領主、よりにもよって王都に寄越しやがって!)


「結婚した同僚を見てると旦那様がいるのも素敵だなとも思うけれど、ドロードラング(うち)の子供たちと一緒にいると一生独身でもいいかなとも思うのよね」


相手が自分じゃなければその相手に対して(はらわた)が煮えくり返るが、インディが一生独身なのももったいない。本当に、領地の子供たちの世話を楽しげにしていたのだ。

マイルズは、その様子にも惚れたのだ。


(っていうか、ドロードラング領の男たちも能力の高い人ばかりだし、インディさんと釣り合わないってことはなさそうだけど……インディさんは高嶺の花って事か?)


騎士団の先輩たちだって、ドロードラングの侍女と分からなければマイルズが止めてもインディに群がっていたはずだ。

歌姫としても活躍しているし、モテないわけがない。


ふと、当たり前にして嫌な事実に気づいた。


「…………インディさんは、誰か、想う人がいるんですか?」


インディの頬がうっすら赤くなった。少しだけ目をふせる。


「好きな人……というか、うん、そうね、好きな人はいるの。実は……」










後編へ続く~(*>∀<*)ノ



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