転生の転生
気が付くと小さな部屋に立っていた。
部屋にはベッドと小さなイスとテーブル、あとはちょっとしたクローゼットがあるだけだ。
窓からは温かな陽射しが差し込んでおり、いまが昼間だということが分かる。
「これは……」
テーブルの上に一枚のカードと、皮で出来た小袋が置いてあった。
小袋をひらくと中には金貨や銀貨が数十枚入っている。それを腰のベルトに括り付けると、カードを手にした。
「冒険者ギルド……」
そのカードは冒険者ギルドの会員証のようなものだった。
そういえば前回転生した時もこの部屋からで、この冒険者ギルドのカードも最初からあったはずだ。
しかし前回は冒険者ギルドにはいっさい立ち寄らず、俺はさっさと魔王を退治しに行ってしまったのだ。
「どうしろってんだ……」
冒険者ギルドを利用したりして魔王を倒せということだろうか?
そもそも魔王を倒していいものなのだろうか?
正直さっぱり分からなかった。
「冒険者ギルドか」
とりあえず冒険者ギルドに行ってみよう。あとはそれからだ。
そんなことを考えつつ部屋を出ようとしたとき、部屋のすみから小さな物音がした。思わずそちらを振り返ると、なにかがもの凄い勢いでこちらに飛んでくるところだった。
「うわっ!」
とっさに手を出す。気が付くと、その飛んできたなにかを見事に掴んでいた。
「剣?」
それは銀色に輝く美しい剣だった。手のひらに伝わる冷たさが金属であることを物語っているが、金属にしては軽いという印象だ。そして何より妖しい美しさのようなものが漂っている。
「ゴクリ……」
思わず生唾を飲み込むと、剣をゆっくりと鞘から抜いてみた。少し顔を出した刃は青白く光っているようだ。
「凄い……」
つい声を漏らしてしまう。それほど、この剣は妖艶で人を魅了してくる。
もう少し鞘から出してみようかと手に力を込める。その瞬間、剣の刃がみるみる白い光を放ち出した。
「な、な、なっ!」
慌てて剣を鞘に納める。
思い出した。この剣は『白光の剣』だ。転生のさいに、ついでに凄い武器が欲しいとリクエストしたら、この剣をくれたのだ。
この白光の剣は持ち主が強くなれば強くなるほど、この剣自体もさらに強くなるというアイテムだ。まさに最強ステータスで転生した俺にうってつけの剣だった。
しかし今は、その性能が裏目に出てしまう。
さらに、いま起きた現象のように、この剣は主のもとから離れるということはない。離れれば剣自体が主のもとへ飛んでいくのだ。
そして、この剣の主が変わるときは、その主が死んだときだけである。
「やばいもんをもらってしまった」
まさに後悔先に立たずだった。
俺の最強ステータスと、この剣がある以上、たぶん俺は無敵だ。
「うぅ……」
思わず前回転生したさいの悪夢、闇に飲み込まれた世界が脳裏をよぎる。こんな力を持った俺が下手に動けば、また世界が滅んでしまう。
かりに自分が動かなかったとしても、他人にこの力や剣の存在が知られれば大変なことになるだろう。冒険者ギルドに行くなどの目立つ行動など、もってのほかだ。
そしてこの先、魔王との戦いが始まれば、世間が俺のこの力を放っておくとは思えない。
そうなれば、また世界は滅亡することになる。なんとしても魔王との戦いだけは避けなければならない。しかし、この力を隠し通すことなど出来るのだろうか?
思わず頭を抱え込みベッドに腰をおろした。考えれば考えるほど、頭の中に滅亡した世界での無限の闇が広がっていく。
「逃げよう」
俺が考えに考えて出した結論は無責任だが、とてもシンプルなものだった。
魔王が滅ぶまで、誰にも見つからなければいいのだ。
「善は急げだ」
俺は白光の剣を掴むと、足早に部屋を出た。
「これで準備は整った」
次の日の夕刻、俺は町から馬で半日ほどの距離にある、とあるダンジョンの入り口に立っていた。
探査能力で探し出し、事前にモンスターなどの生き物がまったく生息していないことも確認してあった。放置されてから、もう何十年も経っているようだ。
「アイテムも最終確認しておこう」
マジックアイテムである魔法の小箱を取り出す。手のひらサイズの小さな箱だが、中はちょっとした小部屋ほどの広さがある。さらにこの箱の中では時が止まるようで、入れた食べ物などは何年経っても腐ることはなかった。しかし人間やモンスターなどの生き物は、入れることが出来ない。
その箱の中には大量の水が入った樽と食料が詰まっていた。俺一人なら楽に一年はすごせる量だ。
「よし、このダンジョンに一年ひきこもろう」
そう、ただ世界を逃げ回ったとしても、つねに見つかる可能性がつきまとう。
ならば何処かに隠れてジッと身を潜めるほうがいいはずだ。
我ながらなんと卑屈で良いアイデアだと思う。だがいいのだ。世界が滅ぶよりは何百倍もマシである。
「よし」
意を決してダンジョンの中にと足を進める。
長年放置されていたダンジョンの中は真っ暗で、とてもカビ臭かった。
魔法の小箱から魔法石の一種である光石を取り出す。光石は衝撃を受けると、しばらくのあいだ発光し続ける特徴がある。
その光石をダンジョンの壁にぶつけると、明るく光り輝きだした。それを網のポーチに入れて、紐で首から吊るす。これでしばらくの光源は確保できた。
そして俺はおもむろに白光の剣を抜くと、いま入って来たダンジョンの入り口へと振り返る。
「これで世の中とも、しばらくのお別れだ」
気合を入れると白光の剣が白く輝きだした。
光輝く剣をダンジョンの入り口付近の床から天井へと、気合を込めて一閃させる。
一瞬、なにも起きなかった。が、しばらくして大きな振動とともに、天井や壁が崩れ出し、瓦礫の山でダンジョンの入り口を完全に塞いでしまった。
積み重なった瓦礫を押したり蹴ったりして確認してみるが、もう簡単には崩れそうにない。これで外へは、すぐに出れるということはないだろう。
「よし」
入り口の封鎖を確認すると、俺はダンジョンの奥へと歩を進める。
幸い高レベルの探索能力スキルがあるため、迷うことなく階下への階段を発見した。階段を下りると、ためらうことなく剣で階段を破壊する。俺はダンジョンの階層を下りるたびに、これを繰り返していった。
それを繰り返すこと55回。ついにダンジョンの最下層へと到達した。
下調べ通り、ここへ来るまでに一匹のモンスターや動物にも出会っていない。ここなら安心して、ひきこもることが出来るだろう。
その最下層で手頃な広さの部屋を見つけ、そこを拠点とすることにする。拠点といっても照明がわりの光石を置いたり、ベッドがわりの厚手の毛布をひいたりした程度だが。
「よし、ここで一年乗り切ろう」
そう言って砂時計を取り出す。この砂時計もマジックアイテムのひとつで、砂が落ちきるのにちょうど10年かかるというものだった。砂時計の中の砂は重力が無いかのように、恐ろしくゆっくりと落ちていく。
「い、一年か……」
まだ始まったばかりだが、一年という永さが少し俺を不安にさせていた。
ダンジョンにこもってから、なんとか10日ほどが過ぎようとしていた。
だが気持ち的には数か月も経ったような疲労感を感じている。ただジッとしているだけで人は疲れるということを初めて知った。
「予定より早いがドーピングしよう」
俺は自分がダンジョンの奥で、ただただジッとしていられる人間だとは思っていなかった。
なので、とあるマジックポーションを用意しておいたのだ。簡単にいうと睡眠薬だ。これを一瓶飲めば半年間、眠ったまま目が覚めることはない。それを2本、取り出した。
様子を見ながら1本づつ飲もうと思っていたが、もう2本いっぺんに飲んでしまおう。
「これで目覚め時には1年後だ」
一瞬、脳裏に嫌な予感がよぎる。しかし気のせいだと振り払い、俺は睡眠薬を2本、一気にあおった。そして多めに重ねてひいた毛布の上に、ゆっくりと横たわる。
「これで世界の滅亡だけは、まぬがれるはずだ」
しだいに眠気が襲ってくる。目をそっと閉じると、俺は一気に眠りへと落ちていった。