7話 わたし、あの子たちとも友達になりたいな
レノラさんとの話が終わった後。
俺たちはとりあえず建物の外へと出た。
そこには魔法少女省庁国の前庭が広がっている。
今更だが、名前に国と入っている割には、この魔省国は俺たちの現代世界でいう学校の敷地面積ぐらいしかない。
人もそう多くはいないように見える。
と。
魔法少女の女の子たちが視界に映る。
昨日の、四人娘だ。
アリアちゃん、エリーズちゃん、カティアちゃん、リリーちゃんが、仲良さそうに歩いている。
俺は話しかけることにした。
「おはよう」
振り向く四人。
「あ、咲実さまと、咲実さまのお兄さま。おはようございます」
「ごきげんよう」
「おはようございます!」
「おはようございます……」
皆が挨拶してくれる。
「おはようみんな」
咲実も返した。
「訊いてもいいのか分からないけど、どこいくんだ?」
俺は気になっていたことを言う。
「買い出しに行くところですわ」
「買い出しってことは、この敷地の外に行くんだな」
「そうですよ。近くに町があるんです」
町か。
「俺も行ってみたいな」
皆、俺を見た。
「……なら、一緒に行きませんか?」
アリアちゃんが上目遣いに。
「そうだな、そうしよう。行かせてもらう。この敷地内以外も見てみたいからね」
「咲実さまも是非!」
エリーズちゃんが満面の笑みを咲実に向ける。
「……う、うん」
咲実は少しの間のあとそう答えた。
「昨日はごめんね。大人げない態度とって」
しおらしい様子で、咲実のツインテールが心なしか生き生きしていない。
「そんなの気にしないでください。咲実さまはお兄さまが大切なんですわよね」
「大丈夫ですよ咲実さま。咲実さまが大好きなお兄さまを取ったりしませんから」
エリーズちゃんとアリアちゃんが続けて言う。
「な、違うから!」
咲実の頬は赤に染まっていた。
「あ、だったらアイリスちゃんも誘いたい。すぐに呼んでくるから待ってて!」
話を逸らすように言い、そのままダッシュでこの場から離脱していく。
「咲実さまかわいいね!」
カティアちゃんの言葉に皆が頷いた。もちろん俺も。
咲実はすぐに戻って来た。
しかし、一人だ。
「アイリスちゃん、鍛錬を熱心にしていて、邪魔できなかったよ……」
しょんぼりといった風に項垂れながら咲実は説明した。
魔法少女省庁国から出ると、目の前は草原だった。
草が風に揺れ、緑の匂いを感じる。
近隣の町が視界の先、すぐ近くに見える。
城壁に囲まれた町。
草原を皆で歩いて行く。
「えっと、みんな」
そんな中、咲実が声をあげた。
皆一斉に咲実を見る。
首を傾げていたり、頭に?マークを浮かべていたり、正面から言葉を聞く態勢になっていたり様々。
「遠慮しないでいいんだよ? お兄ちゃんなんか好きにしてくれちゃっていいから」
なんかってなんだよ咲実。
俺がそう思ってるうちに。
わっ、と花が広がったような雰囲気が立ち込めた。
「いいのですか!?」
「咲実さま、本当にいいんですね!?」
「ほ、本当ですか?」
「ほんと……?」
エリーズちゃん、カティアちゃん、アリアちゃん、リリーちゃんが咲実に詰め寄って次々に喋る。
「お、女に二言はないよっ……」
咲実は頬に汗を垂らしながらそう返す。
「ありがとうございます咲実さま!」
女の子四人は、めっちゃきゃっきゃきゃっきゃしている。
なんでこんなに喜ぶんだろう。
「そ、それでは、まずは、手を、繋いでいただけないでしょうか」
アリアちゃんがおずおずと言ってくる。
「あ、ああ。まあ、いいけど」
戸惑う。俺は戸惑う。
でもみんな、かわいいし、いやではなかった。
だから、断らない。
断じて断らない。
繋いだ。
四人と。
……俺の手は当然二つしかない。
だから左右に二人ずつだ。
俺含め片方に三人の手が集まっている。
もちろん手だけじゃなくてその先の体もすぐ近くにあるわけだ。
つまり、何を言いたいかというと。
非常に歩きにくい。
これ以上ないくらいに歩きにくい。
しかし。しかしだ。
俺は周りに視線を巡らす。
四人とも、皆笑顔。
放してくれとは、言いづらい。
それに、手が柔らかくて、周りからいい匂いがして、悪くない。
「そういえば、あの町の壁は何から護るためにあるんだ?」
意識を切り替えようと、適当な質問をした。
結構頑強そうな石造りの壁がぐるりと囲んでいる。
「『ゲシュペンスト』からですわ」
「そいつか……」
咲実から敵だと教えられた存在。
未だに詳しくは知らない。
ただ、人を襲う化け物だとしか聞いていないし、それ以上は知らない。
「『ゲシュペンスト』って、結局詳しいところなんなんだ?」
「『ゲシュペンスト』は、ある日突然現れて、人を襲ったのですわ。そうして、沢山の人が亡くなりました。姿形は様々で、統一性がありませんわ。知能は大してあるようには見えず、ただただ、突然現れては人を殺していくのですわ。もはや災厄ですわ」
「でも! あたしたちなら倒せる!」
カティアちゃんが明るい声で言った。
「そうですわね。わたくしたちの魔法なら、倒せますわ」
エリーズちゃんは微笑んで同調した。
「魔法少女は強いんだな」
「私たちは、強い……」
リリーちゃんが無表情の中に誇りを込めて呟いた。
アリアちゃんも笑んで頷く。
それでこそ、俺の知ってる魔法少女だ。
歩きづらいなか、幾らもしないうちに町へは着いた。
中世、と言っていいのか。とにかく昔の外国、みたいな街並み。
レンガ造りの建物群。大通りを歩く人々。格好も現代とは違う。いや、この世界ではここが現代か。
さらに進んでいくと、市場だろう場所に着いた。
市場では、露店が並んでいる。
様々な食品、衣料、他にも色々売られていた。
「なにを買うんだ?」
「みんなの食糧ですよ」
アリアちゃんが答えてくれた。
「名残惜しいですけど、買ってきますわ」
エリーズちゃんたちは手を離した。
食品を選びに、それぞれ散って行った。
しばらく眺めていると、野菜や肉を買ってる様子。
「咲実は何か買うのか?」
隣にいた咲実に話しかけてみた。
俺がみんなと手を繋いでいた間はずっと少し後ろにいて黙っていたが、今は隣にいる。
「特に今買うものはないね」
「そうか」
活気あふれる市場。
眺めていると、なんだか画面の先を見ている気分になる。
現代とは、違い過ぎる光景だから。
しかし、新鮮で珍しく、興味深い。
と。
手に当たる感触。
咲実の手の甲が、俺の手の甲と密着していた。
「なにしてるんだ?」
「へ!? いや!? なんでもないよ!? ないけど?!」
咲実は手を引っ込める。
だがしかしすかさず俺はその手を追い、掴んだ。握った。
「俺と手を繋ぎたいならそう言えばいいのに」
「繋ぎたくないよ!」
顔を真っ赤にして言う。
「嘘をつくなよ」
咲実はぶんぶんと繋がった手を振って解こうとしている。
しっかりと俺が握っているので離れない。
「お兄ちゃんの手、きったないね!」
「失敬な。ちゃんと洗ってるぞ」
「はなして!」
ぶんぶん。
「はーなーしーてー!」
ぶんぶん。
周りの視線が痛い。少女に無理矢理迫る男。そう認識されてしまったのか。
俺は仕方なく放した。
咲実は即座に俺から距離を取った。
「ふー! ふー!」
威嚇をするように俺を睨み息を荒げている。
やれやれだぜ。
そうこうしていると、買い物を終えたのかみんなが戻って来た。
「買い物は終わったのかな」
「は、はい」
アリアちゃんが答える。
「お兄さま、今度料理を作って差し上げますわ。そのために食材も少し多めに買ったんですの。美味しかったら、頭を撫でてもらえると嬉しいですわ」
「あたしも!」
「わ、わたしも」
「私も……」
本当に、この子たちは。
どうしてこんなに、俺に懐いてしまったのだろう。
理由が、わからない。
でも、かわいい。
何か、してやりたくなる。
差し当たっては、要望に応えたくなる。
「そんなにしてほしいなら今やってやるよ」
俺は全員の頭を撫でた。
わしゃわしゃと、けれど髪をなるべく崩さないように。
一通り撫でると、俺の努力空しく少し髪が崩れてしまった。
それなのに、皆嬉しそう。緩んだ顔をしている。
そう、例えるなら、稀に甘えてくれた時の咲実のような顔。
「ありがとうございますお兄さま!」
アリアちゃんたちは、その言葉と共に、晴れ晴れとした笑顔だった。
帰り道。町の街路。
露店が並んでいる。
「お兄ちゃん、クレープ食べたくない?」
「ん?」
咲実の視線を追うとすぐ近くにクレープの露店があった。
「食べたいよね。食べたくないわけないよね。食べたいと言ってっ」
「お、おう。俺、クレープ、たべたい」
妙な気迫に言われた通りにしてしまった。
いや、クレープは嫌いじゃないし今食べてもいいんだけどな。
「わたしが買ってあげるよ」
咲実が露店に向かって歩き出す。
「妹に奢ってもらうのはちょっと」
「お兄ちゃんはこの世界のお金持ってないでしょ」
確かにそうだ。
世界が違えば、当然貨幣も違う。
失念していた。
「わたくしも食べたくなってきましたわ」
「わ、わたしも」
「あたしも!」
「…………」
四人も露店へと歩いて行った。
咲実が、クレープを二つ持って戻って来る。
「はい、お兄ちゃん」
受け取ると、クレープの甘い匂い。
何かの、紅い色の果実を煮詰めたペーストや、カスタードのようなもの、あと恐らく蜂蜜、が入ってるクレープだ。
一口齧ると、甘い風味と味覚が広がっていく。けれど果実のペーストのおかげでくどくない。
「美味いな」
「でしょ」
俺は黙々と食べ始めようとする。
「あ、えっと、お兄ちゃん」
しかし咲実に中断される。
「なんだ?」
「そっちも美味しそうだから、食べさせて」
咲実のクレープは黄色いペースト。俺のクレープは紅いペーストだ。使っている果物が違うのだろう。
「まあ、いいけど。ほら」
クレープを咲実の前に差し出した。
「わーいっ」
一口かぶりつく。
「おいひい」
「そうか」
「うんっ」
今度は咲実がクレープを向けてくる。
「お兄ちゃん、どうぞ」
一口食べた。
また違った酸味が駆け抜けて、美味い。
「おいしい?」
「まあな」
「そっかー」
咲実は、にこにこと笑っている。
そんな風に、咲実と食べ合いっこをしていたら。
気づく視線。
見ると、なんだか羨ましそうな目で、四人の魔法少女は見ていた。
その様子には、やはり、何かしてやりたいな。と思えてしまう。
「……食べ、る、か?」
自分からそれを言い出すのも気恥ずかしさからか抵抗があったので、曖昧な言い方になってしまった。
けれど、四人の女の子は顔を輝かせてくれる。
「「「「はい!」」」」
返事をすると、皆寄ってきた。
そうして、俺が食べるかと訊いたにもかかわらず、自分たちのクレープを俺に向けてくる。
「お兄さま、あ~んですわ!」
あーんて。
「お兄さま! あーん!」
「お、お兄さま、あ、あ~んしてください」
「……あーん」
…………。
結局、どうしてここまでするのか、分かりはしない。
でも、良くない何かを感じるわけでもなく。
俺はこの扱いを好ましく思う。
少なくとも、悪くない。
だから。
望むようにしてやろうと、そう思う。
全員のクレープを一口食べた。
そして、みんなの方に俺のクレープを差し出す。
順番にそれぞれ齧っていった。
少々失礼だけど、なんだか雛鳥に餌をやる親鳥の気分。
皆笑顔でパクついてくれる。
そんな時、俺は何となく咲実の方を見た。
咲実はムムッといったような、少し不機嫌そうな顔をしていた。と思ったら、何故かすぐに、苦笑した。さらに、微笑んだ。
アリアちゃん、エリーズちゃん、カティアちゃん、リリーちゃんに、暖かい目を向けている。
何か思うところでもあったのだろうか。
「わたし、アイリスちゃんのおみやげ買ってくるね」
そう言って咲実は露店の方に歩いて行った。
クレープを食べ終わると、戻ってきた咲実と共に帰途に就く。
魔法少女省庁国に着くと、解散の流れになった。
「お兄さま、ごきげんよう!」
「お兄さま! またね!」
「お、お兄さま、またです」
「……また」
みんな手を振ってくれる。
俺も振り返しながら、別れた。
…………。
それにしても。
何度でも考えてしまう。
なぜ、彼女たちは、あんなに甘えたがりなのだろう。
少し、いやかなり、不思議に思った。
「お兄ちゃん」
隣にいた咲実が俺を呼ぶ。
「なんだ?」
「わたし、あの子たちとも友達になりたいな」
咲実は、笑顔で嬉しそうにそう言う。
「言えばすぐになれると思うぞ」
「そうかな」
「そうだよ」
「そうなんだ……」
咲実は、また嬉しそうに笑った。