運命の大・決・戦がここにはある3
ベンチに座って昼食を取っている絢音。
美味しそうにサンドイッチを頬張っていた。
実におもしろい。
「絢音」
「あ、凱斗、見てたよ。私の他に二人の女の子とも契約するんだね」
「一応な。会って約束はしてないから、決定とは言えない」
「でも、約束はしたんでしょ?」
「したけど。やはり、気は抜けない」
「大丈夫だよ! 凱斗なら必ず二人と契約出来るよ」
隣に座っている俺に絢音は満開の笑顔を咲かせてくれた。
(絢音の笑顔を見ていると自然と出来る気がして来たぞ!)
絢音はやはり人の心に勇気を与えてくれる力があると思う。
まさに、太陽のように思える。
やってやるぜ!
その前に。
「契約の手続きをしてくれ、ここにサインするだけだ」
契約書とペンを渡す。
「わかった」
絢音はサッサっと自身の名を書いた。
女の子特有の丸い字。
これで契約完了。
正式に絢音は俺のアイドルとなった。
念願のアイドルだ。
「はい。凱斗も一緒にサンドイッチ食べよう」
うん。俺この後まだ契約交渉あるんだけどな。
遅刻したら契約結べないかもよ?
「俺まだ契約残っているんだけど……?」
確認のため訊いてみた。
忘れてないよね? 絢音。
「あ……、そうだったーー。すっかり忘れてたよー」
おーーーーーい。さっき、話していたよね?
「ほら、早く行かないと!」
「ああ。サンドイッチは貰っていくよ。じゃあ」
忘れていた本人に急かされ走り去る。
契約書は学生の多くが使っている透明なカバンに入れて。
大事な大事な契約書だからね。
すぐ、カバンに入れないと失くしてしまう。
次は詩乃の許へ。
「すみません。すでに契約を結ぶ人がいるので、お断りします」
これで十数人のプロデュース科の生徒の契約を蹴っている。
同じ言葉を何度もお人形さんのように。
そこに少なからず感情があるのが人形とは違う。
(遅いです。これで二度目ですよ)
詩乃は電話の件を少し引きずっている。
許したものの、まだ、少しだけ凱斗を許せていない。
理由は、電話をすぐ切られたからであった。
彼女としては凱斗と話したかったが、彼は返事を訊いてすぐ切った。
それが、彼女にとってはまだ許せない原因。
(契約結んであげませんよ)
拗ねるように凱斗を待つ。
寂しがり屋な詩乃だが誰にでもこうではない。
凱斗は詩乃のハートを撃ち抜いてしまったから、詩乃の寂しがり屋の本能が目覚めさせてしまった。
当の凱斗は全く気付いてはいないが。
(早く来て下さい)
詩乃は凱斗の到着を心待ちにしている。
その問題の凱斗は向って来ているのは間違いないだろうが……。
心で詩乃に怒られると恐れて。
ヤバいよ! ヤバいよ!
俺は控室ある二号館の中を奔走しているが、人が多く思うようにスピードが出せない。
(たしか、詩乃は二階の控え室だったな)
駆け登る階段と共に騒音が館に響く。
俺の姿を見る者や、騒音に反応する者が多くいたかもしれない。
急いで走っている人など俺しかいない。
(詩乃、絶対に怒っているだろうな。二度目だし)
電話事件が脳裏に過る。
アリバイ……ではなく理由を話して、一応、許してもらったけど。
二度目は危ないと思う。
これで破談にでもなってしまったら洒落にならない。
俺の最大の過ちになり、生涯残るだろう。
「はぁはぁはぁ」
荒ぶる呼吸を落ち着かせ、詩乃がいる控え室のドアを開ける。
「遅くなってすまない。詩乃」
すぐさま頭を下げる。
詩乃からの声がない。
(かなり怒っているかもしれない。許してもらえないかもしれない)
恐る恐る顔を上げると、そこには、完全にご立腹な詩乃が椅子に座っている。
双眸は睨んではいないものの、不機嫌さと怒りを滲ませている。
(ここは、誠意を持って謝るしかない)
「本当に申し訳ない」
土下座!
あの半●直●のように。
まだ、詩乃から何も声を発してこられない。
これは破談かもしれない。
そう、諦めかけていた時。
「不本意ですが許してあげます」
詩乃から思いもよらない言葉が来た。
「本当に?」
驚きのあまり眼を見開き詩乃の顔を見る。
「はい」
「本当にすまなかった」
もう一度、土下座の状態で謝る。
「立って座って下さい。凱斗」
「ああ」
俺は立ちあがり椅子に座る。
「それで、契約の件ですが、凱斗と契約を結びます」
「ほ、本当に?」
「はい。凱斗以外との人と契約を結ぶ事はあり得ませんので」
俺の前にエンジェルがいた。
二度の過ちを許してくれたエンジェル詩乃が。
「あ、ありがとうございます」
思わず立ち上がり頭を下げる。
普通なら反故にする所を詩乃は契約を結んでくれる。
これほど心の広い人は滅多にいない。
今、俺の双眸に映る詩乃くらいだ。
「うふふ。おかしいですよ。凱斗」
小さく笑う詩乃の顔が可憐に見える。
「これからよろしく。詩乃。遅刻しないように努力します」
三度目はないようにしないと、本当に愛想尽かされる。
「そうして下さいよ。遅刻はいけませんから」
詩乃は子どもに言い聞かせる様に俺の行動を諌めた後、椅子から立ち上がった。
「私もこの身この声を凱斗に捧げるので、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をする詩乃。
慎ましく誇る事もない一輪の花のように俺の眼に映った。
「次の契約があるから、これで。後は追って連絡するよ」
「はい。頑張って下さいね」
笑顔で見送られ俺は控室を後にした。
次は異才のアイドル生が待っている。




