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旅のお供は可憐な乙女から



 「……っと!サイン……で、完了っ!!」


ショートカットの栗毛がわさわさと揺れて、フワッと句読点を打ち、仕上げに前髪がはらり、と落ちる。

そんな姿を見ながら、ハジメは(あぁ、やっと……やっと、やっと!!()()()()()()()()()()()()())と独り心中でガッツポーズ。


「ねぇ、私が言うのも何だけど、本当に……私で、いいの?」


彼女は再三念押ししたことを踏まえながら、ハジメに尋ねた。




「良いに決まってます、いや、お願いしますッ!!本当にホントにッ!!」


ガバッ、と立ち上がりガコガコと何回も何回も頭を下げる姿は……、


(……うわぁ……何だか、「ヤラせてッ!!」って言ってるみたい……)


と、内心はドン引きなクァイナだったが、彼女の方もそれなりに不要な努力はしてきたのだからおあいこ、だったりする。


……朝の三時から起きて髪を櫛梳り香油を漉き込み、眉を整えまつ毛を上げて、無論化粧に一時間。宿の主人にお願いして湯を貰い(デートかい?と言われたので商談です!と答えた)、丹念に丁寧に微に入り細に渡りついでに三日ぶりだったので気合いの入った湯拭きをかまし、なけなしの手持ちで買った香油の残りを惜しみ無くあんな所やそんな所……あ、ココはほら、万が一って可能性も無くはない……よね?うんうん、だからこの位は大事よね?あははははははは、はぁ。と独り、ちょいとがに股に脚を開きながら乙女としての一番大切な恥じらい箇所も配慮したり……、うわぁ、他人が見たらドン引きじゃないかしら?私、何こんなに気合い入れまくってるのかしら……等々、つまり、御互い様だったのだ。


今から丁度一日前まで遡るけれど、同じ店の同じテーブルの脇に貼られていたチラシをクァイナが見たことが話の発端となったのです。



✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



【高額報酬・厚待遇・たぶん高速成長促進可能な環境保障】


「……何これ。マスター、まっすたぁ~ッ!!!これなぁにぃ~!?」


クァイナは先の心配をするよりも健全且つ安定的供給を希望するタイプだったので、三日先で手持ちが無くなろうとこの店の《がっつりドッグ・野菜肉増し増し》セットは外さないつもりで来店し、注文を終えて頬杖をつきながら見慣れたログハウス調の内装(本物のログハウスだから当たり前だが)を眺めつつ、パリッとした腸詰めから滴り落ちる肉汁と脂の迸る口の中をジンジャーエールで洗い流しつつシャキシャキッとしたキャベツとパプリカとピクルスがぎっしり詰まったバンズに良く合う気合いの入ったこの店自慢のピリ辛なドレッシングをこれでもかこれでもかっ!!と振り掛けて、ぅあぁむぅっ!!もむもむもむ……うーん、シャキシャキね!!とか思いながら噛み締めて混ざり合う腸詰めと野菜達のハーモニー(若しくは狂乱の宴)を味わい尽くそう……でゅふふ。あ、ヨダレが……と当たり前ながら僅かな時間の予感で先走った唾液の処理を始めた矢先、


【高額報酬・厚待遇・たぶん高速成長促進可能な環境保障】


と書かれたチラシが目に入り、お待たせっ!とサーブされた全長三十センチ高さ十センチ全幅十五センチ極太腸詰め二本のこの店自慢の逸品から何とか……ぐううぅ……うううううぅん!!と意識を引き離しつつ……、


「うう……腸詰めちゃん……ちょっと待っててねェ……ハイ!まっすたぁ~!!コレなに?」


と、聞いてみた。すると親切なマスターは、


「ん?それ?クァイナみたいに()()が好きなあんちゃんが貼りに来たよ?」


「あんちゃん?その人若いの?」


クァイナが知る限り、今この町には、若くて他人を雇って仕事をするような腕利きの金持ちは居ない筈だし、それにこの文面はそれ以上に……刺激と疑惑に溢れていた。


高額報酬、は対価として何を求めているのか?スキルなのか基礎的な身体能力なのか?……一体幾らで雇うつもりなのか?


厚待遇、と言うのは仕事と報酬のバランスが報酬に傾いていることを現す。つまり、短時間で危険且つ収益性の高い活動を期待されている筈だ。そんな旨い話があるなら私が載りたいいやガッツリと跨がりたい位だ。


高速成長促進可能、とは高レベルな怪物との遭遇を期待出来る環境でのミッションか、ハイレベルで困難な依頼が多数舞い込む著名なパーティのどちらか……だが。



結論としては、クァイナの知らない流れ者の青年がフラりと立ち寄ってこの店自慢の《ピリ辛ビーンズのチリドッグ》か今まさにクァイナが制覇せんと指をワキワキさせながら今か?今なのか!?と彼女がかぶり付く様を想像して戦慄で身を震わせている腸詰め二本と間に挟まっているジンジャーポークの義兄妹(兄が腸詰め妹がジンジャーポーク)……あれ?誰だそれ。


「んーと、若かったよ?あと泣きながら、がっつりドッグ食べて……それから肉々チリドッグも食べてたよ?」


「…………な、なんですって……っ!?」


この店のがっつりドッグ……至高の謝肉祭……いや、肉汁の阿鼻叫喚と言うべき最終兵器と……肉々チリドッグときたか……それは同じダブル腸詰めにもういやぁ~!!私、ホントにダメな女になっちゃうからぁ……!!的に上乗せされた蠱惑的なチリビーンズ……しかも丁重な煮込み具合で、更に蕩けるようなお肉は何と!トナカイのモツらしく(サンタクロースが困るんじゃない?)と心配しちゃう位に旨いそれがあばばばばばばばば!何をしてんですかっ!?これだけでアルコホォルがグイグイいけちゃうんですが!?がブリブリとてんこ盛りで載ってておまけにシャキシャキッとしたタマネギがツーンとしてて……あぁ、いいよなぁ……じゅる、えへへへぇ……あ、違った。それを……立て続けですって!?金持ちじゃん!!


「それで!!顔面破壊力はいかほど!?」


「ん?……うーん、普通?」


そっか、そーか……普通かぁ……。何だか安心。いやいやそこじゃないよ、金持ちで普通の見た目の若者が私と同じ感性でこの「くえばわかる亭」の至極の逸品を愛する姿勢に共感と一抹の不安を覚えつつ、片手でびりりとチラシを剥がして懐に納めつつ、まぁそれはそれとして……じゃ、いただきま~す!と、今日一日の素晴らしいスタートを切った訳なんです。あぁ……美味しっ♪


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳



「……それで、クァイナは逢うつもりなの?そのチラシの貼り主にさ?」


マスターのモルフィスはクァイナに聞くけれど、当の本人にしてみれば答えは判りきっていたが。


「んー、たぶん逢うつもり。……で、その人って連絡先とか言ってったの?」


ずび、とジンジャーエールの残りに口をつけてから、肝心なことをモルフィスに聞いてみると、


「んと、あ、あいつ。そら、あいつだよ」


まるで図ったかのようにフラりと顔を覗かせた若い男に二人の視線が注がれて、その眼力(めじから)と迫力に気圧されて思わずたじろぐが、


……片や栗毛の癖っ毛をフワフワさせた同年代の娘さん(明るい色合いのジャケットとズボン)で、見たところ遅めの朝食を終えてひと心地……だったようで、まだ口の端にケチャップが少し付いている。


……片や特徴的な複眼がグイッと耳の辺りまで伸び、金色の髪の毛はそのまま背中のにこ毛と合体している【蛾人間(モス・メン)】の女性(タンクトップとホットパンツにエプロン姿、ちなみにエプロンで隠れているがヘソ出し)。当然ながら頭からは櫛様の触角がふにゃふにゃと揺れているのだけど、しかし全体的な細さとボリューム感のバランスは整っていて、


……つまり、若い男は結構キレイな女性二人に睨まれ見詰められて、ちょっとだけあがった訳だ。そりゃそうだ。ただチラシの効果の確認と昨日食べた二種類の食べ物がここに来て初めての美食(に値するだけの旨さだった)であり、そもそも比較すべき対象自体「……と!ちょっと聞いてるぅ!?」「……はいっ!?」


「うん、聞いてなかったね……クァイナもう一度聞いた方がいいよ?」


モルフィスの助け船をうけてクァイナは居を正し、


「あ、うん……あ、そっか。初めまして!私はクァイナ、宜しく!」


「あ、はい……俺は……ハジメです……その、」


やや口ごもるハジメの様子を見ながら、フフン……、と独り納得しつつ、クァイナはきっちりと第一印象を格上げする為にも、ここは格の違いをキッチリと脳裡に焼き付けておかなきゃ!と気合いを入れ直し、


「……知ってるわよ?《錬獄の住人》に成り立てなんでしょ?」


……大きく前にグイッ、と控え目な胸を反らして売り込みを始めました。控え目とかうるさいぞ?コラ……事実と違うし。




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