高嶺の花 9
レリィスア視点。
少し短いです。
タイトが剣を場外に投げ捨てた後は殴り合いが続いた。
少しずつ攻撃が当たりだすと、レリィスアの心臓はその度にビクリとした。
『胃が痛い』に続き『心臓に悪い』も実感する事になり、レリィスアは自分の姿勢が保たれている事に変な感心をしていた。
それは王女として努力した証。
尊敬する父母たち、兄姉たちに、少しでも恥ずかしい思いをさせたくはなかった。苦手なものはたくさんあったけど、頑張れる事ができた。
そんな自分を、最後にタイトに褒めてもらいたかった。
できるなら、特別になりたかった。
観客たちのように声を出して応援したい。声が嗄れるまでタイトに叫びたい。
でも、できない。
国益にならず、修道院を選ぼうとする自分が情けなかった。
だから、姿勢だけは。
長く続いた殴り合いは、素人のレリィスアが見てもとうとう二人の動きが鈍って来た。上体は下がり気味で肩が大きく動いている。レリィスアの席からもまぶたが腫れているのが見える。タイトもシュナイルも口元には血があり、殴り合いの合間に吐き飛ばすものは真っ赤だった。
次の瞬間には倒れるのではないかと思うと瞬きもできない。
あんなに傷だらけになってもどちらも降参しない。
タイトも、シュナイルも、どういう思いでいるのだろう。
男にしか分からない意地なのだろうか。
そうなら馬鹿だ。二人とも大馬鹿だ。
たかだか大会で、こんなにボロボロになって。そんなになってまで欲しいものって何なのだろうか。
シュナイルは騎士団の意地だろうとは思う。
だが、タイトは?
レリィスアは、タイトが何を考えているかいつもわからなかった。
言葉が乱暴で、行動は優しくて。
タイトの心がわからなくて意地になっていた事をレリィスアは今さら自覚した。素直になったところで受け入れられない身分の差があったが、子供の内ならもっともっと近くにいられたのに。
もう成人してしまった。
子供の内に好きだと言っておけば良かった。
何度も何度も言えば良かった。馬鹿にされたとしても、迷惑だろうとも。
結果として、叶わなくても。
ふと、二人の動きが止まった。
フラフラとして危なっかしいが、二人の目はまだ輝いている。
シュナイルの口が小さく動いていた。会話をしているのだろうか。レリィスアのところからはタイトはほぼ後ろ姿なので顔が見えない。
タイトの腰が低くなった。両手を腰の右で構える。
かつて、サレスティアが魔法を放つ時に同じ格好をしたのを見たことがあった。タイトには魔力がないのになぜその格好をと疑問に思った瞬間。
「ハアッ!!」
タイトが両手をシュナイルに突き出した。
途端、シュナイルが後方に吹っ飛んだ。
そして、場外に落ちた。
会場は水を打ったように静まりかえった。
レリィスアは何が起きたか全く分からなかったが、呼吸音すらも聞こえない空間で、主審であるハーメルス騎士団長が動いた。
「場外! 勝者!タイト!」
それでも静まり返ったままの会場で、タイトが倒れた。
レリィスアは、自分が立ち上がり駆け出した事に気づいていなかった。




