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新たな依頼

「わたくしはリファイデン男爵家に仕える執事、オルトと申します」

 宿屋の入り口で立ち話というわけにはいかないので、とりあえず自分の部屋に招き入れた。このオルトと名乗る男は言葉も仕草も全てにおいて、きっちりしている。さすが執事という感じだ。

「正確にはリファイデン男爵様の執事ではなく、その一人娘であられるアーネスお嬢様に仕えております」

 椅子に座ったオルトは背筋がピンと伸びており、とにかく真面目そうだ。顔は一言でいうとイイ男であり、美しい金髪を肩より下ぐらいまで伸ばしている。そしてそのロン毛金髪をかきわけて現れた耳は、背筋と同じくピンと尖っていた。

「ああ、これですか?わたくしはハーフエルフなもので」

 俺の視線に気付いて、オルトは自分の耳の説明をしてくれた。エルフの血が入っているから、こんなに美しいイケメンなのだろう。

「で、その伯爵様の……」

「男爵家です」

「ああ、その男爵様の執事さんが……」

「正確にはリファイデン男爵様の一人娘であられるアーネスお嬢様の執事になります」

「……が、なんの用?」

「わが主であられるアーネス様をどうかお助けいただきたいのです」

「内容によりますが……具体的に説明を」

「アーネス様は命を狙われております。ですので私の母の故郷でもありますエルフの森へ避難していただくことにいたしました。その道中の警護をアイン様にお願いしたいのです」

「質問があります。いっぱいあります」

 オルトはピンとした背筋をさらに伸ばして俺を見つめる。

「なんなりとお聞きください」

「お嬢様は誰に命を狙われているのでしょう?」

「リファイデン男爵様の甥であらされるハルメルド様に命を狙われております。一人娘のアーネス様が亡くなれば男爵家の跡目はハルメルド様ということになりますので」

「それだったら親であるリファイデン男爵が守ればいいのでは?甥っ子なんて何とか出来ると思うんだけど?」

「残念なことにリファイデン男爵様ご自身が、ハルメルド様を跡目にすることを望んでおいでなのです」

「自分の一人娘よりも!?なんで?」

「アーネス様が女性であられるからです。男爵家を継ぐのは男性が望ましいのですから」

 オルトは当然という表情で凄いことを言っている。いや、おかしなこととは思ってもいないのだ。この世界には俺がいた世界とは違う価値観が存在するようだ。

「つまり実の父である男爵様の意向もあり、お嬢様を守る者が誰もいないと?」

「はい。わたくし以外は……」

「それでエルフの森に逃がそうというわけですか?」

「はい」

「でもエルフの森に逃げるということは、お嬢様には男爵家を継ぐ気が無いのでは?」

「はい、アーネス様に男爵家を継ぐ気は、まったくございません」

「じゃあ、権利を放棄すればいいのでは?」

「出来ません」

「え?出来ないの?なんで?」

「お嬢様は血筋的に男爵家を継承するしかありません。それが決まりですので」

「でも男が継承するのが望ましいんでしょ?」

「はい」

「でも、アーネス様が血筋としては継承者ということなんだよね?」

「はい」

「なんかメチャクチャなこと言ってません?」

「はい。だから命を狙われているのです」

 仕来りかなんだか知らないが、かなり面倒臭いことになっているようだ。男爵もそんなもの気にしないで、お嬢様にとっとと跡を継がせればいいものを。そのせいでお嬢様の命が簡単に狙われてしまうという、なんとも短絡的な展開に行きついてしまったようだ。

 なんか、とてつもない面倒に巻き込まれる系の依頼である。少し前の俺だったら速効で断っているところだが、覚悟と反省をしたばかりの俺に断わる理由は無かった。俺はいまやる気にだけは満ちているのだ。

 しかし、その前にひとつ疑問がある。なぜオルトは俺に依頼をしてきたのか。そもそも、なんで俺のことを知っているのか。

「で、なんで俺のところに?」

「昨日の人買いオークションへの襲撃を拝見いたしまして」

 え?あそこにいたの?そっち系の人?やめてよイケメンが台無しじゃん。顔は良いのに中身はクソっていうパターンですか?

「実はお恥ずかしい話なのですが……」

 やだやだ、やめて!そんなカミングアウトなんかいらないから!

「あのオークションの客の中に、ハルメルド様がおりまして……」

「え?」

「ハルメルド様の動向を探っていたところ、たまたまあの場に出くわしたしだいでして……」

「よかった……」

「なにがでしょう?」

「いえ、なんでもないです」

 よかった。もしオルトがあそこの客だったとしたら、この先、一緒にやっていく自信がなかった。

 しかし、あの人買いのオークション会場から俺を探ってこの宿までたどり着くとは、この執事ただ者ではなさそうだ。

「しかし、ここの宿屋を突き止めるとは、凄いですね。てっきりナミカあたりから金で情報を買ったのかと思いましたよ」

「さすがアイン様。すべてご存知でしたか」

 ナミカ、あいつめ……。

「やはりアイン様ほどのレベルの方を追跡するのは難しく、たまたまナミカ様がアイン様の情報を知っていると売り込みにまいりまして」

「ナミカとはお知り合いで?」

「いえ、今朝方、初めてお会いいたしました」

「よくそんな奴、信じましたね」

「わたくし見る目には自信がありまして。ですので、こうしてアイン様に、いえ、アイン様だからこそ、お力をお貸しいただきたく参ったしだいです」

 本当に大丈夫だろうか?この男しっかりしてるようで、しっかりしてないのかもしれないぞ。しかしナミカのことは置いといて、お嬢様が危険な目に合っているということは見過ごせない。

「アイン様、いかがでしょうか?お力をお貸しいただけますでしょうか?」

「分かりました。お引き受けしましょう」

「ありがとうございます!あ、こちらお支払い報酬予定書類になっております」

 そう言うとオルトは一枚の紙を俺に差し出す。その紙には、お金はもちろんのこと宝石などの金目の物がズラリと書かれていた。いきなり金の話とは、しっかりし過ぎだ。

「こちらはお嬢様とわたくしの僅かな貯えを記載したものになります。エルフの森までの道中で使用した経費によっては、額面が多少前後するかとは思いますが……」

「あ、いえ、お金とかはいりませんので……」

「そういう訳には、まいりません!」

 やっぱ変にしっかりしている。とりあえず、この辺のやり取りは面倒なので、この場はハイハイと言っておこう。

 その後オルトは負傷したさいの保証や必要経費などの細かい話をしだしたが、とりあえず適当に聞き流した。ようやく一通りの条件面の話が終わったので、俺は大事な質問をする。

「で、いつ逃げるんです?」

「出来れば早いほうがいいのですが、準備にはあと3日はかかるかと」

「そうですね。こちらも準備したいものとかあるんで」

 そう言って俺はこの世界の大陸地図を出し、テーブルに広げた。

「エルフの森の場所は?」

 オルトが地図のある場所を示す。そこは森としては描かれていたが、もちろんエルフとかの記載はいっさい無い。

「意外と遠いな……馬で2週間ってとこか」

「アーネス様は乗馬できますが、馬車をご用意する予定です」

「それがいいですね。で、他の同行者は?」

「わたくし、ひとりになります」

 護衛無しか。それだけ周りは信用できない危機的状態というわけだ。そりゃ俺みたいなもんに依頼もしたくなるだろう。

「こりゃあ、かなり厄介な旅になりそうだな」

「アイン様のお力だけが頼りなのです」

「全力は尽くしますよ」

「ありがとうございます!さっそくなんですが、一度アーネス様にお会いしておいていただけますでしょうか?」

「確かに顔合わせはしといたほうがいいけど、そちらの屋敷で会うわけにもいかないんじゃ?」

「はい。ちょうど今夜、お嬢様のお知り合いの大商人の娘さんの誕生会がございます。その会場であるお屋敷でお会いすれば、旦那様やハルメルド様の目もかいくぐれるのではないかと」

「もう色々と計画済みなのね」

「お嬢様のお命が掛かっておりますから」

「分かった。あとは会ってからまた相談しよう」

 オルトは誕生会の会場でもある大商人の屋敷の場所を伝えると、宿屋をあとにした。

 かなり厄介な依頼ではあるが、こんな不条理でお嬢様の命を散らせるわけにはいかない。

 俺はとりあえず必要な物の買い出しに出かけることにした。


「こりゃまた豪勢な会場だこと」

 俺は誕生会の会場である大商人の屋敷の前に立っていた。

 屋敷は色とりどりの花々で飾られており、そこかしこに光石などでライトアップもされていた。そして屋敷の前に止まった馬車から着飾った人々が降り立ち、次々と屋敷の中へと入って行く。

 こんなこともあろうかと先ほどの買い出しの時に、ちゃんと正装を買って着て来ているのだ。いつもの皮鎧でもいいか、などと少し思った俺のバカ。

 そして手には、かなり大きな花束を持っている。決して格好つけているわけではない。この中には白光の剣が隠してあるのだ。白光の剣は持ち主から離れることはない。まさか誕生会に腰にさして行くわけにもいかないので苦肉の策だ。

「アインです」

 受付で名前を出すと、意外とすんなり入ることが出来た。オルトがしっかり手配しておいたようだ。

 会場に入ると華やかな紳士淑女が百人近くはいるようだった。だが屋敷が嘘っ!ってほど広いので、まったく混雑はしていない。みんな優雅に談笑している。

「アイン様、こちらへ」

 さてどうしたものかと思っていると、いきなり後ろから声を掛けられた。振り向くとオルトが間近に立っている。ナミカといいオルトといい、この気配の消し方はただ者ではないな。

 オルトに連れられて屋敷の2階へと上がる。もうここの屋敷の人間には話が通してあるようだ。オルトは迷いなく進んでいき、いちばん奥にある扉を開けると俺を招き入れた。

「お初にお目にかかります。わたくしアーネス・リファイデンと申します」

 部屋の中にはひとりの女性が立っていた。美しいだけでなく、その立ち振る舞いは、まさに優雅そのものだ。アーネスの言葉や仕草には偉そうなところは何もないのに、偉く見えてしまうオーラがあった。

「は、はじめまして、アインです」

 なぜか挨拶だけで緊張してしまう。ステータスやスキルには無い生まれながらの何かが彼女にはあるに違いない。

「こんなかたちでお会いすることをお許しください。また助けを頼んでおいてアイン様を呼びつけた無礼もお許しください」

「無礼なんてとんでもない!」

 貴族なのに、この低姿勢!なんだ!?なんなのだっ!?これがお嬢様というものなのかっ!?

「立ち話もなんですので、お座りください」

 オルトにうながされ俺とアーネスは椅子に座った。

「本当にこのたびは、なんとお礼を申していいやら」

「いや、まだ礼は早いですよ、アーネスお嬢様」

「アーネスで結構ですよ」

「ではアーネスは……」

「ゴホンゴホン」

 オルトがあからさまな咳払いをする。微笑んではいるが目は笑ってはいない。本人がいいと言っても、よくないということは世の中にはよくあることだ。調子に乗ってはいけない。

「アーネス様、ひとつ聞きたいのですが」

「なんでしょうか?」

 そう言ってアーネスは微笑んだ。落ち着いてよく見ると、かなり若いように見える。立ち振る舞いが年齢を上に見せてしまっているようだ。

「オルトからだいたい話は聞いています。ですが本当にもうお父様とは話し合う余地は無いのですか?」

「残念ながら、すでにお父様はわたくしの死を望んでおります」

 本人から改めて聞くと、なんと衝撃的なことだろうか。父が自分の娘の死を望んでいるのだ。しかしアーネスは毅然とした態度で俺と話している。こういうところも凄いと感心させられるが、それは逆に辛く悲しいことでもあった。

 見た目はこんなに優雅なお嬢様だが、現状の立場はとんでもなく悲惨な状態なのだ。

「わたくしが男であったら、こんなことにはならなかったのです。本当にお父様には申し訳ない気持ちしかありません」

 信じられないが、このお嬢様は真面目にこんなことを言っているようだ。実の父親に命を狙われてもなお、自分が悪いと思っているのだ。なんか他人事ながら親父に腹が立ってくる。

「お嬢様は自決まで考えておりました」

 オルトが悲しみに顔を曇らせながら、アーネスの横に立った。

「さらに数日中にわたくしの解任も決まっております。なので、わたくしからエルフの森への逃亡を提案させていただきました」

 本当にアーネスはギリギリまで追い詰められている状態なのだ。確かにもう逃げるしかない。逃げる場所があるのならだが……。

「分かりました。さんざん悩んで決めたことでしょうから、もう逃走に関してはこれ以上は何も言いません。ただいま言えるのは、逃げるなら早くしたほうがいいということですね」

 その言葉に二人は強くうなずいた。

 その後、いくつかの段取りなどを打ち合わせた。アーネスは不安の色を隠せないが、しっかりと話し続けていた。オルトが真面目にキッチリと細かなことまで気にするので、意外と話は長くなってしまった。

 とりあえず3日後にお茶会があり、そのタイミングで逃走する予定で準備を進めることになった。

 それまではなるべく家にいるつもりだというが、いまや家の中も安全とは言えなくなっているのだ。とにかく、あと3日、なんとかオルトがアーネスを守り切るしかない。

 とりあえずここでの長話も危険なので、二人と別れ俺は先に宿へ戻ることにした。

 やはり簡単には行かないという感じだ。とりあえず明日、色々な装備やアイテムを多めに買い足したほうがよさそうだった。

 そんなことを考えながら、大商人の屋敷をあとにする。花束を持ったまま帰る俺のことを、みんなは怪訝そうな顔で見送っていた。

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