最後のスキル
ハジメは当然ながら、最初から【ハジメ】ではなかった。
《竹脇 初典》が本当の名前であり、クァイナに話したようにゲーム開発に携わる仕事をしていた……が、独りで残業中に心臓発作を起こして倒れ、翌朝発見された時は既に手遅れだった……らしい。
それにしても、最後に製作した《宇宙チーレムフリゲート!提督ぅ~私と艦隊どっちが大切なんですか!?》に登場させた【超時空戦艦ヤマタノナデシコ】のスペックを自らが会得する羽目になるとは夢にも思ってはいなかった。
……てか、全長三十キロ、砲門数大小合わせて千を超えるテラトンデモ兵器に照準合わせたあの神さんの感性を疑うよね?普通は。
さて、そんな彼もやはり人の子、柔肌を合わせた女性の数は……まぁ、何だ……悟れよ!全く……、ハイハイ出会いの機会のうっすい職場でしたよ確かに!!
一番多く顔を合わせた女性は掃除のおばちゃんだったし、妙齢のご婦人と言ったら唯一人のプログラマのややコミュ障チックな女性だけだったし!
……まぁ、それだけだよ、悪かったなぁ……。
で、そんな彼だからこそ、今自分が置かれている状況には、正直言って戸惑いと戸惑い、そして戸惑いしかなかった。
……どーすりゃいいの?
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「……んでね!ハジメがどーん!って体当たりしたけど、その時はあんまり効いてないんじゃない?って正直思ったのよ!?」
「ふんふん、ハジメったら見た目は頼りないのに、やるときゃやるんだねぇ~♪……んふふ、こりゃ期待ができそーじゃないかっ!!うん、親戚のおねーちゃんは現地人と今もハッスル♪してるみたいだし、何かラブラブらしーから、ワタシも負けてらんないんだよね!?」
ハジメとクァイナ、そしてモルフィスは同じダブルベッドの上に横になり、二人が自分を話のタネにして盛り上がっているのを小耳に挟みつつ、まんじりとも出来ない夜を過ごしていた。
ダブルベッドと言っていた寝台はやたら大きくて、三人で横になっても全く不自由は感じていなかったのだけど、だがしかしハジメにとっては大変に不自由極まりない空間と化していたのだ。
……片や栗毛色のショートヘアーを俯せになりながら弄りつつ、あー、あるある!!結局さぁ~、自分に自信がないから直ぐにオッケー!って言えないのよねぇ~!とか言いながら、くふふ♪と目を細めて笑うクァイナ。
……もう片方はその複眼のせいで眼から表情を窺うことは出来ないけれど、にぱにぱと自由自在に動く柔軟な唇と、ちょんと可愛らしく整った鼻をひくひくさせ、柔らかくしなやかに動く触角に喜怒哀楽を見せながら、いやぁ、ワタシだって色々と見てきたけれど、この界隈のオトコよりは見所はあると思うよ?……それにむっつりスケベの方が一度萌え上がると中々納まらないから♪等と、妖しい話題をサラリと話し、むふふ♪と微笑むモルフィス。
それは砂糖壺に放り込まれた蟻のような環境とも言えるし、羊の群れに放り込まれた狼の状況、とも言えた。
……ただし、その砂糖はニトログリセリン入りだし、羊の方は有り得ないが牙を持つ肉食系のようだし……。
いや、もっと直接的に言えば、しこたま飲酒してほろ酔いからやや酩酊に近い女性が二人も居て、その気になれば……何かの間違いが起きても……まー、よくあるよくある!仕方ないじゃーん?と言えそうな雰囲気そして状況にも関わらず、ハジメは指一本触れられないのだ!!何でか?……そう、忖度するべき状況だからだ!!
どちらか片方とキャッキャッウフフ♪になればもう片方とは、冷っえ冷えな関係になるだろうし、もう思い切って二人と同時に《カレーと牛丼のあいがけ》的な道を選ぼうとして、《はい!?……お客様ってば、どれだけあいがけが好きなんですか?……このあいがけ狂め……》とか見られたら……たぶんハジメは再起不能になるだろう。いや、さっさとなっちまえ役立たずのノロマな野郎だな!……的なことになるだろう。
そうして、自分の中で悶々とした気持ちがクライマックスに達したその時、彼の中で今まで練り込まれてきた様々な思念が形を成して突然膨れ上がり、一つになって現れた。
それは……今まで感じたことのない暖かな温もりと、例えるなら田舎のおばーちゃんがミカンの皮を剥いてから一房を薄皮まで取り除いて寄越すような……下心の無い無私の心遣い。
その瞬間、ハジメは確信した。どーしたものだか判らないが、彼の第三のスキル《あたたかなおもてなしの心》が初めて効果を発揮した、ということを。
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(……ってか、何で今なんだ!?そもそも発動条件は!?何がキッカケで使えたの!?)
ハジメの戸惑いと、どーしてこーなった感をほったらかしにしたまま、彼から放たれる打算や駆け引きと無縁の波動……。
……それが、《あたたかなおもてなしの心》の最初の効果だった。他人から見たら何一つ変わった様子の見受けられないハジメから放たれた波動が傍らのクァイナとモルフィスを優しく包み込んだ瞬間、
(……あー、私ったら何がしたいんだろう……ハジメの力を利用したくてくっついてる筈なのに、ここまで意地張って……そこまでしなきゃパーティの維持って出来ないモノなの……?)
……と、色欲と独占欲とが複雑に絡み合って隠れてしまっていた、彼女の深層心理に近い所へと仕舞われていた、戸惑い迷うクァイナの純な心へと染み渡り、
(……あ、れ……?……あ~、何だかあったかいなぁ……ヌクヌクだなぁ、うん……パーティ?……ハジメ、真面目だから……大丈夫じゃない~?うんうんそーだよ心配して損しちゃったなぁ~)
と、ゆるゆるな裏打ち感ゼロしかし何故か判らないが心地好い肌触りは、まるで使い慣れたバスタオルで包み込まれ優しく拭われているような安心感だった。
それを機に彼女の心は穏やかに鎮まり、確かに感じていた筈のモルフィスへの敵対心も何もかも忘れて、スヤスヤと夢の中へと旅立っていった。
無論モルフィスとて例外ではなく、同様にその波動に包み込まれた瞬間、宇宙を渡航する際に様々な外的刺激(物理的な物も含む)から自らを守る為に到達する、冬眠に近い状態になった。
《蛾人間》は、宇宙空間を己の肉体のみで渡航出来る能力を持った超常的な種族であり、その特殊な精神構造により冬眠状態を維持しながら魔力を発揮し身体を保護し、更に任意の惑星等へ光速を超える速度を出す移動方法を編み出していた。……どうやって実行しているかって?知るかそんなもん。
……それは今どうこう言う話ではなく、ともかくモルフィスはさっきまで感じていたクァイナに対する僅かながらのやっかみのような心が霧散し、穏やかで落ち着いた心に支配されて、
(……若いからって何でも許される訳じゃないのよ?……ここはワタシに譲ってハジメを差し出しなさいっての……まぁ、別に好きとかどーとかは兎も角……たまにはオトコの肌を感じながらあんなことやこんなことでヤンヤン!でキュンキュン♪ってしたいじゃ~ん?……と、言うか……異種族ってどーなんだろ?……もしかしたら……ぐ、ぐふ、ぐふふ……♪)とか思ってヨダレを垂らしかけていた心を解きほぐし、ふにゃあ……っとしながら懐かしい心持ちになり、静かに寝息を立て始める。
……気が付けば、横の二人が満ち足りた表情で安らかに眠る気配を確かに感じ取り、(……俺、何したの?)と不思議で訳判らんのだったが、結果オーライ(多少勿体無かったが)と納得し、自分も寝よう、そう思った瞬間、
「……俺が寝たら、《あたたかなおもてなしの心》の効果、消えてなくなっちゃわない?」
……と思い、その瞬間からハジメは二人が目覚めるその時まで、一睡も出来ずに悶々てしながら夜を明かしちゃいました。……まぁ、仕方ない。