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精霊王の旅路  作者: つる
第一章 のんきな記憶喪失者
2/6

裸の少年

 

「まままま待って! どうしてあなた裸なの!?」


 無事か確認しようと視線を上げた瞬間、少女の目に飛び込んできたのは裸だった。

 一瞬呆けた後、少女は顔を赤くするとギュッと目を閉じ返答より先に勢いよく後ろを向く。

 実際には助けた相手が座り込んでいたので本当に裸なのかは確認していないが……少女には刺激が強すぎたようだ。

 見てない見てない見てない……。心の中でそう呟きながら閉じていた瞼を開けると、そこには真っ二つに切断された魔物が横たわっていた。 

 少女には裸の人物を見るよりマシ――というより見慣れたもののようで、魔物を見て慌てる様子はない。

 むしろ魔物を見たことで少し冷静になったのか、ふぅと息を吐くと状況を整理し始める。


「ギルドの依頼で魔物退治に来た、うん。

 魔物の痕跡を追って小川に出た、うん。

 そしたら魔物に襲われそうになってる人がいたから助けた、うん。

 だが助けた人は裸だった……うん、おかしくない?」


 腕組みをして一つ一つ頷きながら整理してみたが結局おかしな状況に変わりは無く、少女は何ともいえない表情になる。

 チラリと横の小川に目をやり、もしかして水浴びの最中襲われたのかと考えてみるが近くに荷物らしきものは無かったように思える。

 辺りを確認するがやはりそれらしき物は無い。


「荷物がないという事はもともと裸? いやいやさすがにそれは無いよね……。もしかして盗賊の類に襲われたとか? そしたら私の態度失礼すぎるよね……」


 ブツブツと独り言を呟きながら百面相をしていると、ふと視界に人影が写った。


 ――裸の少年である。


「えっと……、服、無いみたい……」


「ぶああああああああ!!」


 先ほどより間近で少年の裸を見てしまい、少女は顔を真っ赤にして叫び声――その叫び声はどうかと思うが――をあげながらズザザザっと後ずさると自分の荷物が置いてある場所へと全速力で走り始めた。


「どうしてこうなったー!」


 森全体に響き渡っているのではと思うほどの大声を上げながら走っていく少女を見ながら、少年は少女の叫び声をそのまま口に出してみる。


「どうしてこうなった……」


 そう呟くと、少年はここまでの道のりをぼんやり思い出す。




 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢




「ここは……」


 薄く開けた目に光が差し込み、眩しさに手で遮る。

 何してたんだっけ……。ボーっとしたまま横になっていると、また瞼が重くなってくる。

 軽く頭を振り、無理やり思考を覚醒させると倦怠感の残る体を起こす。

 長い間眠っていたのか、妙に頭が重く感じる。

 地面を見ると自分の寝ていた場所から数十センチ先まで芝生のように短く、柔らかい草が生えていた。

 しかしそこから先は膝丈くらいまで草が伸びており、青々と茂った草に踏み荒らされた形跡は無く人が通った痕跡を見つける事はできなかった。


「僕は確か……っ痛あ!!」


 立ち上がり自分が今まで何をしていたか思い出そうとした瞬間、鋭い痛みが頭に走った。

 耳鳴りを伴うその痛みは、後ろからハンマーで殴られたかのような衝撃を脳に与え思考を吹き飛ばす。

 耐え切れず膝から崩れ落ち、目じりに涙を浮かべて地面に蹲った(うずくま)


「なんで……? 怪我――はしてない……」


 痛みが和らぐのを待って再び立ち上がると、体をぺたぺたと確認する。

 目立った怪我は無い、それどころか傷一つ無い。

 傷の痛みじゃないみたいだけどなんだろう……そう思いながら辺りを見回してみる。

 右も左も木、木、木……。恐らく森の中なのだろう、吹き抜ける風は土と木の匂いだけを運んでくる。

 見上げると木々の隙間から光が落ちている。

 正確な時間は分からないが、森の空気からまだ朝の時間のようだ。


「見たことのない木……、ここ……どこ?」


 どれだけ見回しても覚えのあるものは一つもなく、聞こえてくる鳥の(さえず)りでさえ知らないものだった。

 悩み始めると先ほどの頭痛の前触れなのか、じくじくと痛みが走り始める。


「悩んでも頭が痛いだけ……、分からない時は人に聞く……かな」


 どこか他人事のようにそう呟くと、とりあえず人に会おうと少年は歩き始めた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――数時間後


 頭が重い……、もしかして何か病気や呪いの類?

 起きて時間が経ったからか体の倦怠感は消えているが、頭の重さだけは変わらず続いていた。

 痛くないだけまだいいが、何となく気持ちが悪い。


「なんでだろう……」


 周りの様子を見ながら自分の体調の事を考えてみるが答えは出ない。今までの事を思い出そうとすると頭痛がしてしまい、結局原因を探りようがなかった。

 とりあえず分かったことは今まで自分が何をしていたか分からないという事だけ……この場所に見覚えがないというのも、思い出せないから知らないと思っている可能性がある為、よく分からない。 

 考えながら歩いていると、今までに聞こえなかった音が混じり始めた。


 ――サラサラサラ…… 


 心地いい……水の流れる音だ。

 目を閉じて音を聴くと、小走りで音のする方へ向かう。

 徐々に視界が開けていき、木々が途切れたそこには小川が流れていた。

 水面は光を反射して輝き、透き通って底が見える。


「きれいな水……」


 右足を入れてみると、ひんやり冷たく気持ちがいい。

 そのまま左足も入れてみたが川の底は浅く、ひざ下にも届かない深さだった。

 なんとなく向こう岸まで歩いていると、ふと自分の目的を思い出す。


「人に会わなきゃいけないんだった……。誰かいないかな……」


 休憩するなら水があるところだよね、と周りを見渡してみたが残念ながら人影は見当たらない。

 川から出ると丁度いい大きさの石に腰掛け、空を見上げる。

 先ほどまでは木の隙間から光が差し込む程度だったが、ここからなら空が見える。


「青空……。雨は大丈夫そうだね……」


 川に入ったくらいからだろうか、さらに頭が重く感じるようになった。

 水に入ったことが影響したのか少しだが体調が悪くなったことに不安を感じる。

 水が影響していると考えると、雨が降って全身水浸しになってしまうのは避けたかった。


「その前に人に会えるといいな……。ん……?」


 空を眺めながら考えていると、数メートル先の茂みがガサガサと鳴った。

 風で揺れている草木と比べてみると、明らかにその茂みだけが異音を出していた。


「風のせいじゃない……。人……?」


 何かが動く気配も合わさり、本当に人かもしれないと立ち上がる。

 誰に教わったのか思い出せないが人に会ったら挨拶をする、そんなことを考えながら今もガサガサと音を立てる茂みに歩み寄る。


「あの、誰かいるの……?」


 声をかけた瞬間、待ちわびたものが茂みからのそりと出てきた。

 笑顔で声をかけるといいんだったっけ。


「えと、初めまして、こんにちは」


 確か挨拶はこんな感じでよかったはず。

 口角を少しあげてニコッとした表情を作り、少し緊張しながら挨拶する。

 気づけばすぐ後ろまで近づいているが、まだ返事はない。

 近づいてみてわかったがかなり大きい体をしている。


 ――ブオンッ!


「わっ……」


 次の瞬間、裏拳のような攻撃が飛んできた。

 体を反らせてかわすが、まったく予測していない攻撃だった為そのまま体勢を崩し尻もちをつく。


 ……人ってこんなに大きかったっけ?


 尻もちの体勢から見上げると余計に大きく見えるが少なくとも2メートルは超えている。

 こちらを向いたモノは全身に黒っぽい毛を大量に生やし、大きい口からはよだれを垂らしている。

 熊に似た姿をしているが胸の部分に赤い石のようなものがあり、ただの熊ではない何かなのが分かる。


「人じゃ……ない?」


 少年は今更人でない事に気づくと魔物という存在がいる事を思い出す。

 体に魔石と呼ばれる部位をもち、意思疎通は困難で人を見ると見境なく襲ってくるモンスター。


「魔物……!」


 相手が敵だと分かった瞬間、体がぞわぞわとしだし熱を持つ感覚がする。力が体を直接流れているような感覚はどこか懐かしく、また周りの風や音を強く感じる。


「この感覚は……」


 自分の体の異変に戸惑うも『懐かしい』のであれば自分にとって異常ではないのだろと考え、目の前の敵に集中する。

 手を向け、力を放てばいい。恐らく無くした記憶の中で繰り返されたであろう動作をしようとした瞬間――


「ハァァァァァァ!」


 気合いのこもった声と同時に目の前の魔物が真っ二つに切り裂かれた。


「大丈夫? 怪我はしてない?」


 斬撃の勢いを利用して空中で一回転し、少年を庇うように前に立つと少女は少年に問いかけた。

 少女はしばらく魔物を警戒していたが息絶えていることを確認すると少年に向き直ると――


「まままま待って! どうしてあなた裸なの!?」




































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