初仕事
ふたたび冒険者ギルドへとやって来た。さっそく3階のクラスEの受付へと向かう。
しかしクラスEへの依頼は、受付で斡旋されるわけではない。壁に掲示板があり、そこに様々な依頼が張り出されているのだ。
さっそく掲示板を確認する。そこでは何人かの冒険者が真剣に依頼内容を確認していた。
思ったより依頼の数はたくさんあるようで、広い掲示板いっぱいに多くの依頼を書いた紙が貼ってある。
内容はクラスEの依頼だけあって、魔物退治などの危なそうなものはあまりない。薬草などの素材収集や害虫や害獣駆除のようなものばかりだ。中には迷子猫探しなんてものもある。
もちろん報酬のほうもあまり高くないものばかりだ。
「まいったな……」
これでは、かなり数をこなさないとクラスアップはなかなか望めそうにない。
どうしたものかと考えていると、ひとつの依頼に目が止まった。
「回復薬の素材収集」
それは、とある洞窟の中にあるという回復薬の素材となる魔法石の収集依頼だった。目が止まったのは、そこに追記の赤い文字でこう書かれていたからだ。
「今なら報酬・ギルドポイントがともに2倍!」
俺は薬屋での話を思い出していた。そう、いま回復薬は品不足におちいっているのだ。
さらに、この依頼に目をつけた理由は、もうひとつある。この依頼には上限がないのだ。つまり魔法石を集めれば集めるだけ、報酬がもらえるというわけだ。
これなら上手くやれば回数をこなさなくとも、クラスアップを狙えるかもしれない。
さっそく俺は、この依頼を受けることに決めた。
町からさほど離れていない場所に、その洞窟はあった。外から見るぶんには何の変哲もない、普通の洞窟のようだ。
さっそく市場で買っておいた光石を首にさげると、短剣を右手に洞窟の中へと入っていく。もちろん買ったばかりのあのレザーアーマーも装着済みだ。
洞窟の中はひんやりと冷たく、洞窟独特の湿った匂いが漂っている。
何人もの人間が出入りしているらしく、足元には苔もなく意外と歩きやすかった。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
その時、洞窟の奥から男の絶叫が聞こえてきた。しかも少し驚いたというようなものではなく、まさに断末魔のような叫びだ。
俺は右手の短剣を握りなおすと、洞窟の奥へと急いだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
また叫び声が響き渡る。その場にたどり着いた時には、もうすでに5人の男が地面に転がっていた。中には身体が胴から真っ二つに切り裂かれている者もいる。
「うぅぅぅ……」
その中の一人が苦痛に声をもらす。どうやら、まだ息があるようだ。俺は急いでその男を抱きかかえた。
「ポルッツ!」
「アイン先輩?」
その男はポルッツだった。剣で斬られたであろう、かなり深い傷をいくつもおっている。どうやら周りに倒れているのは、そきほど市場で会った若者たちのようだ。
「大丈夫か、ポルッツ!」
「ジャスティスです……アイン先輩」
「あまえこんな時にも設定を大事にすんのか?」
「せ、設定じゃ……ないです」
ポルッツは苦痛に顔をゆがめながらも、なんとか笑顔を作ろうとしていた。
「分かったから、とりあえずこれを飲め」
そう言って回復薬を取り出すと、ポルッツに渡した。
「一口で充分だからな」
ポルッツは震える手で回復薬を受け取る。最上級の回復薬なので、ポルッツほどの初級レベルのステータスであれば、一口飲むだけで全快するだろう。
「なんだぁ?まだ人間が残ってたかぁ?」
その声とともに洞窟の奥から人間にしては大きな人影が姿をあらわした。
「あ、危ないです、先輩!早く逃げて……」
思わずポルッツが恐怖で体を震わせる。
あらわれた声の主は人型トカゲの魔物、リザードマンだった。手には人間では簡単に扱えないような巨大な剣を持っている。こんな上位の魔物が、なぜこんなクラスE向けの洞窟にいるんだ?
「こっちは傷の治療をしてるってのに、チョロチョロと雑魚が鬱陶しい洞窟だな!」
なるほど。こいつは負傷した治療で、たまたまこの洞窟にいたというわけか。ポルッツもついてないな。
「アイン先輩……に、逃げて……」
「いいから、ちょっと待ってな」
自分の傷のことも忘れ必死にこちらの心配をするポルッツをせいする。本当に人がいい奴のようだ。とにかくポルッツだけでも助かってよかった。
「あと、早く回復薬飲めよ。一口だけな」
俺はポルッツが握りしめている回復薬を指差した。しかしポルッツはリザードマンを注視していて、それどころではないようだ。
「おまえ、なに余裕ぶっこいてんだ?」
そんな俺の態度にイライラしたリザードマンが、巨大な剣を振り上げ向かってきた。
「アイン先輩!危ない!!」
巨大な剣が唸りを上げて俺に振り下ろされる。剣の重さをまったく感じさせない素早い太刀筋だ。こんなもの喰らえば、そりゃあ身体も真っ二つになるだろう。
そんなことを考えつつ、リザードマンの剣を紙一重でかわす。別にカッコつけてギリギリでかわしているわけではない。このほうが疲れないだけなのだ。
目標を失ったリザードマンの剣は、轟音と共に地面に突き刺さった。洞窟なので、もちろん地面も岩である。そのため、もの凄い量の破片が飛び散った。
「いたっ!いたっ!」
破片となった小石が飛び散り、いくつも当ってくる。紙一重でかわすんじゃなかった。
「グワァァァァァァァ!!」
かわされたリザードマンが怒りの咆哮を上げる。耳元でうるさいよ。
俺はイラッとして、おもむろに短剣をリザードマンの首へ突き刺した。
「え?」
リザードマンは一瞬、自分になにが起きたのか分からなかったようだ。いまだに顔はキョトンとした表情でいる。しかし、その顔は自分の胴体を離れ、洞窟の壁に半分めり込んでいた。
俺の短剣での突きが強すぎたのか、衝撃でリザードマンの首はもげ、壁面にまで飛んで行ってしまっていたのだ。期待通り白鉄鉱石の短剣はビクともしていない。普通の剣ならば、いまの一撃で簡単に折れていたとこだ。
しばらくして、呆然と立ち尽くしていた首の無いリザードマンの胴体が、ゆっくりと力無く崩れ落ちた。
「す、凄い……」
一部始終を見ていたポルッツが、うわ言のようにつぶやいていた。よく見るとポルッツの周りは彼の血で真っ赤に染まっている。
「ポルッツ、薬、薬」
俺はポルッツがずっと握りしめている回復薬を指差した。しばらくして我に返ったポルッツが、ようやく回復薬を思い出し飲みだした。
「あ、バカ!一口でいいって!」
そんな俺の制止も聞かず、ポルッツは回復薬を一気に飲み干した。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
一気に身体が全快したポルッツが飛び起きる。
「だから一口でいいって言ったじゃん」
「先輩、凄いですよ、これ!」
当たり前だ。それ、いくらしたと思ってるんだよ?まぁポルッツが無事だったからよかったが。
「じゃあ、魔法石を回収して、とっとと帰ろうか」
早いとこ依頼を達成しようと洞窟の奥へ進もうとしたが、ポルッツは黙ってうつむき動こうとしない。
「どうした?」
「すいません、アイン先輩。今日はもう自分は……」
それはそうか。たったいま目の前で仲間が4人も殺され、自分も瀕死の重傷を負ったばかりなのだ。
回復薬で身体の傷は治せても、心の傷を治すことは出来ない。
「回復薬で身体の傷は治せても、心の傷を治すことは出来ないからな」
なんか、いいセリフそうなので声に出して言ってみた。
「ハハ、そうですね……」
いい言葉だと思ったのは俺だけのようだ。恥ずかしい。
「じゃ、じゃあポルッツは、洞窟の入り口で待っててくれ。なるべくすぐ戻るから」
「分かりました。お付き合い出来ず、すいません」
「いいから、いいから」
本当にこいつは良い奴だ。良い奴すぎるのも、この先、冒険者としては心配なのだが……。
俺はいったんポルッツと別れ、洞窟の奥へと入っていった。もちろん探索スキルを使い、目的地への最短ルートを通っていく。
途中で出くわすのは巨大蟻や蜘蛛などの、たいして脅威ではない魔物ばかりだった。やはりリザードマンに出くわしたのは運が悪かったとしか言いようがない。
しばらくすると洞窟の最深部にたどり着いた。やはり初心者向けの洞窟なため、そんなに深くはないようだ。奥には湧き水が溜まったと思われる、小さな澄んだ奇麗な地底湖があった。
ここの湧き水は特殊で、わずかだが魔力を含んでいる。その水が長い年月をかけ鉱石などに沁みわたり、回復薬に使われる魔法石が生まれるのだ。見渡すと、その地底湖の周辺に蒼く鈍い光を放つ魔法石がいくつも転がっている。
「おお、大漁、大漁!」
俺は次々と魔法石を拾い上げると、どんどん魔法の小箱へと入れていく。本来なら、次の冒険者のために少しは残しておいてあげたいところだが、今はクラスアップを急がなければならない身なのだ。
申し訳ないが、魔法石は根こそぎ回収させてもらおう。
「ん?これは……」
そんな中、不思議な光を放つ魔法石を発見した。その魔法石は蒼くなく、プリズムのように七色に輝いていた。
「こりゃレアものだ」
何千個かに一個、異常な魔力を秘めた魔法石が採れるという。まさしく、これがそうだ。
「ついてるぞ」
そのレア魔法石だけは腰の小袋にしまうと、もう一度、辺りを見回した。
「あらかた採ったな」
もうほとんど魔法石が無いことを確認すると、迷宮脱出の呪文を唱える。身体が光に包まれると、洞窟の入り口へとワープした。
「うわっ!」
洞窟の入り口前に突然あらわれた俺を見て、ポルッツが腰を抜かしていた。
「アイン先輩、脅かさないでくださいよ」
「お待たせ……ん?」
笑いながら俺を出迎えたポルッツは、なぜか泥だらけだった。そのポルッツの後ろの地面には、4つの盛り上がった土がある。
「おまえ……埋葬したのか?」
「こんなことしか出来ませんが……僕の仲間ですから」
「そうか」
しばらく俺とポルッツは4人の墓を見つめていた。この4人はたった一日で冒険者の夢を終わらせたことになる。非情だが、これも冒険者の定めと思うしかないのだろう。
ポルッツは泣きはらしたあとなのか、いまは涙は無いが目は赤く腫れていた。1日で冒険者として、かなりの経験をつんだのだ。
「そろそろ行こうか」
「はい」
辛いはずだが、ポルッツは精一杯の笑顔で応えた。
「その前に」
俺はそう言って、ポルッツに魔法石を一つ渡す。
「魔法石ですか!?いや、僕は何もしてないんで、もらう資格はないですよ」
「金借りてたろ?これで返すよ」
「ええっ!?たった銅貨一枚だけじゃないですか!」
「利子つけるって言ったろ?」
「高利貸しでも、そんな高い利子とらないですって!」
「いいから取っとけよ。初仕事の記念だと思って」
「本当にいいんですか?」
「一個だけだぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて!ありがとうございます!」
ポルッツは魔法石を受け取ると、嬉しそうに眺め出した。
「アイン先輩、僕よく知らないんですけど、魔法石って七色に光る奇麗な石なんですねぇ~」
「ふ~ん、そうなんだ」
ポルッツは魔法石を太陽にかざして楽しそうだ。少しは元気が出てきたみたいだな。
「よし帰るぞ。つかまれ」
「え?」
意味が分からずとまどっているポルッツの身体を引き寄せる。そして瞬間移動の魔法を唱えた。
「おお!」
一瞬で俺たちは冒険者ギルドの前にやってきた。
「ア、アイン先輩、空間移動の魔法も使えるんですか!?」
「使えるよ」
ポルッツはポカンと口をあけている。同じ新人冒険者なのだから、ビックリするのも当たり前なのだが。
そんなポルッツをほっといて、俺はとっとと冒険者ギルドへと入って行く。慌ててポルッツも追いかけてきた。
そのまま真っ直ぐ3階のクラスE専用の報告カウンターへと向かう。受付と違いこちらは依頼達成者が来るところなので、あまり混んではいなかった。
俺がカウンターに座ると、ポルッツは当たり前のように俺の後ろに立った。俺は振り返り、横のカウンターを指差す。
「今回の依頼は、お前とは別グループだ。お前はちゃんと自分たちの報告をしろ」
「そ、そうでした」
真剣な表情をしてポルッツは隣のカウンターに座る。そして毅然とした態度で仲間4人の死亡報告を始めた。
しかしリザードマンの話になると、ギルドスタッフが騒然となる。初心者向けの洞窟に上級の魔物が出現したとなれば、それは大騒ぎになるだろう。
そこの辺りの説明は、俺がすることとなった。俺が倒したということもあるが、リザードマンの会話をポルッツはまったく理解していなかったのだ。そう、俺は会話スキルがあるので魔物の言葉が分かったが、ポルッツには何を言ってるのかまったく分からなかったようだ。
ひとまずリザードマンは倒したということで冒険者ギルドも落ち着きを取り戻したが、すぐに調査隊を派遣するという話だった。
「で、依頼の魔法石なんだけど……」
「はい。こちらで換金してギルドポイントも計算いたします」
すっかり落ち着きを取り戻した受付嬢が、微笑みながら対応した。
「かなりの数があるんだけど……」
「では、この籠にお願いします」
そう言って受付嬢が出した籠は大きいが、これでは入りきらないだろう。とりあえず魔法の小箱から直接、籠に魔法石を出し始める。みるみる籠に魔法石の山が出来上がった。
その様子を見て受付嬢が慌てだす。
「すいません!誰か籠を持ってきてください!」
慌てて他の職員が持ってきた籠にも魔法石を満たしていく。気が付けば籠5つに魔法石の山が出来ていた。
さっそく受付嬢が換金とギルドポイントの計算を始め出す。少し時間がかかりそうだ。
「ええっ!」
突然横から叫び声が上がった。隣を見ると、ポルッツがイスから転げ落ちているところだった。
「アイン先輩、この魔法石、凄いらしいですよ!」
「へ~よかったじゃん」
「よくないですよ!この魔法石はアイン先輩が……」
「バカバカバカ!」
どこまでも馬鹿正直なポルッツを制し、慌てて耳打ちをする。
「お前はあの洞窟で色んなもんを失ったんだ。これはその代償だ。お前はこれをもらう資格がちゃんとある」
「アイン先輩……」
「とりあえず今日は黙って俺の言う通りにしておけ」
「分かりました……ありがとうございます」
こうして俺たちの初仕事は、無事完了した。俺も賞金とギルドポイントをかなり得たので、クラスアップもすぐに出来そうだ。
「アイン先輩、アイン先輩」
帰り支度をしていると、ポルッツが嬉しそうに話しかけてきた。なんかいつも以上にニヤニヤしている。
「なんだよ?気持ち悪い」
「これ見てくださいよ~!」
そう言うとポルッツは、自分の冒険者ギルドカードを見せつけてきた。
「なんだよ、それがどうし……なっ!」
ポルッツのカードにはクラスDと書かれていた。
「おかげさまで、いきなりクラスアップしちゃいました!びっくりですよね~」
「ちょっと待て。あの魔法石って、そんな凄いのか?」
「なんかスペシャルボーナスが付くとか言ってました」
なんだと~!?あれ一個のほうが、あの魔法石の山より上だったのか~!
「アイン先輩?どうしたんですか?」
「い、いや……な、なんでもないよ、ポルッツくん、フフフ」
「なんかお腹すきましたね。美味しいものでも食べて帰りませんか?」
「そ、そうだな……初仕事のお祝いでもするか」
「やった!アイン先輩、おごってくださいね!」
「なんでだよ!?お前のほうが報酬よかっただろ!?」
「4人の遺族に渡してくださいって、全額ギルドにあずけちゃいました」
「…………」
「アイン先輩?」
「お前って、いい奴だな」
こうして俺たちの初仕事は幕を閉じた。
しかし俺にとっては、まだ何も始まっていないのと同じなのだ。だが今だけはそれを忘れて、ただ美味しい食事を楽しもうと、楽しそうにはしゃぐポルッツを見ながら思うのだった。