無責任の代償
「痛たたたた……」
目が覚めると身体中が固まったかのようになり、思うように動かない。身体を起こそうとすると、全身に激痛が走った。
「ううぅ……」
痛みに耐えながらなんとか上半身を起こす。
部屋中に置いていた光石のいくつかは、まだ淡く光っていたので辺りは真っ暗ではない。
枕元の砂時計に目をやると、中の砂は全て落ちきっていた。
「1年経ったのか……」
悲鳴をあげる身体中の関節を伸ばしながら、魔法の小箱から水と果物を取り出す。一年ぶりの食事は、まさに身体に沁みわたっていくようだった。
外はどうなっているだろうか?
はやる気持ちをおさえ、まずは体調の回復に努めることにする。用意しておいた最上位の回復ポーションを取り出すと、一気に飲み干した。
「おお!」
さすがに最上位の回復ポーションだけあって、みるみる力がみなぎりだし身体が回復していくのが分かる。気が付けば眠りに落ちる前の状態に戻っているようだ。
「よし」
ここでゆっくりしていてもしょうがない。早く外の世界を確認しよう。
俺は枕元に置いておいた白光の剣を手にすると、迷宮脱出の魔法を唱えた。身体が光に包まれたかと思うと、一瞬でダンジョンの入り口の前へとワープする。
次の瞬間、目の前には一年ぶりの外の世界が広がっていた。太陽は眩しく、思わず手で目を覆う。
外の空気はダンジョンの中とは比べ物にならないくらい新鮮で、思わず深呼吸をして背伸びをした。
「なっ!?」
次の瞬間、全身に悪寒がはしった。嫌な汗が身体中から噴き出してくるようだ。
気が付くと俺は無意識のうちに白光の剣を抜いていた。
「なんだ、この気配は?」
一年ぶりの外の世界は、悪意に満ちた闇の気配で埋め尽くされていた。
いったい何が起きているんだ?
とりあえず周辺探知のスキルを発動させる。
しかし、感じ取れるのは邪悪な魔物の気配だけで、人間などの気配はまったく感じられない。
「まさか、嘘だろ……」
精神集中をして、どんなに探索範囲を広げようと、魔物以外の反応はひとつも無かった。
遠くの空には小型の竜であるワイバーンが、我が物顔で何匹も飛び交っている。その中にひときわ大きなものがいた。魔物の頂点であるドラゴンだ。
あんな化物どもが悠々と空を飛び交っているというのは尋常ではない。
「ま、町は……町はどうなったんだ?」
そう村や町など人が集まる場所には、まだ誰かいるはずだ。
急いで瞬間移動の魔法を唱える。一度行った場所にならば瞬時で移動できる魔法だ。俺は転生してきた最初の町、スールへと飛んだ。
「こ、これはいったい……」
眼前に広がるスールの町には、以前の面影はまったくなかった。ほとんどの建物は崩れ落ち、焼失して炭しか残っていないものも多い。
人で賑わっていたスールの町は、まさに廃墟と化していた。
もう一度、周辺を探知してみるが、何度やっても魔物以外の反応はまったく無い。
「ん!」
その時、瓦礫の中から狼の魔物ワーフルフが飛び出してきた。広げた口からは巨大な牙がむき出しになり、涎を垂らしながら襲い掛かってくる。
俺は慌てることなく剣を抜くと、その流れのままワーフルフの口へと剣を突き刺した。
白光の剣の切れ味は凄まじく、突いただけなのにその勢いでワーフルフは左右真っ二つに裂かれて絶命する。しかしワーフルフの血をたっぷりと浴びてしまい、かなり気持ちが悪い。
「風呂なんかないよなぁ」
そんな呑気なことをつぶやいていると、辺りから魔物の気配が漂ってきた。
気が付くとゴブリンの群れに囲まれている。街の壊滅にショックを受けていて、辺りに気を配るのを忘れていた。
取り囲んだゴブリンは、ざっと100匹ほどだろう。中には指示出ししているリーダー格が存在し、意外と組織だった動きをしていることから、魔王軍の部隊なのかもしれない。
どうやら、この世界は魔物の支配下に置かれてしまったようだ。まだどこかに生存者はいるかもしれないが、この感じでは絶望的である。
一気に脱力感が襲ってきた。
またダメだったのか。
今回は世界が闇に包まれているというわけではないが、我々人類からすれば闇に包まれていることと変わりなかった。
絶望に押し包まれそうだ。
そんな俺の気持ちなど関係なく、ゴブリンどもはジリジリと包囲の輪を狭めてくる。
もうどうでもよかった。
「かかれ!」
指揮をするゴブリンの耳障りな号令が聞こえる。それと同時に俺を囲んでいたゴブリンどもが、一斉に襲い掛かってきた。
終わったか。
気が付くと、俺はただ一人立ち尽くしていた。
手には抜かれた白光の剣が握られている。周りの足元には様々に切り裂かれたゴブリン死体が山のように転がっていた。
「まったく、たいした能力ですこと」
俺は無意識のうちに100匹近いゴブリンを切り殺していたのだ。
ゴブリン程度の下級魔物が何匹いようと、倒すことなどハエを落とすよりも簡単なのだ。たぶんこちらにはかすり傷一つついていないだろう。
息つく暇もなく、また周りから魔物の気配が漂ってくる。周辺を探ってみると恐ろしい数の魔物たちが、こちらへと向かってきていた。
どうやら俺の存在が魔物どもに知れ渡ってしまったようだ。
これから魔物との死闘が始まるだろう。だが俺はいったい何のために戦うというのか。その先に、いったい何があるというのだろう。
ただただ孤独の戦いが始まろうとしていた。
気が付くと、また真っ白な空間に立っていた。
魔物との戦いがどれほど続いただろうか?もう、よく覚えてはいない。
最後の記憶は魔王をこの手で打ち倒したというものだった。
魔王の断末魔とともに目の前が白く輝きだし、気が付くとこの空間に立っていたのだ。
「久しぶりだね」
「神様……」
俺の目の前に神様が現れた。素敵な笑顔を浮かべる、相変わらずの美少年だ。
「いやぁ、たった1年ほどで2回も世界を滅ぼすとは思わなかったよ~。なに破壊神にでも憧れてる系?」
「憧れてない系です……」
「今度は何もしないってさぁ……良いアイデアだとでも思った?」
「前回、自分がやった結果、滅亡したもので……何もしなければ大丈夫かと……」
「極端だよねぇ。0か100しかないわけ?」
「いや、ほんと……申し訳ありません」
「ごめんごめん、説教臭くなっちゃったね」
「いえ、説教で済むどころじゃないことをしたんで……」
さすがに2度も世界を滅ぼせば、反省するどころではない。
「最初は関わりすぎ、今度は関わらなさすぎ。こう上手いこといい感じで関わることって出来ないかなぁ?」
「上手いことって、自分のせいで世界がどうかなっちゃうんですよ!そんなゲームみたいに気楽に出来ないですよ!」
「力は気楽に手に入れたんじゃないの?」
「まさか、こんなことになるとは思ってなかったし!」
「まぁ次は、もっと上手くやってくださいよ」
「つ、次!?次って、まだあんですか!?」
「世界を滅亡のまま終わらすわけにはいかないでしょう?」
「俺には無理ですって!」
「上手いバランスで関わっていけば、きっと大丈夫だよ。それだけの力があるんだし」
「いや、もうほんと無理です!力もお返ししますんで!」
「申し訳ないけど、そんな都合よくはいきません」
「そ、そんなぁ……」
その後、数十分にわたり駄々をこねたが、まったく辞めることを受け入れてはもらえなかった。
それどころか、さらなる力の追加オプションを神様が提案し出すほどだった。ただでさえ今の力を持て余しているというのに冗談じゃない。
「もういいかな?なに言っても無理なのは分かったでしょ?」
「……」
「沈黙はYESってことね」
「本当に自信無いんですよ」
「当たり前じゃん。2回も世界滅ぼしといて自信あったら凄いよ」
「……」
「まぁそうナーバスにならずに。とにかく焦らず、一歩一歩、人間らしくやっていくといいから」
こんなやり取りをもう数十回繰り返している。少なくとも、もう何を言っても無駄なことは分かった。
黙り込む俺に、神様は今まで以上に優しい笑顔で語りかけてくる。
「これを最後の転生にするから」
これで転生地獄からは解放される。
思わずホッとした俺は、次の神様の言葉で青ざめることになる。
「最後ってことは、今回の結果がどうなろうと、それで世界の運命は確定するからね」
「え!?それって、また滅亡しても、もうやり直しは……」
「じゃあ頑張って~」
「いや、待って!」
叫ぶ俺の目の前が、また真っ白に輝きだした。
こうして俺の3度目の転生が始まったのだった。