ヨールとリズ
本編17話にて医者を目指すことになった4人のうちのヨールとリズの話。
以前、活動報告にて発表したものです。
リズは、クッキー生地を叩きつけ過ぎて超固く作ったり、ハスブナル国のジーン王子にゲンコツしたりしてますw
「さようなら!」
ドロードラング・アイスクリーム屋二階席から、彼氏を残して彼女だけが出ていった。
店内の客は、残された彼氏を何食わぬ顔でチラチラと観察する。
彼氏はそんな視線にも動じず、テーブルに片肘をついた。
「あ~あ」
頬杖をつきながら、その目は店の窓から今日の青空を見ていた。
執事服の店員が彼に近寄る。
「どうした? 久しぶりに会ったんだろう?」
彼女が綺麗に食べ終えた皿を片しながら、ライリーが訪ねる。
なぜそんな展開になったのか分かっていない不思議そうな顔に、フラれ男、ヨールは苦笑した。
「ま~、久しぶりだからじゃないですかね?」
「『ですかね?』じゃないわよ」
ライリーの後ろからリズが現れ、ヨールの向かいに座る。
「女が『私と仕事どっちが大事なの?』って言ったら嘘でも、もちろん君だよ!くらい言いなさいよ。騙されてあげるから」
「へえへえ。恋人もいたこと無いのによくそんな風に言えるな~」
「あんたの別れ話を三回も見ればね。いっつも同じ台詞でさよならじゃない。追いかけもしないし」
「だって仕事の方が大事だろう。俺らはその為に王都にいるんだ。あ~あ、やっぱ娼館か~」
ライリーが苦笑しながら席を離れる。
「……そういう所なんじゃないの……?」
リズがジト目でヨールを睨む。
「あまりそぐわない会話も店から叩き出すぞ?」
店長のヤンがリズにアイスプレートを、ヨールに新メニューのコーヒーのお代わりを持ってきた。
二人とも謝罪をした後、ニヤニヤとするヤンを会話に巻き込んだ。
「全面的にヨールが悪いですよね?」
「生活に潤いが欲しいんですよ」
「どっちも正しい。ま、それを分かる女と付き合うんだな。まずいないが」
「「 ですよね~ 」」
店長に注意を受けたのでそれで話は終わりにし、リズはアイスを食べ始める。
今日はこの後、医者弟子仲間のザインとミズリと四人で観劇に行く予定だ。なので、ヨールは最初から四人席に着いていた。
せっかくの休みを彼女よりも仲間を優先する男に鉄槌が下った日になってしまったが、慣れているのか悲壮感は無い。それも問題だとリズは思った。
仕事優先でなければ優良物件なのだ。その能力の高さに、我らが当主も二つ返事で医者という難しい職を目指すのを許可してくれた。
狩猟班にいたから腕っぷしは言うこと無し。医療に関わる様になって常に身綺麗にしているし、技術だって弟子入り先の治療院のお医者先生が驚く程だ。王都に来てから喋りもいくらか柔らかくなった。仲間以外には。
背だってそこそこ高い。そして顔は、まあ普通だけど。
「お前今失礼な事を思ってるだろ」
そしてこの勘の良さ。女心も察しそうなのに。
「わりと褒めてた」
「なんだそりゃ」
こんな事を言っても怒らない。
「何でフラれるのかしら?」
「まだそれか。まあ、お互い本気で好きじゃなかったんだろ」
「え!本気で好きじゃないのに付き合うの!?それって恋人!?」
「付き合うから恋人なんだろう? 合ってるぞ?」
「ええ!?待って待って!? 嘘でしょう!?」
ハイハイと言いながらコーヒーを飲む所作も悪くない。結果モテる。
「俺といればドロードラングの恩恵が何かしらもらえると思うみたいでな~。まあこっちもそこら辺を汲んだ付き合いにしようと思ってるから、結局続かないんだよ」
夢が覚める思いだった。
リズの中では将来を約束した仲が恋人なのである。
でもだったら、ヨールや仲間には恩恵を当てにした付き合いなんてして欲しくはない。
リズはハイ、と片手を上げた。
「ヨールが女を取っ替えひっ替えと悪名高いばかりになるのは遺憾です」
「え、何で?俺の事なのに」
「私ら同郷でしょ。あんたの良いとこいっぱい知ってるのに、いつもフラれるのが不満」
前から思っていたことを口にすると、ヨールは珍しい物の様にリズをじっと見る。
「……そうか?」
「……女運が悪いのかと思ってたけど、女を見る目が無かったって事か」
「は? 俺は女を見る目はあるよ」
「どこに?」
「恋人が欲しいと騒ぐわりに結局仕事に一所懸命で、領地にいる頃から誘いを掛けられても全く気付かず、自分の鈍感さを棚上げしながら男の方が見る目が無いと豪語しながらも、生来の愛嬌の良さで信者を増やして満員御礼の治療院を先生と俺に患者の治療だけを割り振り、自分は治療補助その他雑用も含めて治療院を切り盛りする手腕を持つ女に前々から目を付けている」
一息で言われた事が理解出来ず、リズはぽかーんとした。
その様子に苦笑して、ヨールは続ける。
「二人ずつに分かれての仕事になると分かって、リズと組ませてくれとザインとミズリに頼みこんだ」
初耳である。
「他の女は追いかけないけど、お前になら十年は待てる」
その意味を理解したいのかしたくないのか、リズは混乱している。
でも、本人の意志に反して顔は赤くなっていく。
「十年後にまだ独りなら、俺と結婚しようぜ、リズ」
フツメンのくせに治療院であらゆる年代の女性に人気の爽やかな笑顔でとんでもない事を言う。
リズは自分に言われたと理解するまで間があった。
それでも、十年後にも独りという未来にリズは反応した。
「そ、それまでには誰かと結婚してるわよ!」
「それならそれで良いよ。お前の幸せが第一だ。好きな男を堕としな」
ますます顔が熱くなっていく。できなくて騒いでいるのを知っているくせに、リズに恋人ができるのを判っているようだ。
でも何だろう?素直に喜べない気がする。
ヨールのニヤニヤ顔が直らないからか?
少し腹が立った。
「ど、どーせ、その間にヨールの方が先に結婚しちゃうし、娼館にも通うんでしょ!」
「お前告白を冗談だと思ってんな? 娼館は行くわけないだろ、今まで何回お前をオカズ「ギャーッ!!」
不穏な単語にリズはヨールの口にスプーンで無理矢理アイスを突っ込んだ。
その危険行動にヨールもさすがにリズを睨む。
「いいいい今彼女にフラれたばかりの男が何を言ってんのよ!」
店内の注目を浴び、コソコソと文句を訴えるリズ。
さっきまで恋人がいた男に昔から好きだったと言われても信じられるものか。
ヨールもその考えに至ったのか、ちょっと眉間に皺を寄せた。
ヨールの言い分としては、そこそこ美人が女王の様に振る舞い、見習いと言っているにもかかわらずデート費用はヨール持ち、長いだけの買い物に付き合わされ、興味の無い物に付き合わされ、夕飯を食べる頃には性欲も失っている。早く帰りたい。
そういう訳で会う時間も故意に減らした上のフラれなのだ。
仕事だって不定期で忙しいのも理由の一つではあったが。
王都に来てからの恋人は、残念ながら恋人と呼べない程に清い関係である。だが、月に一度程度でも異性と街を歩くというのは気晴らしになるのだ。本命には脈が無さそうだったから余計に。
まあ、そんな事はリズには関係無い。
そしてやはり鈍感には正面突破と腹を括ってのオカズ発言である。
「……よし。お前にはこれから毎日愛を囁いてやるよ。俺が本気なんだと解るまで」
そういう風に言うから信じきれないのだとリズは思った。
ニヤニヤとしているのもマイナスだ。
でも。
ヨールは嘘を言わない。
少なくともリズはヨールに嘘をつかれた事はない。領地に居た時から。
「頑固な鈍感娘への不毛な想いを終らすべく、他の女と付き合っても無理だった。自分でもびっくりだ。
というわけで覚悟しろよ? せめてもの情けで仕事に支障のない程度に攻めてやる」
ニヤニヤしながらもその目は優しい。
まずい。
何だかよく解らないがそう思う。恋愛経験皆無なのにいきなり求婚された。
どうしたらいいか、よくわからない。
信頼のある相手だ。ずっとずっと前から知っている。
まずい。
「いつもの白衣は凛々しいけど、今日の服は可愛いな。リズによく似合ってるよ」
鈍感という鉄壁のガードを力づくで壊そうと宣言した勇者に、どんな感情を持てばいいのかリズの混乱はこの時から始まった。
この時にアワアワとしていたリズは、その後仕事に支障をきたすまいと受けて立った。
が。
結果、十年を待たずにヨールに堕ちるのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




