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アーネスの運命

 ハルメルド率いる騎士団が、こちらへ向けて横一列の隊列を組む。しかしライシュタットの騎士団と違い、威圧感などは少ない。数は倍以上いるのだが、どこか迫力に欠けている。

 ハルメルドの騎士団が布陣すると、ライシュタットがひとりハルメルドのもとへと馬を走らせた。たぶん事情説明をするのだろう。

「アイン様、いかがいたしましょう?」

 オルトが馬車から問いかけてくる。どうしていいものか悩んでいるのが分かる。それは俺も同じ気持ちだった。

「ここは様子見するしかないな」

「分かりました」

 とは言ったものの、ハルメルドがこのまま見逃してくれるはずは無い。そうすると俺たちの選択肢は2つだ。逃げるか、ハルメルドを倒すかだ。

 ハルメルドの能力は別にしても、あの騎士団の騎士の数である。アーネスを連れて逃げるのは難しいだろう。すると残る選択肢はひとつとなる。

「あっ!」

 アーネスが声を上げた。

 報告していたと思われるライシュタットが、ハルメルドに蹴り倒されていた。遠目から見ても怒り狂っていることが分かるハルメルドは、倒れたライシュタットを執拗に蹴り続けている。もちろんハルメルドがライシュタットより強いということはあり得ない。ただライシュタットが我慢しているというだけのことだ。

「酷い……」

 アーネスは身体を震わせながら、涙目でその光景を見ているしかなかった。

「アーネス様、あなたが逃げることで、あいつが次期男爵ということになります。あなたは、あのような男に男爵家を託そうとしているんですよ」

「わ、わたくしは……」

「あいつが男爵になったら、ライシュタットをはじめ、いま男爵様に仕えている人たちはどうなってしまうでしょうね?」

「…………」

「そして男爵領に住む人々は、あの男のもと幸せになれるとお思いですか?あなたを必死に逃がそうとしてくれた、あの村人たちの将来をあなたはハルメルドに託そうというんですか?」

「で、ですが……」

「あなたがいま逃げるということは、そういうことになるんです。アーネス様が死んでも逃げても、実は何も解決しないんじゃないでしょうか?」

「しかし、お父様が望んでいない以上、わたくしにはどうすることも……」

「父親であろうと、いえ、自分の父であるからこそ、その手で間違いは正すべきなんじゃないでしょうか?」

「そんなことが、わたくしに出来るはずありません」

「もしアーネス様が覚悟を決めるのであれば、自分は全力でお手伝いします」

「覚悟を……」

「その覚悟の手始めとして、いま目の前で起きている問題を解決しませんか?もしアーネス様にご命令いただければ、いまハルメルドを倒します」

「…………」

 アーネスは考え込んでいる。確かに重い決断ではある。しかし、ここで決めなければならない。

 そんなアーネスにオルトが声を掛ける。

「わたくしはアーネス様のどんな決断にも従います。しかし、出来ることならアーネス様ご自身の気持ちに正直なご決断をしていただければと思います」

「わたくしの気持ち……」

「こうなってしまったのですから、もう素直にお考えしてもよろしいのではないでしょうか?」

 あとはアーネスの覚悟しだいだ。もしやれというなら、いつでもハルメルドは倒せるし、あの騎士団ぐらいなら、すぐに壊滅できるだろう。

 最悪、リファイデン男爵を殺すことになっても仕方ない。アーネスがそれを望めばだが。

「攻撃用意!」

 その時、ハルメルドの不快で声高な号令が響いた。騎士たちが一斉に剣を抜く。

 もう時間切れか。アーネスには申し訳ないが、ハルメルドは騎士団ごと消えてもらうしかない。

 しかし、その時また周辺探知に反応があった。

「おいおい、またかよ……」

 また別の方角から、もの凄い数の反応がこちらへやって来るのを探知した。今度も速度的に馬に乗った者だと思われる。しかも数は1000人規模だ。

「ずいぶんと人気ですね」

 皮肉で言ったわけではないが、アーネスは困ったように苦笑していた。

 新たに表れたのは、やはり騎士団だった。今度の騎士は真っ赤な鎧に身を包んでいる。そして、旗手が手にしている旗にはリファイデン男爵家のものとは違う紋章があった。

「深紅の騎士団!あれはロイスデール伯爵家の騎士団です!」

 オルトが珍しく興奮した様子で叫んだ。だがロイスデール伯爵家が出て来たからといってアーネスが助かったということには、まだならない。

 そのロイスデール伯爵家の深紅の騎士団は、見事に統率の取れた隊列でこちらへ向かってくる。その感じからライシュタットよりもかなり手強いというのが分かる。もし彼らが敵に回ったら、さすがにこれは厄介だ。

 深紅の騎士団は隊列を維持したまま、ハルメルドたちを通り越しこちらへ向かってくる。やはり敵に回るのか?

 しかし、敵意のようなものは一切感じられない。よく見れば剣も抜いてはいなかった。

 そして俺たちの前まで来ると、一斉に反転して止まった。まるで守るかのように俺たちを背にして、ハルメルドと対峙したのだ。それを見たハルメルドは、ただ口を開けて固まっている。

 すると深紅の騎士団の中から、ひとり団長らしき騎士が馬を降りアーネスのもとへやって来た。

「リファイデン男爵家のアーネス様ですね」

 意外なことに、その声は美しい女性の声だった。

「あ、あたは?」

「私はロイスデール伯爵家に仕える騎士で、エーネラインと申します。伯爵様の命によりアーネス様をお迎えに上がりました」

 そう言うとエーネラインは深々とお辞儀をした。

「ロイスデール伯爵様の……」

 突然の出来事にアーネスはただ戸惑っていた。オルトも自分で手引きしたくせに、固まっている。仕方が無いので部外者だが、俺が大事なことを確認する。

「わざわざお出迎えいただけたということは。ロイスデール伯爵様はアーネス様を助けてくれるってことですか?」

「それは分かりませんが、悪いようにされるお方ではありません。少なくとも今よりは良い方向に向かうのでは?」

「確かに……」

 エーネラインの言う通り、今よりはマシなのは確かだ。ここで逆らっても好転することはないだろう。

 それにロイスデール伯爵は女性であるエーネラインを騎士として登用している。しかもかなり重要な地位でだ。旧態依然の他の貴族たちと違い、かなり柔軟な思考の持ち主だといえる。そんな伯爵ならアーネスを一方的に処分するということはないだろう。

「大丈夫よ!心配性ねぇ~」

 いきなり俺の顔の真横から声がする。いつのまにかナミカが俺におぶさっていた。

「降りろ」

「ロイスデール伯爵様との交渉は大変だったのよ~。それが恩人にする態度なのぉ~?」

「助かりました。どうもありがとうございました。降りろ」

「なによぉ~!」

「痛い!痛い!耳を噛むな!」

 ナミカを振り落とそうと振り回すが、なかなか離れない。そういうことをしてる場合ではないのだ。空気を読め。

「お楽しみのところ申し訳ないが、そろそろよろしいかな?」

 エーネラインが申し訳なさそうに俺に言ってきた。

「楽しんでません。なので申し訳なくなどありません。なのでお話を進めてください」

 仕方がないのでナミカは無視することにした。今度は耳に息を吹きかけてきたが、ここは我慢だ。

「ではロイスデール伯爵様のもとまで、ご同行願えますか?」

「はい」

 アーネスはしっかりとした意志で承諾した。オルトもようやく緊張が解けたように、ほっとしている。

「ちょっと待てぇー!」

 その叫び声と共にハルメルドが馬をこちらに走らせてきた。深紅の騎士団員たちが一斉に剣に手を掛けるが、エーネラインが仕草でそれを制した。

 ハルメルドはもの凄い勢いで我々の前までくると、馬から飛び降りるなりエーネラインに食って掛かってきた。

「伯爵様の騎士かなんだが知らんが、これはこちらの問題だ!関係無い奴は引っ込んどいてもらおうか!」

「アーネス様はロイスデール伯爵様に助けを求められたのです。なのでもう、こちらの問題でもあります」

「騎士風情が生意気なことを言いおって!アーネスといいお前といい、女のくせに生意気なんだよ!女は男の命令に黙って従い、しおらしく家にいりゃいいんだ!」

 こいつは本当にクズだ。こんな見事なクズ見たことない。

「グホアッ!」

 いきなりエーネラインがハルメルドの頬に拳を叩き込んだ。ぶん殴られたハルメルドの身体はクルクルと宙で何回転もして、地面に叩きつけられる。

「な、なにほすりゅんだぁ!」

 ハルメルドが殴られた頬を抑えながら叫ぶ。口からは血だけでなく歯も零れ落ちてきていた。

「無礼な口を塞いだまで」

「な、な、な……」

 ハルメルドは怒りと痛みと恐怖で震えて言葉が出ない。それを無視してエーネラインはハルメルドに背を向け自分の馬へと歩き出す。

「な、なめおってぇー!」

 ハルメルドが剣を抜いてエーネラインに斬りかかった。

「バカが」

 俺は白光の剣の抜く。エーネラインも振り向きざま剣を抜いていた。

「うぅ……」

 ハルメルドの首の左にエーネラインの剣が、首の右には俺の白光の剣が突きつけられていた。ハルメルドがいま少しでも動けば確実に死ねる。

「いま急いで死ぬこともあるまい」

 エーネラインが冷たく告げた。そのあとに、どうせすぐ死ぬことになる、とでも言いたかったのかもしれない。

 エーネラインが剣を収めたので、残念だが俺も剣をしまった。

「感謝する」

 エーネラインは俺に礼を言うと、自分の馬へと歩いて行った。超カッコイイ。惚れそうだ。

「アイン様、行きましょう」

 気が付くと、アーネスとオルトは、もう馬車に乗っていた。

「いや、俺の仕事はここまでだ」

「え!?なにを……」

「もうこれ以上、アーネス様の護衛の必要は無くなった。俺はお役御免だ」

「そ、そんな」

 オルトが馬車を降りようとするが、それを手で制して止める。

「最後まで、ご一緒してはくだされないのですか?」

 アーネスも馬車から身を乗り出して俺にうったえる。

「この先、俺の力はもう必要ない。あとはアーネス様とオルトの二人で、道を切り拓いていくしかない」

 もう戦う力が必要な段階ではなくなったのだ。むしろこの先は、強力な力は邪魔になるかもしれない。

 それに申し訳ないが、今回の件で俺は目立ち過ぎてしまった感がある。そういう意味でも、ここは少し距離を置きたいという気持ちもあるのだ。

「もう二度と会えないというわけじゃない。それにまた俺の力が必要になった時は、呼んでくれれば喜んで駆けつけますよ」

「アイン様……」

 俺は自分の馬に跨ると、馬車とは別の方向に馬首を向ける。

「エーネラインさん、あとはよろしくお願いします」

「お任せを」

 そしてライシュタットの方を見ると、騎士団が奇麗な隊列を組んでこちらを見ていた。片手を上げると、ライシュタットも片手を上げ返してきた。

「これからどこ行くのよ?」

 俺の後ろに座っているナミカが聞いてきた。

「お前は、なんで俺の馬に乗ってんだ?」

「なんか面白そうだと思って」

「面白いも何も、まだ行き先も何をするかも決めてないよ」

「ふ~ん……じゃあいいものあげるわ」

 そう言ってナミカが手の平ほどの金属製レリーフを渡してきた。それはロイスデール伯爵家の紋章だった。

「これがあればロイスデール伯爵領内なら、なにかと役に立つわよ」

「通行証とか身分証みたいなもんか?」

「まぁそんなとこね」

 気が付くとナミカは俺の馬から降りて、アーネスの馬車へと飛び乗っていた。本当に猫みたいに軽い動きをする。

「じゃあ、またね~」

「ああ、また」

 こうして俺のアーネス護衛の任務は終わった。

 これからどうするかは、まだ決めていない。しかしナミカからせっかく便利そうな物をもらったので、しばらくはロイスデール伯爵領内を旅してみようかと思う。

 もしかしたら魔王関連の情報が何か手に入るかもしれない。

 そんな甘い期待を胸に、俺は馬を走らせた。

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