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エルフの森

 ケルク村付近での襲撃から、一週間が経った。警戒はしたものの、その後はまったく襲撃者はあらわれない。アーネスたちの緊張も少し和らいできていた。

 これは嵐の前の静けさか……。なにか嫌な予感がしてならない。

「あと3日ほどでエルフの森に着きます」

 オルトがそう伝えてくるが、俺に言ったのかアーネスに語り掛けたのかは分からなかった。もしかしたら自分自身に言ったものなのかもしれない。

「あと少しですね」

 アーネスがつぶやくように言う。毅然とはしているが、さすがに疲れは見える。ずっと緊張しっぱなしなので当然だ。

 このまま何事も無ければいいが、やはりそうはいかなかった。

「オルト、止まれ!」

 俺の指示でオルトが慌てて馬車を停車させる。それと同時に俺は、馬車の前方に魔法障壁を展開させた。見た目は分厚いガラスのように見えて頼りない感じだが、物理攻撃にも魔法攻撃にも効果がある。さらに俺が展開したものは、ちょっとした家ほどはあるかなり大きな障壁だ。

 突然のことでオルトは警戒を強めるものの、まだ何が起きているかは分かってはいない。アーネスはただ身体を強張らせている。

 しばらくすると遥か前方より魔法で放たれた巨大な火の玉が、馬車へ向かっていくつも飛んできた。ひとつでも当たれば馬車は吹き飛ぶだろう。そんな強力な火の玉が次々と襲い掛かかってくる。

 思ったより敵の魔法攻撃は強力そうで量も多い。俺は魔法障壁を追加で3つほど、さらに重ねて展開させる。

 そしてシールドのオーヴを取り出すと、起動させて馬車へと投げた。オーヴは馬車を包み込むようにしてシールドを張る。オークション会場で使用したものより展開範囲が狭いぶん、シールドのパワーはアップさせておいたものだ。

 ここまで守れば、しばらく馬車は大丈夫だろう。

 しかし敵も考えてきた。遠距離からの攻撃に切り替えてきたのだ。これで体術を使うオルトを無力化したことになる。

 しかも俺が火の玉の対応におわれているうちに、他の敵の接近を許してしまった。いつの間にか馬車は数十人に囲まれている。さらに厄介なことに、そいつらは弓での攻撃を開始したのだ。

「ちっ!また遠距離か」

 思わず舌打ちしていた。敵は本当にアーネスを殺したいようだ。

 馬車に四方から矢が降り注ぐ。距離をとっての攻撃なので、矢は放物線を描いて飛んできた。なので勢いがなく簡単に剣で斬り落とすことはできる。

 しかし、その量が半端なかった。まさに雨のように馬車へ矢が降り注ぐのだ。

 シールドがあるとはいえ、どちらにしろこのままでは身動きが取れない。とにかく、片っ端から倒していくしかない。

 騎乗したままだと馬が怪我をする可能性が高いので、降りて馬車につなぎとめた。良い馬なので暴れることなく落ち着いているのがありがたい。

 とりあえず周りの弓矢どもを先に片付けよう。俺は周辺探知をして、矢を放っている奴すべての居場所を正確に把握する。

「燃えろ」

 矢を放っている奴らの足元の地面が割れたかと思うと、高熱のマグマが噴き出してくる。

「ギャァァァァァァ……」

 そこら中にマグマに焼かれた人間の松明が出来上がり、悲鳴と共に地面に崩れていった。

 俺は魔力回復薬を飲むと、今度は高速移動の魔法を発動させる。これで短時間だが鷹のように速く移動できる。

 白光の剣を抜きながら、俺は一気に火の玉を打ち出している魔法使いたちとの距離をつめる。

 思った以上に敵の布陣が遠かったため、すぐには姿が見えなかった。しかし高速移動のおかげで、しだいに魔法使いたちが姿を現しだす。

 慌てた魔法使いたちは、足止めのため俺の目の前にシールドを張り出した。しかし、俺は高速に移動しながら、紙でも破るように次々とシールドを剣で破壊し突き進む。

 その光景に恐怖した何人かの魔法使いが、こちらに背を向け、なりふり構わず逃げだした。そいつらの無防備となった背中に向け、走りながら氷の矢をお見舞いしていく。逃げるのに必死な魔法使いたちは氷の矢を受け、射的の的のようにバタバタと倒れた。

 それを見てさらに恐怖にかられた残りの魔法使いたちが、闇雲に攻撃魔法を放ってくる。もともとたいしたことない魔法使いが慌てて放つ魔法など、なにも恐れることはなかった。そのまま攻撃魔法を身体で弾き飛ばしながら、一気に奴らの目の前に到達する。

 魔法使いは接近されたら終わりだ。防御方法はあるものの、近接戦闘では最弱といっていい。しかもこの魔法使いどもは、いま完全に身体が固まってしまっていた。俺は躊躇することなく、恐怖に震える魔法使いたちの首を斬り飛ばした。

 魔法使いの首が宙を舞うなか、すぐに周辺に探知魔法を掛ける。しかし、もう他に敵はいないようだ。

 一息つき馬車へ戻ると、アーネスが心配そうに荷台から顔を出していた。さすがのオルトも出番が無かったとはいえ疲れの色が見える。

「襲撃者はすべて倒したが、またいつ次が襲ってくるか分からない」

 攻撃は激化の一途をたどっている。ここは無理をしてでもエルフの森へ急いだほうがいいだろう。

「ここからは一気にエルフの森までひた走る。昼夜をとわず馬が潰れるギリギリまで走り、馬が回復したらまた走る」

「分かりました」

 アーネスが覚悟をした表情でうなずいた。オルトもさすがにもう文句は言ってこない。二人はここが正念場だということを重々理解しているのだ。

 俺たちはエルフの森へと、ただただ馬を走らせた。急ぎたいところではあるが、あまりスピードを出し過ぎると馬が早くへたばってしまう。そうなれば逆に、到着まで日数が掛かってしまうことになるのだ。

 俺たちは逸る気持ちを抑え、馬の様子に注意しながら慎重に走り続けた。

 そして2日後の昼過ぎ、目の前に大きな森が見えてきた。

「あれがエルフの森です」

 オルトが指差す方向をアーネスは馬車の荷台から身を乗り出して見る。やっと目的地が見えたことで疲労が消えたような明るい表情をみせた。

 かなり急いだため予定より1日以上早く着いた。そのため追手には襲われてはいない。しかし馬車の馬は、そろそろ限界そうだった。

「オルト、この森は久しぶりなのか?」

「子供のころに何度か来たのですが、もう何十年も来ておりません」

 オルトは20歳前後にしか見えないが、けっこういい歳なのかもしれない。ハーフエルフといえどもエルフの血が入っているので、人間よりはかなり寿命が永いのだ。そのため実年齢よりも、かなり若く見える。エルフ系は見た目では、まったく年齢が分からないのだ。

 そんな話をしているうちに、ようやくエルフの森へとたどり着いた。森の入り口で馬車を止める。ここからは歩いて入るしかない。

「愚かな人間よ、何しに来た?」

 いきなり森の中から声を掛けられた。挨拶にしては、ずいぶんと失礼な言葉だ。

「わたくしはハーフエルフのオルトと申します!お願いがあって、やってまいりました!」

 オルトが慌てて森の中へと語り掛けた。

「立ち去れ!人間の争いごとを森へ持ち込むな」

「し、しかし……」

「ハーフエルフなどと、貴様のような汚れた存在が来ていい場所ではない!」

「ウッ……」

 オルトが唇を噛みしめる。こういう迫害をエルフからも人間からも受けていたに違いない。

「ずいぶんとエルフってのは優しくない種族なんですな」

「貴様、なんだと?」

 俺の言葉に、声の主の口調が変わる。

「姿も見せず隠れて言いたい放題とは、ゴブリンかっての」

「貴様ぁ~!」

 怒りに震えながら、ひとりのエルフが森から姿を見せる。やはり金髪ロン毛のイケメンで、美しい白銀の鎧を身にまとっていた。

「話ぐらい聞いてくれたっていいじゃないですか?」

「人間どもと話すことはない」

「か弱いお嬢様が、こんなに困ってんだから、ちょっとかくまうぐらい出来るでしょうに?」

「知ったことか」

「あのさぁ……」

「もう大丈夫です、アイン様」

 アーネスが俺とエルフの間に割って入った。このまま放っておくと、俺たちが戦いだしかねないとでも思ったのだろう。

「わたくしが勝手に押しかけて来たのですから、断られても仕方ありません」

「しかし、ここまで来るのにどれだけ苦労したか」

「ですが急いでいたとはいえ、何の事前交渉も無しに押しかければご迷惑なのも当たり前です。ここまで必死に守ってくださってきたアイン様には、本当に申し訳なく思っておりますが……」

 アーネスはそう謝罪すると、エルフと俺にお辞儀をした。それを見たエルフはフンと鼻を鳴らすと、森の中へと戻って行った。

「ちょっと待て!話はまだ終わってないぞ!」

「もうよろしいのです、アイン様」

「でも……」

 エルフを力ずくでも引き戻そうかと考えている俺に、今度はオルトが立ち塞がった。

「これはすべて、わたくしの準備不足が招いたこと。アイン様、本当に申し訳ございませんでした」

「謝罪なんかどうでもいい。これはアーネス様の生き死にの問題なんだぞ。みんな簡単に諦め過ぎだ」

「エルフのこのような態度は予測しておりました」

「じゃあ何で、こんな遠いエルフの森まで命掛けで来たんだ?」

「もうひとつ逃亡案がございます」

「もうひとつ?」

「その準備には時間が必要だったため、とりあえず並行してエルフの森へ向かうことにしたのです。もちろん、このままエルフの森へ入れてもらえれば、それでもよかったのですが」

「じゃあ、これは時間稼ぎって訳か?」

「そういう意味合いも含んでおりました。アイン様を騙したかたちになり、本当に申し訳ございません」

「いや、これで途方に暮れたらどうしようかと思ってたんだ。まだ別案があって正直ほっとしてるよ」

「本当に申し訳ございません」

 オルトは深々と俺に頭を下ろす。アーネスも頭を下げていた。言っといては欲しかったが、別に騙されたとまでは思っていない。見ず知らずの冒険者に、そこまで話す必要も無いのだ。むしろ隠して当然だ。

「いや、もういいよ。で、別案てのは?」

「ロイスデール伯爵様に助けていただこうかと」

「ロイスデール伯爵様!」

「はい」

「……誰?」

「…………」

「…………だから誰よ?」

「本当にご存知ない?」

「ご存知ないです」

 オルトが固まってしまった。たぶん常識なんだろうが、転生者なものでそういった類の知識がまったく無いのである。俺が困っているとアーネスが優しく説明してくれた。

「この辺一帯を治めておいでになる五大伯爵家のおひとりです。父である男爵家もロイスデール伯爵様の傘下ですので、うちの男爵領もある意味、伯爵家の一部ということになります」

 アーネスの説明は分かりやすかった。位でいうと男爵の上に伯爵があるという。何人かの男爵が伯爵のもとに集まって国に近いものを形成しているということだ。そのリーダー的な国王のようなものにあたるのが、伯爵ということになるわけだ。

「つまりロイスデール伯爵様は、男爵様のご主人様みたいなものというわけ?」

「簡単に言うと、そうなります」

「なるほど、親分に助けてもらおうというわけだ」

「伯爵様に相談するということは、かなりの大事ということになってしまいます。ですので、わたしとしてはなるべくこの手段はとりたくなかったのですが」

「しかし、もうそうは言ってられない状況だからね」

「はい、残念ながら……」

 アーネスの気持ちはよく分かった。単純な親子喧嘩の仲裁というレベルでは、もうないのだ。伯爵家が出てくることによって少なくとも、どちらかが大きく立場を失うことになるだろう。娘のアーネスとしては、こうならない為にも自分が静かに身を引くつもりだったのだ。それをあの親父は……。

「オルト、時間が必要だということは、伯爵様と何か交渉みたいなことをしているのか?」

「はい、すでに伯爵様へは、ご使者をたてております」

「使者?」

「ナミカ様です」

「ナミカ!?なんで!?」

「あのお方はロイスデール伯爵様の仕事をよくされておいでですので。先日の人買いオークション会場からナミカ様がハルメルド様をお逃がしになったのも、ロイスデール伯爵様の指示によるものです」

「あいつの潜入は、それが目的だったのか。でもなんでロイスデール伯爵様がハルメルドを助けるようなことを?リファイデン男爵の依頼ならまだしも」

「男爵様はハルメルド様のあのようなご趣味を容認され放置しておりました。そこで伯爵様が大事になる前に秘密裏に処理しようと動かれたようです」

「助けたのではなく、もしかしたら罰しようとしていたのかもしれないな」

「その後、伯爵様がハルメルド様をどうしようとしていたのかまでは分かりません。こういった事態になってしまったもので」

 しかし、伯爵様はしっかり状況を見て、ちゃんとした判断をくだしているようだ。そこにアーネスとオルトは一縷(いちる)の望みを掛けたのかもしれない。使者がナミカというのが少し心配ではあるが。

「!!!」

「どうしましたか、アイン様?」

 俺の探知魔法にかなりの数の人間が引っ掛かった。数十人というレベルではない。300人はいる。

「たぶん追手だ。しかもかなりの数の」

 追手と思われる300人の反応が、一気にこちらに迫ってくる。反応の感覚とその速度から、全員が馬に乗っていることが分かる。しかもそれは奇麗な隊列を組んで進んでくるのだ。

「これは厄介だぞ」

 俺が見つめるなだらかな丘の上に追手が姿を現した。鎧に身を包んだ騎士たちが、丘の上に横一線で整列する。

「騎士団……」

 オルトが呆然としながら呟いた。アーネスは口に手をあてて目を見張る。そして震える声でこう言った。

「ライシュタット……」

「知り合いですか?」

「父の……男爵家に仕える騎士団長です」

 騎士団って、まさに軍隊じゃないか。しかも男爵様、自らが動き出したというわけか。しかしついに軍まで動かすとは、自分の実の娘にここまで冷酷になれるものなのか……。

 アーネスはショックで呆然としている。彼女の立場を、そしてこれから運命を思うと何も声が掛けられなかった。

 丘の上から見下ろしているライシュタットの鎧が煌びやかに輝いている。その傍らの旗手が持つ旗には、リファイデン男爵家の紋章が鮮やかに刺繍されていた。

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