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魔王の資料

 翌日、さっそく冒険者ギルドの資料室で魔王のことを調べようと部屋を出た。

「今日もパン美味しいですねぇ~」

「そうかいそうかい、もっとお食べ」

 今日もポルッツが、パン屋の女将ラーラさんからパンをもらって美味しそうに食べている。

「おまえちゃんと金払えよ」

「ググッ!」

 ポルッツがパンをのどに詰まらせた。こいつ払うこと考えてなかったのか。試食のレベルじゃないぞ。

「いいんだよ、アインさん。あんたのお弟子さんからお金なんか取れないよ」

「弟子!?」

 なんでこいつが弟子になってるんだ?というか弟子なんか取る歳でもないし、その気もまったく無い。

 ポルッツを見るとヘラヘラと笑っている。ムカつくので無視して店を出た。

「あっ先輩!待ってくださいよ~!」

「せめてパン代ぐらい働いていけ」

「は~い」

 ポルッツは元気のない返事をしてトボトボとパン屋へ戻る。しかしパンは喰い続けていた。


 冒険者ギルドの資料室は2階にあった。入り口に受付があり、ギルドカードを確認される。もうクラスDなので問題無く中に入ることは出来た。

 さっそく魔王関連の資料を探す。それは意外とすぐに見つかったが、そんなに厚くもない関連書籍が1冊あるだけだった。とりあえず、その本の中身を確認してみることにする。

「これだけか?」

 厚くもない本なので、すぐに読み終わってしまう。そしてただただ落胆するしかなかった。

 だいたいの内容はこうだ。

 過去に3度、魔王との戦いがあった。1度目は勝利し、魔王を千年封印した。千年後、封印が解けた魔王との2度目の戦いとなり、魔王が勝利したという。その魔王勝利のあと300年に渡って、魔物が支配する暗黒の時代が続いたらしい。そして、その300年後に英雄が現われ、ふたたび魔王を封印した。それが今から千年ほどの前のことだ。

 そして今に至る……と。

 本には、こんな魔王との歴史が書いてあった程度だ。魔王の具体的な力や使う魔法などの記載もまったくなく、ただの脅威としか書いてない。そして、具体的にどうやって魔王を封印したのかも、いっさい書いてないのだ。

 もう一度、他に魔王関連の資料がないかよく探してみるが、本当にこの1冊しかないようだ。

 これはかなりおかしい。

 最大の恐怖であり、世界の誰もが存在を認識している魔王に関して、こんな本が1冊しかないということが有り得るだろうか?

 誰が何の目的でかは分からないが、これはもう意図的に隠されているとしか思えなかった。

「まいったな」

 正直、当てが外れて力が抜けてきた。

 転生したさい、冒険者ギルドのカードが要求してもいないのに手元にあった。これはどう考えても、冒険者ギルドが世界滅亡回避の重要なポイントになるというヒントのはずなのだ。

 しかし冒険者ギルドの資料には、たいしたものは存在しなかった。ということは、冒険者ギルドには他の意味があるということか?

 どちらにしろ、もう少しこの冒険者ギルドで活動していくしかないだろう。だが、あまり目立つのもまずい。クラスアップを急いだために、もうすでに少し目立ちそうな雰囲気が出てしまっているのだ。

 ここはいちど落ち着いて、もう少し慎重に冒険者ギルドでの活動を続けていこう。

 そんな今後の方針を考えていると、ちょうど冒険者ギルド自体の資料が目にとまる。今後の参考になるかもしれないので、少し目を通しておこう。

「うわ~クラスDって3000人もいるのか」

 現在の冒険者ギルドの在籍者はクラスSが3人、クラスAが100人、クラスBが500人、クラスCで1000人、そして俺のクラスDは3000人ということらしい。クラスEになると多すぎて不明らしい。

 思ったより、まだまだ上に大勢いるということか。

 次にクラスSのことが気になったので、その資料にも目を通してみる。やはりクラスSの三名は、桁外れのもの凄い力をもっているということだった。

 一人目は黒騎士ファーレン。黒づくめのフルアーマーに身を包み、フルフェイスをかぶっているため誰も顔を見たことがないということだ。持ってる剣まで真っ黒で、とにかくクラスSの中でも最強に強いらしい。

 二人目は女性の魔術師リサミサだ。名前は可愛いが冷酷な魔女ということだ。魔力関係で彼女の右に出るものはいないという。

 三人目はエルフのクレストス。弓の名手で、同時に5本の矢を射ることができるらしい。さらに魔法までも使えるエルフらしい強者のようだ。

 こうしてみると、やはりクラスSの実力は半端なく凄いもののようだ。

 だがここで、ひとつの疑問が沸いてくる。なぜ、こんな強いクラスSが3人もいたのに、世界は魔王に滅ぼされてしまったのだろうか?一人ならまだしも三人もいたのにである。じつは弱かったというのも三人全員がというのは考えにくい。

 もしかしたら、ここが凄い重要なポイントなんじゃないだろうか?何かしらの問題が起きて、この三人がいても魔王に勝てなかったわけだ。その問題を解決すれば、世界は滅亡を免れるかもしれない。

 だから俺は冒険者ギルドに所属させられているのではないだろうか?

 しかしクラスDの俺では、まずクラスSと会うことも出来ないだろう。

 やはりここはクラスを上げていくしかない。しかもあまり目立たず、だが迅速に。

「はぁ~」

 思わず溜息が出る。自分でもめちゃくちゃなことを言ってることは充分わかっているのだ。クラスが上がるという時点で、どうしても目立ってしまう。さらに通常よりも早くクラスアップすれば、なおさらだ。

 しかし、やらなければならない。もう世界を滅亡させるわけにはいかないのだ。

 けっきょく何の手掛かりもないまま資料室をあとにする。簡単に冒険者ギルドの資料を見れば何かがつかめると思っていたのが甘いのだ。やはり、それほど魔王とは脅威であり特殊な存在だ。

 かといって、ここでただボーッとしててもしょうがない。とりあえず、この冒険者ギルドで、ギルドメンバーがいまできる、メンバーらしいことをやるとしよう。

 俺は3階へ上がるとクラスD向けの依頼掲示板へと向かった。

 クラスDへの依頼もクラスEに負けず劣らず、たくさんあるようだ。ただしクラスEと違い、ただのお使いのようなものは少ない。やはりそれなりに難易度は上がっている。

「今度はクラスDですね!頑張っていきましょう、アイン先輩!」

 ポルッツが横から掲示板をのぞき込んでくる。

「おまえパン屋さんの仕事は?」

「やだなぁ、ちゃんと終わらせてきましたよぉ」

 そういうとポルッツが嬉しそうに懐からパンを出して俺に渡そうとする。いらないよ。

 しかし、よく考えると、こいつも不思議な奴だ。こんなに俺につきまとっていて生活とか大丈夫なんだろうか?

「甘いパンのほうが、よかったですか?」

 本当にバカが付くほど、のんきでお人好しである。こいつには悩みとかないんだろうなぁ。きっとお金とかにも困ったことがないはずだ。そんな顔をしている。

「じゃあ、こっち食べます?あ、でもこれ僕、大好きなんですよねぇ……でも先輩が食べたいっていうなら、半分あげてもいいんですけどぉ……」

 だからパンは、いらないって。

 そう、こいつはきっと大金持ちのボンボンなのだ。いや、実は貴族の子でしたっていうパターンかもしれない。のちのち、こいつのコネクションが役に立つ時がきっと来るというパターンだろう。

「どうしたんですか、先輩?」

「フフフフ、もう分かっているぞ。お前、貴族のお坊ちゃまだろ?」

「え?違いますよ」

「じゃあ、凄い金持ちのボンボンだな?」

「やだなぁ、お金なんか持ってないですよぉ」

「いいや、絶対にお前の親は金持ちか貴族だ」

「残念ながら親いないんで……」

「え?」

「僕、生まれてすぐに捨てられてたんですよね。だからずっと施設暮らしだったんですよ」

「うっ……」

「その施設も貧乏だから、迷惑かけないように10歳で出て、色んな仕事をしてたんですけど……やっぱり冒険者の夢が諦められなくて」

「…………」

「いまもお金ないんで、朝は農家の手伝いして、夜も酒場の皿洗いしてるんですよぉ、ハハハ」

「も、もうやめて……」

「どうしたんですか、先輩?お腹痛いんですか?」

「反省してんだよ……」

 まさか、そっちのパターンか!

 こいつの笑顔の裏に、そんな重いものが隠されていたとは!

「先輩?」

 ポルッツが心配そうに顔をのぞき込んでくる。

 やめてくれ!もうそれ以上そんな澄んだ目で、このゴミクズを見ないでください!

「本当に大丈夫ですか?薬買ってきますよ」

 金も無いのに、おまえは……おまえはぁ……。

「先輩!泣いてるじゃないですか!」

 違うんだ。心が痛いんだよ。薬じゃ治らないよぉ。

「ポルッツ、俺を殴ってくれ」

「え?いやですよ」

 シンプルに断られた。そりゃ訳も分からないよな。

 俺はなんてクズなんだ。なんで世界が滅んで俺のようなゴミが滅ばないのだろうか?神様はなんて意地悪なんだろうか。

 いや、これは俺に与えられた最後のチャンスなのだ!

「俺はいま生まれ変わったぞ」

「え?」

「これからどうしていいのか分からなかったが、お前のおかげで道が見えてきたよ」

「そ、それはよかったです」

「これからは人のために働こうと思うのだ」

「おおぉ!」

「報酬とかギルドポイントとか、楽とかおいしいとかじゃない。人のためになるか、ならないかだ」

「凄い!凄いですよ、アイン先輩!」

「そして、いまの俺にふさわしい仕事は、これだ!」

 俺は掲示板にある一枚の依頼書を指差した。

「どれどれ、なんですか?」

 ポルッツが嬉しそうに依頼書をのぞき込む。その瞬間、いつも陽気で明るいポルッツが固まった。

「ほ、本当に、これやるんですか?」

「もちろん!」

 後悔先に立たずという言葉を知っているだろうか?

 少なくとも、この時の俺は、その言葉を忘れていた。

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