冒険者ギルド
気が付くと、また小部屋に立っていた。
いつもの通りテーブルの上には金貨が入った小袋と、冒険者ギルドの会員証が置いてある。
持ち物は、たったこれだけだ。ということは、これが手掛かりということなのかもしれない。
そう、いま俺にある唯一の手掛かりは冒険者ギルドだけなのだ。
「とりあえず行ってみるか」
ここで考えていても何も始まらない。まずは冒険者ギルドに行ってみよう。
さっそく俺は会員証を懐にしまいながら部屋を出ようとした。すると部屋の隅から何かが勢いよく飛んでくる。
「こいつを忘れてた」
俺は飛んできた白光の剣をキャッチすると、腰のベルトに吊るしながら部屋を出た。
「ん?」
部屋を出ると、甘く温かな良い匂いが鼻をくすぐる。部屋は2階にあったため、階段で階下へと降りた。
「おはよう!朝食にパンを食べてくかい?」
部屋の階下はパン屋だった。店では焼きたての美味しそうなパンが、所狭しと並べられているところだ。
そう、俺はこのパン屋の2階に下宿しているのだった。
「お出かけかい?じゃあ、これ持って行って」
お店の女将さんであるラーラさんが、そう言ってパンを2つ差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
「朝から元気ないね!しっかりしなさい!」
そう言ってラーラさんは、店から出て行こうとする俺の尻を叩いた。
ほんとうに明るく元気な人だ。
こんな良い人のいる世界を俺は滅ぼしてしまったのだ。
出来立てのまだ温かいパンをかじりながら、トボトボと道を歩く。
「美味い!」
ラーラさんの焼いたパンは本当に美味しかった。
「こんな世界を俺は……」
この素晴らしい世界の滅亡を考えると涙が出てきそうだった。
いや、とにかく今は冒険者ギルドに行ってみるしかない。今の俺に出来ることは、それだけなのだ。
「ここが冒険者ギルドか……」
俺は冒険者ギルドの建物の中にいた。
入ってすぐはホールのようになっており、もう何人もの冒険者が行きかっている。どいつもこいつもひと癖もふた癖もありそうな、それっぽい雰囲気を持った奴ばかりだ。
そのホールの奥にはカウンターがあり、係りの人間らしき人が何人か座っていた。どうやらあそこが受付になっているようだ。
さっそく俺はカウンターまで行き、一人のブスッと座っているおじさんに話しかけた。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
「カードを」
「え?」
「ギルドカードを提示ください」
不愛想なおじさんは、冷たく事務的にそう告げた。
「ああ、カードね」
俺は慌てて冒険者ギルドカードを取り出す。おじさんは俺のカードを受け取ると、分かりやすい溜息をついた。
「ここはクラスA以上の受付です」
「え?クラス?」
「ここになんて書いてあるか分かりますか?」
そういうと、おじさんは俺のカードのある部分を指差した。
「E……」
「そう、あなたはクラスE。クラスEの受付は3階の一番奥になります」
そういうと、おじさんはカードを突き返してきた。どうりで受付はいっぱいあるのに人がガラガラだと思った。
「どうもすいません」
俺はカードをしまうと、そそくさと上への階段に向かった。
階段を上ったギルドの3階は、気のせいか薄暗い感じがした。装飾などもなく簡素で、ただ広い空間という感じだ。
この階にも奥のほうに受付がいくつかある。その上にはご丁寧に『E』の文字が掲げられていた。
さっそく受付に向かうが、もうすでに全ての受付には何人かの冒険者が並んでいる。仕方なく俺も、その列のひとつに並んだ。
そして待つこと小一時間、ようやく俺の番となった。
「冒険者ギルドカードをお願いします」
受付の若い女性が笑顔で応対してくれる。不愛想なおっさんじゃなくて良かった。
俺がギルドカードを差し出すと、受付の女性は優しく笑顔で受け取ってくれる。
「あ、昨日登録されたばかりなんですね」
冒険者ギルドカードには登録日が記載されているようだ。どうやら俺は昨日、冒険者ギルドに登録したばかりの、ど新人のようだった。
「それでアインさん。今日はどういったご用件で?」
アイン?
そうだ!俺の転生後の名前はアインだったのだ。前の転生では誰にも名乗る機会が無かったため、自分の名前をすっかり忘れていた。
「あのぉ~?」
「ああ、すいません」
「で、ご用件は?」
「用件……用件……あのぉ、わたしはまず何をすればいいんでしょうか?」
「は?」
「冒険者ギルドに登録したはいいのですが、まず何をやったらいいのか分かりませんで……」
「なんで登録したんですか?」
「いや、それはその……なんか気付いたら……みたいな?」
「ふざけてます?」
「いや、それがあいにくマジなんです」
申し訳ないが本当に、こちらは真面目なのだ。手掛かりはここにしかない。もしここに手掛かりが無いとしたら、世界は滅亡してしまうのだ。
そんな俺を見て受付の娘はしばらくポカンとしていたが我に返り、さっきまでの優しさが嘘なような事務的な喋り方で面倒臭そうに答え出した。
「とりあえず色々な依頼に応えて、ランクとか上げればいいんじゃないですかね?」
「依頼?ランク上げ?」
「昨日登録したさいに、ちゃんと講習受けました?」
「講習?」
「2階の第4会議室で、これから本日登録した方の講習会があります。行ってください」
「あの講習会ってのは……」
俺の言葉をさえぎり、受付の娘が奥の下り階段を指差す。
「行って」
「はい」
とりあえず俺は新人のための講習会を受けることにする。しかし、こんな悠長なことをしていていいのだろうか?
いやいや、焦りは禁物だ。神様も経過が大事だと言っていたではないか。その焦りから世界が滅亡したことを忘れてはいけないのだ。
俺は焦る気持ちをおさえ、2階の第4会議室に入った。
その会議室には30脚ほどのイスがあり、すでに10人ほどの新人が座っている。とりあえず俺も空いているイスに座った。
するとすぐに係りの人らしき、いかにも真面目そうな青年が会議室に入って来る。そして部屋の教壇のような場所に立つと、なれたようにスラスラと喋り出した。
「本日は冒険者ギルドご登録、おめでとうございます。今から冒険者ギルドに関する説明を行いたいと思います」
そういうと事務的に冒険者ギルドの説明を開始する。
内容を簡単にまとめるとこうだ。
冒険者ギルドは様々な人や国の依頼を受け、ギルド登録者にその仕事を斡旋する。その依頼内容によって賞金やギルドポイントが設定されているという。難しい依頼ほど賞金がいいということだ。
そしてそのギルドポイントを貯めていくと、ランクが上がっていくという仕組みだ。
ランクはEからSまである。まず登録した者はランクEからスタートするのだが、登録すれば必ずランクEになるので、このランクEはあって無いようなものだ。ランクEの人数もギルドでは把握していないほど多いという。
なのでランクEには特典などはほぼ無い。冒険者ギルドの施設使用やサービスなども、いっさい受けられないのだ。ランクDになって初めて、ようやく冒険者として扱ってもらえるということらしい。
これはまずい。ランクEでは、まったく意味がない。情報や手掛かりなど得られるわけがないではないか。
ランクを早く上げなければ、なにも始まらないということか……。
「どうしたんです、浮かない顔をして?」
いきなり隣の席の奴に声を掛けられた。見ると金髪の爽やか好青年という感じのイケメンが隣に座ていた。
「そりゃあ緊張しますよね~?なんせ今日から冒険者ですからね」
爽やか金髪好青年がグイグイ話しかけてくる。ヤバい……苦手なタイプかもしれない。
「こうやって同じ日に登録した、いわば僕らは同期なわけですからね!仲良くしていきましょう!」
「あ、俺は昨日登録したんで……」
「え!?じゃあ先輩じゃないですか!」
な、なんだこいつは……。
「僕の名前はジャスティス!あなたの名前は?」
「ア、アイン……」
「アイン先輩ですか!これから、よろしくお願いします!」
スゲェ笑顔で話しかけてくるんですけど。いま会ったばっかりなのに……。
その時、ジャスティスの後ろにギルドの係りの人と思われる女性がやってきた。
「あの、ポルッツさん」
ジャスティスの動きがピタッと止まる。だが彼は振り向こうとはしない。
「ポルッツさん、ちょっといいですか?」
ポルッツ?
「書類に不備がありまして……ポルッツさん?」
しかしジャスティスは振り向かない。しかし喋りもしなくなった。完全に固まっている。
俺は笑顔を引きつらせるジャスティスに、そっと話しかけた。
「ポルッツさん、呼ばれてますよ」
俺の呼びかけにジャスティスは身体をビクッと震わせると、笑い出しながら立ち上がり振り返った。
「なんでしょう?」
「書類のこの項目なんですけど……」
「ああ、記載漏れですね」
ジャスティス……いや、ポルッツは慌てて書類を修正しだした。聞いてもいないのに大声で色々と言い訳などをしている。絵に描いたような動揺ぶりだ。
すぐに書類の修正は終わったのか、逃げるように係りの女性は去っていった。すると何事も無かったかのように、また爽やかな態度に戻ったポルッツが話しかけてきた。
「いやぁ参った参った。この私が書類の不備とは……話の途中ですいませんでした、アイン先輩」
「大丈夫なのかポルッツ」
「ポルッツ?僕はジャスティスですよ」
「もう無理でしょ、ポルッツ」
「た、確かに本名はポルッツですが、これからはジャスティスとして名を上げていくのです!」
「分かったよ、ポルッツ」
「ジャスティスです!」
「落ち着けよ、ポルッツ」
「ジャスティス!」
しまった!つい面白くなってかまってしまったが、こんなことをしている場合ではなかった。
講習も終わり基礎知識もできた。ともかくランクをD以上にしなくては話にならない。
さっそくランク上げを始めよう。
「え?どこ行くんですか、アイン先輩?」
「ギルドに来てる依頼でも見てみようかと思って」
「いいですね!」
当たり前のようにポルッツがついて来ようとする。俺は慌てて、そのポルッツを手でせいする。
「その前に買い物とか色々とあるんで……」
「あ、付き合います、付き合います」
やはり当たり前のように一緒に行動しようとする。悪気は無い。たぶん悪気は無いのだ。
「いや、付き合ってもらうのも悪いし、あくまでも私用なんで!」
そう言って急いで会議室を出る。
「あっ!ちょっと、アイン先輩!」
呼び止めるポルッツを無視し、俺は速足で階段を下りて急いでギルドを出た。
振り返ると、さすがにポルッツは付いては来ていない。
「フゥ」
思わずホッとして息がもれる。やはり冒険者ギルドには変わり者が多い。
とりあえずは買い物だ。色々と買いたいというのは嘘ではない。
そして装備を整えたらランク上げだ。とにかく早くランクを少なくとも一つ上げてDにしなければならない。
腰に吊るした小袋を確認する。中には金貨と銀貨がけっこう入っていた。
これだけあれば色々と買えるだろう。
俺は市場のあるほうへと歩いて行った。