ドン・クラウス
メイン:クラウス
時系列:興行開始頃( ←おい)
(約1500字)
※タイトル詐欺を先にお詫びします!
それは、ドロードラング一座の興行が始まった頃の事でした。
ドロードラングの名を伏せていた時期の事ですので、名無しの一座です。
ある領地で運悪く領主様にご招待をいただき、全員で渋々と参じ、大広間にて跪いてお話を伺っておりました。
「うちの歌姫のみを御所望と、そう仰られましたか」
団長であるクラウスのみが顔を上げて領主様とやり取りをしていました。
「そこな女達は美女揃い。何、悪いようにはせぬよ」
下卑た笑いをする皺豚領主様の言うところの「悪いよう」が何を指すのか分かりやす過ぎて、一座のまとう空気は氷点下になりました。
しかし油ぎった金ぴか趣味領主様はそれを感じていません。
「もちろんただとは言わぬ。いくらかは払おう、ぶひひ」
侍従が金額を提示した紙を丁寧に銀盆に乗せて、クラウスに見せに来ました。
その間に鈍感悪趣味領主様は、特にお気に入りになったライラをその小さな見えてるかどうか分からない目で舐め回すように見ています。
「しかし、歌姫たちは私共の主要な役どころですので、一座から抜けるのは些か困ります」
クラウスの声音はそのままに、冷気がそっと籠められました。
それを敏感に感じ取った一座は、跪いたそのままの姿勢で体重移動を整えます。合図があればすぐに動けるように。
「ふん!芸人の分際でワシに逆らおうと言うのか!それとも値段の釣り上げか!お前らごときに払う金額としては破格だろうが!」
更に冷気が増しました。銀盆の侍従がぶるりと震えました。
「……では、ひとつ条件がございます……」
「ちっ! 芸人がワシに条件だと?」
「はい。是非とも一座ごとお引き受け願います」
デプデプ助平領主様は一瞬眉をしかめましたが、一座が手に入れば売上も自分に入るとほくそ笑みました。
「ぶひひひ、まあ良かろう。ワシの元でよく働くがいい。さて、」
これで話は終わりとばかりにライラを見ながら舌舐めずりをした食うトコない豚領主様は、クラウスの「その前に」との言葉に盛大に舌打ちをしました。クラウスは気にせず続けます。
「私の取って置きの技をご覧ください。私の手を見ていてくださいね」
しかしクソ領主様はクラウスの穏やかな口調に知らず、その顔の高さに上げられた右手を見つめます。
ふっ、と右手が消えました。
そして自分の頭が涼しくなったことに気づきました。なぜ?と手をやると、ポフ……と微かな音をたてて大事な大事な鬘が床に落ちていました。
「え?」
何故鬘が床にあるのか理解できません。
何となく。そう、何とな~く、領主様が一座の団長を見やると、彼は穏やかな微笑みを浮かべていました。その右手は体の横へと真っ直ぐ伸ばされています。
「……え?」
領主様の声が掠れました。
「私もその昔は芸人でございまして、剣を担当しておりました」
領主様はその小さな目でクラウスを見つめます。
「歳は取りましたが、まだまだ若い者には負けません」
クラウスを見つめます。というか、逸らせないようです。
クラウスは、殊更にゆっくりと領主様に微笑みかけました。
「ええ。私。剣の方が速いので」
微笑みです。
「兎や鳥程度ならば、胴を上下に切り離す芸が大得意です」
言葉に似合わない実に爽やかな微笑みです。
途端に領主様は自分の首を守るように両手で押さえ、「帰れ!この話は無かった事にする!」と、足をもつれさせながら広間を飛び出して行きました。侍従たちが慌ててそれに続きます。
先程銀盆を持った侍従だけが、一座を館の門まで見送りに来ました。
そうして無事に名無しの一座は宿に戻りましたとさ。
***
「めでたしめでたし!」
「……あったな~、そんな怖い話……」
そうしてクラウス伝説はこっそりと言い伝えられていったのでした。
お読みいただき、ありがとうございました。
「ドン」と言ったらマフィアな感じですが、全然醸し出せませんでした……(笑)
しかも後日談には中途半端……。゜(゜´Д`゜)゜。すみません!




