子猫と地獄の使者
今回は第01話『開戦 ビギニング・ソング』の直後に起きた事件。
ルペとの戦争がはじまり、奔走する日々の中、子猫探しを頼まれた戒と雅。
息抜きも兼ねた依頼で、不愛想仏頂面の瀬野 戒は子猫を探し出すことができるか?
新たな超能力者、安門 天とは何者か?
登場超能力者:戦車兵士 安門 天
「流石に疲れたわ……」
風野宮学園の制服に風紀委員会を示す腕章をつけた、ツーサイドアップの少女が吐き出すように愚痴をこぼす。
「まったくだ……ここまで煩わしいとは……」
少女と違いやや大人びた少年は、低い声質なため余計に外見とは似つかわしくない余裕のある大人の印象がある。
「だれの責任よ!」
束ねた三つ編みをゆらし濡れタオルで顔を拭きながら、まるで他人事のように呟く瀬野 戒に対して、普段は気丈な東条 雅が愚痴をこぼしたくなるほど忙しくし原因に回り込んで後ろから締め上げる。
ここ数日、私立風野宮学園は表向きには平穏であったが、裏では瀬野 戒が超常的な能力を持った少女、ルペ・スオウに対して、明確に殺害行動に出たことを切っ掛けにルペから超能力を授かった人々がルペと自己を守るために立ち上がった。
「超能力者たちの主張だけ聞くと、戒は完璧に極悪人なのが状況を悪化させてるのよね」
「そりゃ、あいつらは平和を愛し暴力を否定し、話し合いで解決する崇高かつ高貴で公明な人々と評判だ」
戒の棒読みで投げやりな超能力者たちへの評価に、雅はため息しか出ない。
現実は、開戦宣言と同時に大乱闘になり負傷者を多数で、翌日から戒への誹謗中傷、呼び出してのリンチから闇討ちまで行われている。
また、超能力者たちの主張の違いもあり、早くも派閥が形成されつつあった。
学園の裏で激変するパワーバランスの中、戒と雅は事前に準備していた持てる人脈やスキル、財力、情報を惜しげもなく投入し味方を増やすため奮闘していた。
「正直なところ、ここ数日で人間の卑しい姿を見続けたから癒しがほしいわね」
「確かに……荒んだ心に潤いを与えることで、ストレスを軽減するのは現代で生きるには必要だな……」
「――で、何を見てるのかしら?」
「東条 雅。君は美乳だが――たわわじゃないから癒しは無理だな」
「次元の彼方に消え去れ!」
「学生だって、社畜だって、たわわだと癒させるんだぞ?」
「あら、面白いことを言うわね。貧乳好きの瀬野 戒くん」
狭い部室で騒いでいると、扉をノックする音が響く。
戒は襲撃者の可能性を考慮して、窓の外へ逃げようとするが、雅が無警戒に扉を開けたことに焦ってしまい態勢が崩れ、そのまま三階の窓から地面に落下した。
「子猫を探してほしいと?」
雅は文芸部を訪れた客人に、確認の意味で尋ね返した。
「はい。家で飼っている三匹の内で一番ちっちゃな子が、二日前から見つからなくなりまして、可愛がっていたおじいちゃんが落ち込んじゃって」
依頼者の少女はすがる思いで、この部屋に来たのだと雅は察していた。
「ここなら解決してくれると聞いて、藁にもすがる思いで来ました」
「確かに文芸部は基本的に暇で、昔から困りごとの解決をしていることは事実だけど……正直、これがいるのですけど……大丈夫?」
現状として、超能力者たちの一部にはスクールヒエラルキーでも上位にいる者たちがいるため、戒は学園中から目の敵にされてるか、腫れもの扱いである。
そんな人物と依頼人が関りを持つことを心配してのことだった。
「はい。怖い人ですけど悪い人でないと、確信できましたから大丈夫です」
先ほど窓から落下した戒は、すぐに部室に戻ってきて状況と雅の安全を確認後、依頼内容とともに提出された動画を睨みつけて動く気配がない。
「そうね。ケガして、頭から血が流れてるのも気づかずに、子猫の動画を見入って薄ら笑い浮かべてる姿は軽くホラーだと思うわね」
戒の様子に雅と依頼人は、ようやく共通のことで笑えるくらいには緊張が解けていた。
普段から不愛想で、さらに声だけ聞けば年配者と間違われるほど低い声質なため怖い印象を持たれやすい。
だが、一皮むけば、軽口でセクハラして締め上げられたり、動物好きな一面があるなど年相応な男の子であると、理解してくれた依頼人は信用できる。
ならば、力になろうと雅は決意した。
「あなたの依頼、確かに引き受けました。必ず子猫を見つけてみせるから安心して」
「ありがとうございます。お願いします」
「マテ……」
「何? 不服?」
「子猫の名前を聞いていなかった」
動画を10回近く繰り返していた戒だったが、肝心の子猫の名前を聞くことを忘れるほど夢中だったことに、雅と依頼人は思わす吹き出してしまった。
依頼を受けて、戒と雅の行動は早かった。
すぐに子猫探しのポスターを作成し、学園の掲示板に張り付ける許可を取り放課後までに貼り付けていた。
「こんなもんか……」
「バカイ、何やってるのよ?」
「クロエ・スタインベルトか。見ての通り、注目されやすい場所に迷子になった子猫を探しているとポスターにして貼り付けている」
迷い猫のポスターの隣には、戒を誹謗中傷したポスターが張られている。
確かに、戒の社会性を無視すれば、もっとも話題で注目を集めやすい。
「アンタ、自分の悪口を書かれてるのをスルーしていいの?」
「どうせ貼ったのは、貴様ら福祉教育部と不愉快な仲間だろ? 利用する方が合理的だし、剥がすより後で半殺しにするのが、時間を無駄にしなくて済むから気にするな」
「気にしてるから、こうして剥がして回ってるのよ!」
「貼り付けてることは、写真に撮ったから証拠を消しても無駄だぞ?」
「こんな卑怯なやり方が、アタシが許せないのよ!」
誹謗中傷のポスターを力任せに剥がし、丸めるクロエに燃えるゴミに捨てるように声をかけて子猫探しに意識を向ける。
「バカイ、いい加減、馬鹿なことをやめる気はないの?」
「子猫探しをやめろとか、貴様は人でなしか?」
「バカ! 違うわよ! ルペさんを殺すことよ……」
クロエの立場からすれば、戒がルペを殺そうとしてることは許されざることであり、数日前まで仲の良かった友人の間違った行動をやめさせたいと思っていた。
「超能力者の覚醒を招く感染源……その存在は世界を滅ぼす厄災。ルペを殺すことは決定事項だ。後から割り込んで邪魔をするなら――」
迷いなくクロエの首を掴み握りしめ、何の感情のない瞳で見つめめる姿は死神と呼びにふさわしい。
「――貴様を殺す」
言い捨てると、クロエを投げ捨てるように開放し、戒は振り向くこともなく去っていった。
電柱に向かって体育座りをする哀愁漂う姿、たった一人で世界を滅ぼす少女を殺すため、すべて捨てて戦う男と誰が連想するだろう。
まだ、告白に失敗してうざったく落ち込んでいると言われた方がしっくりとする。
「猫に逃げられてるからって、そう落ち込まない」
このような情けない姿を独占できることは、雅のプライドを満たすのに充分であった。
「この間は犬カフェで、犬が服従のポーズで怯えてた……」
「猫喫茶の時は、店から猫が逃げ出していたわね」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
普段は仏頂面な戒が珍しく、悲痛なうめき声が響き渡る。
――この姿見られるのは、私だけの特権。ダメ、笑っちゃダメ。
戒が他者がいるところで、ここまで感情的になることは滅多にない。
その例外として隠すことなく感情的な姿を見せるのは、雅に対して心を開いているかを推測することができる。
普段のギャップで笑いたくなることと、信頼を寄せられてる事実が嬉しくて笑みがこぼれそうになるのを堪えているが、堪えらななければ誤解をまねいてしまうだろう。
「と、とにかく……子猫のミィちゃんを探しましょう……フッ」
一瞬、笑みを堪えきれなくなったが、戒は気が付かず制服のネクタイを締め、身だしなみを整えると、いつもの不愛想な表情に戻る。
「よし。ミィたんを捜索しなくては……」
「たん付けするな!」
たん付けで呼ぶのは依頼人が呼んでいたので、情報を正確に扱ってる点では戒が正しいのだが、その声質で淡々と言うのは別問題であった。
「ところで、先ほどから依頼者の自宅を中心に探しているが見つかるのか?」
「迷い猫を探すときは、行動的になる前なら自宅を中心に半径300メートルから500メートル以内を探すと見つかりやすいのよ」
「行動的になると、遠くに行くの可能性が出てくるのか?」
「ええ、だからタイムリミットとしては今日ぐらいまでね。あ、戒が保健所や動物管理センターとかに連絡したのは正解よ。万が一、怪我したりして保護されてる場合もあるから」
雅は言わなかったが、最悪は処分されているケースもある。
戒が知り、最悪の結果になったら、相当落ち込むことは予測できたし、八つ当たりもかねて敵対する集団への攻撃が苛烈になることも予測できた。
「後で、交番によってポスターを渡したり、やることは多いからしっかり探すわよ」
「そっちは理由が想像できた」
「わかったのなら、よろしい」
「……また、逃げられた」
「10匹目ね……短時間でこれだけ嫌われてるとは……」
戒は猫を見つけるのは早いのだが、気が付かれるとすぐに逃げられる問題が露呈した。
本質的に敵意を持たれ、嫌われやすいことが仇になっている。
「正直、夜になると探しにくくなるわ。今日はここまでにしない?」
その日は日が暮れるまで探し回ったが、迷い猫は見つからずに捜索を打ち切るか決断が迫られていた。
「うむ……」
「不満そうな顔をしない。そりゃ、私だって見つかるまで探したいと思わなくないけど……」
「闇討ちしやすい時間だな」
戒は敵対勢力からの闇討ちが日常化し始めている。
余程の多勢でなければ、手段を択ばない戒はなら返り討ちした上で追撃も可能だが、誰かを守りながらだと、流石に分が悪い。
幸いのことに、戒と雅が仲がいいことは知られていないため、雅が襲われるリスクは低い。
「送っていきたいところだが……」
「うん。気持ちだけで十分……戒も気を付けてね」
「もう少し探してから帰るとする……」
雅は戒に別れを告げて、帰路に就くが途中、人気の少ない場所を通らなければならないことを思い出し、回り道をするか立ち止まって悩んでいると靴先に何かが触れる感覚に気が付いた。
「猫……貴方たち、アマリとミコト?」
依頼人に見せてもらった猫たちの動画には、探している子猫のほかに二匹の猫と一緒のものがあり、その猫たちの名前がアマリとミコトであった。
「ごめんね。ミィちゃん今日は見つけられなかったの……」
二匹の猫が心配のあまり探していたのかと思うと、申し訳ない気持ちで胸が詰まり目頭が熱くなるのを感じた。
猫の頭をなでながら、雅は自分がしていることを考え始めていた。
「きっと、戒はまだ探している……私は自分の安全を一番にしてしまった」
もっと知恵があれば、もっと戦う技術があれば、戒を一人にしなかった一緒に探すことも、この先戦いへ一緒に挑むこともできるだろう。
「文武両道、才色兼備のお嬢様が聞いてあきれるわ。好きな男のそばにもいられない足手まといなのだから……」
戒と出会った当初は、ずっと張り合っていた。
だが、超能力者たちとの戦いが始まると、戒は一人で戦い始めた。
「戦う理由も信念も理解できる。私だって、役に立てる隣で戦えると胸を張りたかった」
戦い始めた戒を守りたい、並び立ちたいと必死に出来ることをがむしゃらにやった。
「でも状況を知れば知るほど、敵の脅威がわかってしまった……私は恐怖ですくんで、戒を一人して安全な場所で見てることしかできなかった」
たった数日で変わった状況。
戦場に踏み込むと決めたのに、超能力や異能力を持たない雅にとって、その戦場はあまりにも遠くて異質だった。
戒のいる戦場、その隣への一歩を踏み出せなかった。
「私、最低……ホント、最低……」
雅は強い自責の念に駆られ、押しつぶされそうになっているのは自覚している。
涙が溢れそうになるが流すわけにはいかない。
流してしまったら、ここから動くことができず、戒を遠くから見てるだけしかできないと認めることになってしまうことが、怖くてしゃがみこんで堪えることが、雅にできる精一杯の足掻きだった。
「ニャー」
猫たちが雅を慰めるように、指をなめる。
励ましてくれているように見えて、雅はゆっくりと息を吐き。
「よし。弱気な私は終わり。さぁ、やることやるわよ。だいたい、動物に嫌われてる戒一人で子猫探しは無理。ここはいい女の出番よ」
ピッシャと気持ちを引き締め、やるべきことを強気に言い聞かせる。
「ニャー」
「ついて来いってこと?」
「ニャー」
何か、手掛かりがつかめるかもしれないと思い。雅は二匹の後をついていくことにした。
「人がいる?」
区画整理で、解体中の一軒家の中から人工の明かりと男女の話し声が聞こえる
「声からして……男が4、5人と女が1人かしら?」
人数を確認しながら、戒と出会った頃なら確認もせずに突撃していたと思い苦笑する。
だが、持っていた手鏡で中の様子を見た時、頭に血が上り乗り込んだ。
「アンタたち、何をしてるの!」
あんまりの惨状に、雅は激しい怒りを覚えていた。
マイクロシャベルに吊るされて、火に炙られ、怯えている子猫。
よく見れば怪我もしている。
何よりも許せなかったのは、怯える子猫を笑いながら見てる数名の男女の姿を見て、思わず飛び込んで怒鳴り散らしてしまった。
「アンタたち、何やってるの!」
雅に気が付いた男が、両腕を掴み雅を押さえつけた。
振りほどくこともできなくはなかったが、押さえつけられたことで逆に冷静になったため状況を確認できるまで大人しくすることにした。
「貴方、確か……安門 天」
「はーい。こんばんは、風紀委員長さん。ラブ・プリンセス、天ちゃんでーす♪」
憤怒に身を任せ、考えなしに突撃する悪い癖が出たと後悔したが、悟られないように普段の強気な態度のままに振る舞った。
このように猫や犬を虐待する事例を知っていたため、事前に交番に相談していたが、実際に虐待を目にした瞬間冷静さを失ってしまった。
「子猫に怪我をさせるなんて……どれだけ残忍なことをしてるか理解しているのかしら?」
天はクスクスと楽しそうに笑い、首を傾げ、雅を見下しながら。
「これはねぇ、躾だよ?」
「これが、躾ですって!」
「ええ、選ばれた優良種の超能力者な天ちゃんはね、劣った生命体を正しく導くのは当然のことだと思うの」
天は夢見るようにうっとりと、そして誇らしく語り始めた。
「超能力者は世界の中心となる新たな人類。その存在そのものが神聖な存在であると、そして、下等な存在を上位に引き上げるのは大切なことだよね」
天は、何言葉を思い出すように視線を迷わせ、思い出したようで瞳を輝かせ自身に満ち溢れたまま言葉を発した。
「高貴なる者の義務だよね☆」
「世界は自分を中心に回ってると、信じて疑わないのかぁ……選民思想丸出しね」
本気で超能力者が優良な存在だと信じて疑っていない天の姿を見て、懸念としていた超能力者による暴走が、近い将来確実に問題になることを確信した。
「実に愚かで醜いわね。優良種さん」
だから、否定しなければならない。
「醜いなんてひどーい。でもスカポンタンでボンクラな風紀委員長さんってかわいそう。超能力を持ってないとジェラシーでぶたさんみたいに見えて、おもしろーい」
――そうか、これが勘違いし慢心した存在。
超能力者が出現し始めた頃に、戒が最も懸念していた存在で、同じ言語を使ってるのに言葉の通じない人種。
「これは話し合いなんて必要ないわね……アイツの言ったとおりね」
「えっー!天ちゃん、一生懸命話して、お茶を飲んで、遊んで、きっと仲良くなれるよ。みんなもそう思うよね♪」
「安門 天ちゃんなら出来る!」
手に入れ、力で得たものに溺れたものは、より強い力に踏みつぶされない限り聞く耳を持たないと言われていたが、ここまで溺れるものかと、雅は改めて痛感した。
「ハッ、アンタ、どの口で言ってるの? やってることは外道そのものじゃない! 外道を自称するアイツならアンタみたいな外道に正義は我にありって、堂々と言い切るわよ」
ただ、遠くの目的を見据えて、揺るぎに意志ですべきことを果たす。
愛する男を目を閉じて、脳裏に思い浮かべる。
「そう、私の隣人は愛すべき――」
「やだぁ、正義の味方とでも?」
「――いや、地獄の使者」
低音の声が響いた瞬間、嘲笑うかのように雅を見下していた天が、天井からぶら下がってきた何者かに羽交い絞めにされ、振り子のように、そのまま壁に叩きつけられるのを一同、あっけにとられたまま見てることしかできなかった。
「せ、瀬野 戒!」
「子猫……」
「あ……」
雅は戒の怒りが、頂点に達していることを察した。
「安門 天とその一味……貴様らは間違いなく、俺の敵だ。ゆ、る、さ、ん!」
メガネのフレームを手でなぞり、ゆっくりと両手を広げ、この場にいる者たちにハッキリと伝わるように敵意と殺意を込めながら宣言する。
「諸君! ここは戦場だ!」
宣言と同時に雅を捕えていた男に、肩で当身を打ち付け、バランスが崩れたところへ力の流れを殺さずに回し蹴りで止めを刺す。
「人質がどうなっても……とでも、言いたかったのかしら?」
雅捕えて男は、何かを言いたそうだったが、残念なことに戒は人質を盾にされたところで、攻撃をやめることはない性格である。
「事情が事情だけど、扱いが子猫より下なのは複雑……」
子猫を助けることを優先しての行動であるため、察していた雅は子猫の身柄を確保した。
「怯えないでね。すぐに貴方を待っている人たちのところへ連れ帰るから……ミィたん」
飼い主である依頼人が、使っている呼び名で呼んで安心させるが、微妙に抵抗のある呼び名だと感じている。
「みんなー力を貸してー! キャハ♪」
天が甘ったるい声色でお願いすると、それまで何をしたらいいか戸惑っていた取り巻き達が一斉に叫び始めた。
「安門 天、安門 天、安門 天! 安門 天!」
「ジャベルカーが動き出しただと……チィ」
「念動力かしら? 周りがフルネームを連呼することが、超能力の発動条件みたいね」
「車を動かさないところを見ると、どうやら無限軌道が付いてる車両限定のようだな」
「それって、戦車も動かせそう」
「戦車の天敵だな……」
超能力者が使える超能力は一種類だけの上、発動条件と限定条件が存在する
天の超能力は、使い勝手が悪いのが初見の印象だったが、戦車が勝手に動かされることを考えると、これほど戦場で出会いたくない超能力者は珍しい。
「安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天!」
「ちょっと、ひき殺してミンチにする気かしら?」
「まずいな……雅。子猫たちを連れて……にげ……いや、退避しろ!」
戒は『逃げろ』ではなく『退避しろ』と言った意味は、雅を同じ戦場に立つ者として認識した上で、言い直した意味を理解した。
「認めてくれた……今は、戦いの邪魔にならないためにも……」
指示に従い3匹の子猫たちを抱えて、安全な場所へと振り返らずに走り出した。
「安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天安門天!」
「あれ? 風紀委員長さんにげちゃったけど、瀬野は逃げないの?」
「言葉を間違えるなよ『退避』しただけだ……」
「んー? どっちでもいいや。すぐに捕まえて躾ちゃおうっと……その前に、瀬野の躾が先かなぁ?」
「誰を躾けるって? 笑わするな、クソ姫様。身の程をわきまえろ」
「天ちゃんの超絶超能力『紅い花畑の散歩』ならぁあぁ、怖いことで噂の瀬野 戒も怖くないもん。超強い無限軌道で身の程をわきまえない人は、ミンチだね☆」
戒は手近にあった小石を拾い、天の顔に掠るように投げつける。
「少し黙れ。手の内がばれてる超能力ほど、対処が楽なものはない」
「ムカつく。みんなーおねがーい♪」
迫りくるアームに怯むことなく、シャベルカーの懐へもぐりこむ。
天が念力で操るアームに迷いが生まれた瞬間、名前を馬鹿の一つ覚えのように連呼してる取り巻き達の方へ飛ぶように移動すると、釣られて戒を追いかけるようにアームを振り回す。
「安門天安門天安門天安門天安門天安門、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
取り巻き達が、アームが自分たちに迫り驚いたことで、フルネームの連呼が中断され、アームの動きが予想通りになり、天の超能力発動条件が一つ消えたのを確信した、戒は素早く、天との間合いを詰める。
「超能力が使えなければ、動かすこともできまい」
「あわわ……」
戒が天を素早く指を差しと、円錐状の赤く光るマークのようなものが浮かぶ。
天の顔が恐怖でゆがむ。
瀬野 戒が超能力者たちと、たった一人で互角に戦える絶対的な理由。
戒だけが持つ特殊な能力で『皆殺しの烙印』と呼ばれ、あらゆる異能力や物の怪など、超自然的なものを打消し、殺すことができる。
「ラスト、アクション……ハッ!」
その言葉とともに、天の胸に浮かんだ赤い円錐状のマークを飛び蹴りとともに杭のように打ち込む。
そのまま、倒れた天の胸を踏みつけ、見下ろしながら指を差し。
「一つ聞く……何故、子猫を虐待した?」
「ちょ……超能力を試したくて……ご、ごめ……」
「――そうか」
戒の足の裏に赤い円錐状のマークが浮かび、そのまま天の胸板を踏み抜いた。
「心のない謝罪の言葉など、口に出させるものか……」
「うわぁ……許す気、まったくなしだわ」
戦闘が終われば、出番があると思い戻ってきて、天が生きていることを確認する。
「さて、こいつらどうする?」
天が倒されたことで、完全に戦意消失している取り巻き達の始末が問題だった。
「逃がせば、どこかの派閥に泣きつくでしょうね」
どこの派閥に助けを求めたとしても、戒や雅にとって、面倒なことになることは確実であり、そのことが頭を悩ませている。
「ところで、これ……助けるまでに撮った動画なんだが……」
「やっぱり、捕らえられるのを黙ってみていたのね」
雅は笑ってない笑顔で、戒の胸ぐらをつかみ締め上げる。
「欲しい?」
戒の問いかけの意味することに利用価値を見出し、利得がどれだけ出せるかソロバンをはじき終わると、雅はとても素晴らしい笑みを浮かべて。
「ええ、欲しいわ」
この瞬間、捕らえた者たちの人生が確定し、戒は胸中で哀憐を表した。
東条 雅。
戦場で瀬野 戒の隣に立ち、辣腕を振る女傑であった。
動画を受け取った雅は、取り巻き達に未来への選択肢を突き付けた。
「ひとつ、警察に突き出される。動物虐待は十分犯罪だから一発退学ね」
取り巻き達は、警察に逮捕されることを想像して、自分たちの経歴が傷つくことを恐れた。
雅の見立てでは、たまたま超能力が使えるようになって浮かれた普通の学生だったので、この条件に難色をしますことは予測できた。
「それなら、超能力者たちの情報を集めてくれば、見逃してあげてもいいわ」
そこで表沙汰にしないための対価を払えば、不祥事を無かったことにする条件を提示する。
「ただし、裏切ったら本人ではなく、無作為に選んだ人を突き出すから」
そして、その条件を飲みこむ寸前に非情な条件を突き付けることで、躊躇させ精神的に追い詰める。
条件は自業自得で罰せられるものでなく、裏切りによって連帯責任で罰せられるもので互いに互いを監視し合うことで、余計な手間をかけないようにしている。
これにより取り巻き達は、思考が大幅に狭まり、突き付けられた二つの選択肢以外の選択肢以外の解決方法を考える余裕がなくなり、思考停止状態に陥った。
「そんなに難しいことはしなくていいわよ。誰が何時、何処で、何をしたか。それを教えてくれるだけ。ドラマみたいに情報を盗むとかはしなくていいわ」
思考停止状態に、ほんの少しの希望的な情報を与えることで、取り巻き達は悪い条件ではないと思い始め、やがて、一人が条件を受け入れると、続くように全員が受け入れることになった。
「人をこき使うことにかけては、一日の長ありだな」
目の前で、弱みを握りながら自主的に動く駒が出来上がっていく様を感心しながら見守っていた。
「ええ、敵が使っている有効な戦術なら、こちらが使っても問題はないわ」
雅も汚い手口であることは、十分理解していた。
「同じ土俵で争いたくないっていう人もいるでしょうけど、同じ土俵でも違う土俵でも敵は敵。綺麗ごとや理想は倒してから考えるわ」
「勝てば官軍、負ければ賊軍。卑怯汚いは敗者の戯言とは、よく言ったものだ」
こうして、敵対側に潜り込ませる間者を作り出したことで、敵の内情を知る手段を一つ増やすことに成功した。
依頼人に子猫たちを引き渡し、お世話になった人々へお礼をして、その他の雑務を片づけたら、すっかりと夜も更けていた。
戒は夕飯を集りに行った先で、浮気を疑われ、何やら対抗心を持たれたのか作り直された夕飯を頂くことになった。
曰く、胃袋は渡さないとのこと。
「……胃がもたれる」
「朝から景気悪い顔してるんじゃないわよ。バカイ」
「お花畑な貴様には、理解できない苦労があるんだよ」
「ねぇ……探してる子猫見つかった? もし、よかったら私たちが探そうか?」
言外に超能力を使って探す意図を隠し、言葉を選んでクロエが提案していることは、敵対している立場だが、戒は察することができた。
――出発点は、超能力を正しく使うだったな。
最初は、純粋な決意から行動だったと思い返した。
「子猫は無事に見つかった。気持ちはありがたく受け取っておく」
クロエの頭を撫でて、戒は礼を述べる。
「あ……」
数日ぶりに見せた、戒の不器用な優しさに触れて、クロエは言葉を詰まらせた。
――なんで、敵対してるんだろう?
数日前までは、確かにつながっていた友達だったのに、不愛想ながらも超能力で困っていたクロエたちの力になっていたことを思い出し、クロエは悲しくて泣きたくなった。
「でだ、本題に入ろう」
クロエの頭を撫でていた優しい手は、純度の高い敵意に満ちた手に代わり、ヘッドロックを仕掛けて、強引にある方向へ向けさせる。
「ちょ……痛い痛い……なにすんのよ!」
「正直、子猫探して、馬鹿ども制裁して、その後に妙な修羅場に巻き込まれ、心身ともに疲労したぶつけようのない不条理に対する怒りを当たり散らしたいんだが?」
戒が指さした先には、新しい誹謗中傷ポスターが張られていた。
「片づけるなよ……せっかくのご厚意だ」
戒は、携帯端末に届いた雅からのメッセージと添付ファイルを再確認しながら、間者たちが早速役に立っていることにとても満足していた。
「問題は、安門 天か……」
既に、どの派閥に泣きついたかは情報を入手している。
常に誰かにチヤホヤされたい願望を持ち、成功体験まで得ていたオタサーの姫が落ちぶれたままだとは思っていなかった。
「いずれ、手段を選ばず這い上がってくるだろうな」
今後のことに意識を取られていたため、ヘッドロックを抜け出して涙目で睨みつけているクロエのことをすっかりと忘れていた。
本編で、一番使用頻度の高い念動力。
物を操れるのが便利で、使い勝手がいいのでよく出てきます。
現在、福祉教育部勢力側は役職を持っているため、勢力関係者は役職名が付いています。
瀬野 戒の関係者は二つ名持ちの予定です。
本編は書き始めましたので、第02話を投稿していく予定です。