4話 魔法、見てみたくない?
アリアちゃん達四人の女の子と別れてからも、魔法少女省庁国内を見て回る。
咲実と二人並んで歩いていると、かけられる声。
「咲実さま、おはようございます」
かけられる声。
「咲実さま――」
かけられる声。
「咲実さま――」
色んな魔法少女の女の子に声をかけられるが。
「おはよう」
とだけ返して、咲実は急いでいるような雰囲気を出して俺の腕を掴んで歩いて行く。
話しかけてくれた子たちは、皆キョトンとしていた。
「その殿方は誰なんですか?」
と訊かれても。
「この人はお兄ちゃん」
答えを返しはするものの。
「咲実さまのお兄さま!」
「うん、そうなんだよね。じゃあ、ちょっと行かなきゃだから」
咲実はのらりくらりと躱していく。
咲実は何を考えているのだろう。
お兄ちゃんを取られたくないと思ってくれているのだろうか。
そのまま咲実に腕を引かれて、建物外の敷地内をまた歩いていると。
目に留まるもの。
「あれは、なんだ?」
俺は、道の隅の方に浮いている複数のヘンテコな生物、恐らくマスコットだろう生き物を指さす。
「あれは、野良マスコットだよ」
野良マスコット。
「それはなんだ? 普通のマスコットとは――」
「お兄ちゃん、それより」
俺の言葉に被せるように、咲実は喋る。
「魔法、見てみたくない?」
俺たちは、演習場に来ていた。
演習場とはいっても、見た目は学校にある体育館のような建物だった。
もっとも、体育館よりも頑丈なのだろうが。
演習場内に入ると、結構広い。
体育館数個分はあるだろう。
木の的やら石の的やらが、並んで置かれている。
と。演習場内には、先客がいた。
先程会ったアリアちゃん、エリーズちゃん、カティアちゃん、リリーちゃん――四人の女の子が魔法の練習をしていたのだ。
「あ……やっぱり、今日は、魔法はおやすみで――」
「――すげえ」
咲実が何か言ったが、俺の耳には入っていなかった。
目に映る光景に、圧倒されて、感動していたからだ。
「『イクスフィアンマ』」
そんな声が聞こえたかと思うと。
業火が放たれたのだ。
放たれた炎は、全てを焼き尽くす。
複数の木の的を、一瞬にしてなめ尽くし、炭すらも残らなかった。
「『フードルトネール』」
また別の声が聞こえると。
雷撃。
迸った。
木や、木でない的も眩しく煩いほどの雷撃に破壊し尽くされる。
「『ヴァッサーロアクア』」
また別の、静かな声音。
水の激流が放たれ、的を砕き、穿ち、押し流す。
水の圧力が凄まじいのだろう、鉄を穿つほどの破壊力。
「『シュルフトランド』」
四人目の声が聞こえた。
数メートルもある大岩が出現し、射出され的を押し潰していく。
さらに、床から鋭利に削られた岩が突き出し、的を串刺しにしていく。
「本当に、凄いな……。こんな力が在れば何が現れても怖くなさそうだ」
「その通りだよ! わたしたちは魔法少女だからね! 勝って、みんなを護らなくちゃいけないんだよ!」
咲実が自信満々に答えた。
「魔法について、もっと教えてくれないか?」
「そうだね……まずは、この世界の魔法は、魔法少女にしか使えないの。だから、人間の中では魔法少女が一番強いんだよ。剣と魔法のファンタジー世界で、強力な魔法を魔法少女が独占しているからね。独占というか、魔法少女しか使えないからしょうがないんだけど」
「何故魔法少女しか使えない?」
「マスコットと契約できるのが魔法少女だけだからだよ」
「あのマスコット達、ただいるだけで何もしてないように見えたけど、そんな意味があったのか」
「うん。すごく重要だよ。魔法の力も、魔力も、契約によってマスコットから与えられたものだからね」
「魔力?」
「魔法を使うためのエネルギーみたいなものだね。元の世界でも、よくファンタジーで見たでしょ? あれと同じ」
「ふむ。他には?」
「魔法は、魔法少女が契約した時に手に入れるこのステッキを通して発動されるんだよ」
咲実が一瞬にして魔法少女の姿に成った。
フリフリの、ピンクと白と黒の色が散りばめられた魔法少女服。そして精緻な作りのメタリックピンクに輝くステッキ。
「そしてこの服は魔力の循環を良くするんだよ。防御力もあって、ちょっとやそっとの衝撃ものともしないよ」
「そもそも魔法とはなんだ?」
「魔法とは……多分、超常で、強力な現象を魔力を使って現実として発動させる、みたいな感じだと思う」
「どんな魔法がある? あの炎とか電撃とか水流とか岩以外にも、何かあるのか?」
「あれらは総じて、攻撃魔法だよ。魔法には大まかな種類があって、まず攻撃魔法。これは、文字通り敵を攻撃するための、殺傷力のある攻撃ができる魔法。攻撃魔法は魔法少女一人につき一つ持っているんだよ。そして、回復魔法。回復魔法は、死んでさえいなければどんな怪我でも治すことができるんだよ。回復魔法も魔法少女なら誰でも使えるんだ。攻撃魔法もだけど、魔法少女を絶対たらしめているのは、この回復魔法もあるからだね。あとは、異世界から呼び出された魔法少女は、世界間を移動するための世界転移魔法が使えるんだよ。わたしがいつも使ってるのがそれだね」
「ふむふむ」
一通り魔法については分かった。
「敵とか言ってたが、咲実たちは何と戦ってるんだ?」
「『ゲシュペンスト』だよ」
「『ゲシュペンスト』?」
「人を襲う化け物だよ」
その名前には、なんだか不吉な予感がした。
「人を襲う化け物、本当に大丈夫なのか……?」
「大丈夫だよ。今まで何度も魔法少女たちは倒してきたんだよ。だから大丈夫」
咲実は言ったが、俺はあまり安心できなかった。
「そんな顔しなくても大丈夫だって。なんならわたしの魔法見てく?」
俺は頷く。
咲実は、少し前に進み出た。
的は、ここからだと少し遠い。数十メートルくらいはあるだろう。
咲実はステッキを前に突き出し、言葉を発した。
「『チェリーブロッサムライト』」
ステッキの先端が、桜色に輝いた。
人の身長を優に超える、巨大な光弾。
桜色の球体状の光。
放たれる。
一直線に、高速。速度が衰えることなく的に到達。
刹那の間に、的は消滅した。
鉄も、よく分からない鉱物で出来た的も、すべて。
的を消滅させてもまだ勢いを衰えさせることなく進んだ光弾だが、咲実が何かをしたのかステッキを降ろすと壁に到達する前に消えた。
あのまま進んでいたら、壁すら一瞬で消し飛ばしていただろう。
俺は、妹が魔法を使ったことを実感して、ただじっと咲実を見た。
今までも回復魔法とか転移魔法を見てはいたが、魔法らしい魔法、視覚的に直接伝わってくるものは、これが初めてだった。
俺は理解と納得をする。
ここは異世界で、妹は魔法少女なんだ。
「さすが咲実さまですわ!」
エリーズちゃんの声と共に、四人娘が咲実の元に集まって来た。
全員フリフリの魔法少女服。
カティアちゃんの赤色。
エリーズちゃんの黄色。
リリーちゃんの水色。
アリアちゃんの土色。
ステッキもそれぞれ持っている。
カティアちゃんのメタリックレッド。
エリーズちゃんのメタリックイエロー。
リリーちゃんのメタリックブルー。
アリアちゃんのメタリックブラウン。
「やっぱり咲実さまの魔法は痺れますね!」
「あの光は私の目標……」
「素敵……です……」
可愛らしい衣装に身を包んだ女の子たちは、咲実をわいのわいのと褒め称える。
確かに、尊敬されているのが分かるほど、咲実の魔法は凄まじかった。
四人の魔法も凄かったが、咲実の魔法は頭何個分も抜けていたように見えた。
一瞬にして消滅させる桜色の光弾。
あれを防げるものなどないのでは、と思う。
俺は皆を眺める。
ここにいる魔法少女たちは、強い。
魔法少女たちには、自信が窺えた。自分が戦う事を、当然と受け入れているのだろう。
こんなにか弱そうで、線の細い体をしている、強く触れたら折れそうな女の子なのに、強い。
それが魔法少女なんだ。
俺が物語の中で見てきた、大好きな魔法少女なんだ。