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騎士団長ライシュタット

 丘の上に整然と並んだ騎士たちの鎧が陽に照らされて輝いている。騎士の鎧は機能的なだけでなく、見た目も美しいものだった。

 その隊列の中央にいるのが騎士団長のライシュタットだ。

 娘を殺すのに騎士団まで送り出すとは。アーネスに同情していると、その騎士団長がひとりで丘をこちらに下って来た。剣を抜くこともなく馬も並足なことから、ひとり襲い掛かってくるということではないようだ。たぶん説得に来るのだろう。

「あのライシュタットってのは、どんな奴なんだ?」

 俺はオルトに尋ねた。アーネスはライシュタットのことをただ黙って見つめている。

「リファイデン男爵家に仕える騎士たちの中の頂点におられるお方がライシュタット様です。昔からの騎士の家系で、何代にも渡り男爵様にお仕えしている名門になります」

「じゃあ、もちろんアーネス様とは昔からの知り合い?」

「はい。お嬢様が子供のころからライシュタット様は親しく接しておりました。まるで妹を可愛がるかのように」

「そりゃ辛いな……お互いに」

 ライシュタットはアーネスの前まで来ると馬を降り深々とお辞儀をした。

「ライシュタット、まさかあなたが出てくるとは思いませんでした」

 アーネスは寂しそうにライシュタットを見ている。お互い辛いのは表情を見れば分かった。

「アーネス様、どうかこのまま私と男爵様のもとへお戻りください」

「戻ってどうしろと?」

「私も一緒に男爵様を説得します。ですので、どうかお望みを捨てずに……」

「望みがあったら、こんな苦労して逃げてないだろ」

 俺は思わず二人の会話に割って入った。お互い辛いのは分かるが、こんな会話は不毛だ。

 ライシュタットが怪訝な顔で俺を見てくる。

「失礼だが、あなたは?」

「アーネス様に雇われた護衛です」

「護衛なら引っ込んでおいてもらおう」

「護衛だからこそ、お嬢様を殺そうとする奴を見過ごすことは出来ないね」

「それは私に言っているのか?」

「あんた以外にいないだろ?」

「無礼な」

 思わずライシュタットが身構えるが、剣を抜くまではしなかった。さすがは騎士団長。

「まさか男爵様の命令が、娘を生け捕りにして丁重に連れ戻せなんてことはないだろ?命令は、お嬢様を殺すことのはずだ」

「私の判断でアーネス様には生きてお戻りいただく」

「そして戻った先には死しかない」

「そこをなんとか説得して……」

「無駄なことはもう分かっているはずだ。ただあんたはお嬢様を自分の手で殺したくないだけだ」

「そ、それは……」

「しかし死ぬと分かって男爵様のもとにお嬢様を届けるのも、殺したと同じことだ」

「…………」

 ライシュタットは黙り込み、ただアーネスを見つめていた。いま自分の中で葛藤が渦巻いていることだろう。主人の命令に従うのか、それとも……。

「私は……私は……」

 ようやく口を開いたが、なかなか言葉は出てこなかった。ライシュタットは良くも悪くも騎士であり、そして真面目で不器用なのだろう。放っておけば永遠に悩み続けそうだ。かといって俺たちには時間が無い。

「ひとつ俺から提案なんだが……」

「提案?」

「俺と一騎打ちをしてもらいたい」

「一騎打ちだと?」

「ここで大勢の血が流れるより、二人の命で解決したほうが安上がりだと思うがね」

「我々の命が安上がりか……いいだろう。その勝負、受けよう」

 そう言うとライシュタットは馬に乗り部下たちのもとへと、いったん戻った。そして部下たちの大声で告げた。

「これより一騎打ちを行なう!もし私が負けた時は、黙ってここは引け!」

「了解しました」

 副官らしき男がライシュタットの命令に素直に頷いた。自分の団長が負けるわけないと思っているのだろう。しかし申し訳ないが、こちらは負ける訳にはいかないのだ。

 ライシュタットは馬首をこちらへ向けると、剣を抜いて自分の顔の前に掲げた。俺も馬にまたがると、白光の剣を抜く。さすがに短剣では距離が無く、馬上戦はできない。

「アイン様……」

 アーネスが心配そうに声を掛けてくる。俺の強さを見てきたとはいえ相手は騎士団長だ。今までの相手とは比べ物にならない。不安になるのも当然だろう。

 オルトも真剣な顔で俺の横にやって来た。

「アイン様、どうかライシュタット様を殺さないでください」

 オルトが予想外のことを言ってきた。

「この戦い、アイン様が勝たれるでしょう。ですが、どうかライシュタット様の命は……」

「安心しろ。最初からそのつもりだよ」

 ライシュタットは男爵側で唯一のアーネスの味方だろう。そんな貴重な存在を消すわけにはいかない。たぶんオルトも同じ考えだったのだろう。

「大変だが、なんとかするよ」

 俺はそう言って馬を走らせる。ライシュタットも馬の腹を蹴り、丘を駆け降りてきた。

「参る!」

 ライシュタットの馬は真っ直ぐとこちらへ向かってくる。丘からの下りなのでスピードはかなり出ていた。俺の馬も速度を上げるが、疾風のネックレスがあるので逆にセーブしないと、戦いにならない速度が出てしまうので注意する。

 相互の馬が疾駆しているので、ライシュタットはもう目の前だ。お互いの剣が煌めいた。馬と馬が、かなりの速度で交差する。

 少し過ぎたところで止まり、互いが馬を反転させる。

「何を考えているか知らないが、下手に手を抜くと死ぬぞ」

 ライシュタットが俺に剣を向けて言う。笑みを浮かべてはいるが、少し怒りが感じられた。

「確かに……」

 俺の頬に一筋の血が滲んでいた。ライシュタットに斬られたものだ。咄嗟に顔をそらさなかったら、俺の顔は真っ二つなっていただろう。

 ライシュタットは予想以上に強かった。奴の言う通り、下手に手加減すればこちらがやられかねない。

 かといってライシュタットを殺すわけにもいかないのだ。

「こりゃ厄介だな」

 俺が苦笑するとライシュタットもニヤリと笑った。俺はそういう意味で笑ったんじゃないぞ。

「いくぞ!」

 ライシュタットがまた馬を走らせた。真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 何度も剣を交えるような相手ではない。この一撃で決まるだろう。

 また馬が交差する。

 ライシュタットの剣が上段から振り下ろされた。もの凄い鋭さである。

 俺は逆に剣を下から振り上げて、その攻撃を受ける。いや、受けるのではなく、相手の剣を攻撃する。

「グッ!」

 思わずライシュタットが声を漏らす。もの凄い衝撃と共にライシュタットの剣が真っ二つとなったのだ。

 そのまま俺の白光の剣はライシュタットの首へと吸い込まれる。

「フン!」

 今度は俺が気合の声を漏らす。全身の力を右腕に集中させ、強引に自分の剣の起動を修正した。

「ガッ!」

 ライシュタットの兜が宙に舞い、同時に身体も宙に浮いていた。互いの馬は交錯して走り抜けたが、ライシュタットは、その場で仰向けに地面に投げ出され背中から落ちていた。

「団長!」

 騎士団から叫びに近い声が上がった。誰もがいま見た光景が信じられないようだ。完全に固まっている。

 しばらくしてライシュタットはゆっくりと身体を起こした。額から血が垂れてはいるが、死んではいない。脳震盪を起こしたのか、視線がまだ定まらないようだ。

 ライシュタットの馬が駆け戻り、傍らで心配そうに鼻を鳴らす。その手綱を掴んで、なんとか立ち上がった。

「見事……だがなぜ殺さなかった?」

 ライシュタットは自分の首が飛んだのを覚悟した。しかし、飛んだのは自分の兜だったのだ。

「お嬢様をこれ以上、悲しませるわけにはいかないんでね」

「甘いな……いや、とても強い、強過ぎる男だ」

 ライシュタットは見事に割れた自分の兜を拾い苦笑した。そして馬に跨ると、自分の部下が待つ丘へと走り出した。

「アーネス様を頼んだぞ!」

 その言葉を聞いて俺も、ひとまずアーネスのもとへ戻る。

「さすがはアイン様」

 オルトが笑顔で出迎えてくれた。しかし、その後ろのアーネスは複雑な表情だ。俺が勝ったことでこの場は切り抜けられそうだが、ライシュタットのことを考えると素直に喜べないのだろう。

「ありがとうございました、アイン様」

「さすがに騎士団長は強かったよ」

 強かったのは本当だ。今までにない真剣な戦いだった。おかげで無理やり剣筋を変えたため、身体の色んな所がズキズキと痛んでいる。

「とにかくこれで時間は稼いだ。早いとこ伯爵のところへ向かおう」

「そうですね」

 オルトがアーネスを馬車へと乗せる。行き先を確認すると、向かう方向をオルトが指差した。その方向へ馬を向けようとした、その時。

「またか……」

 またもや大勢の反応を探知した。今度は先ほどの2倍はあるだろう大部隊の反応だ。

「アイン様……」

 オルトもその気配に気が付いたようで、その方向を凝視している。

 その方向からまず、うっすらと土煙が上がっているのが確認できた。そしてしだいに馬に乗った騎士の隊列が姿をあらわす。先ほどよりも見るからに数が多いのが分かる。

「今度は、どこのどいつだ?」

 俺の言葉に反応して、オルトが身を乗り出して必死に隊列を確認する。

「ハルメルド様……」

 オルトが絶望的な声で告げた。ついにご本人の登場だ。

 俺としては簡単に元凶を潰すチャンスと思えるのだが、きっとアーネスはそれを望まないだろう。

 しかし、もしアーネスに危機が及ぶときは、俺は躊躇なく奴を始末するつもりだ。俺はアーネスの護衛なのだから。

 ライシュタットの騎士団の横に並ぶようにして、ハルメルドの部隊が停止する。その隊列の中央に、ひときわ目立つ銀に金の装飾をふんだんに施した鎧に身を包んだ男がいた。

 どう見ても、そいつがハルメルドだ。

 ハルメルドはアーネスを確認すると下品な笑みを浮かべる。それを見たアーネスの身体が震え出した。それは恐怖からではなく、おぞましいものを見た不快感の現われだろう。

 どういう結果になるにしろ、アーネスの運命がいま決まろうとしていた。

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