3話 お兄さまっぽい!
歩いていた咲実が立ち止まる。
「ここだよ」
どうやらレノラさんとやらの部屋の前に着いたらしい。
あの咲実といた部屋からでて、廊下を通り、建物から出て、隣のこの大きな建物に入り、階段を何回も上り、最上階へと着いた。
ここまでの道程、周りを見ていたが、特に変な所はなかった。
未成年の少女たちが多く歩いているのを見かけた程度。
複数ある建物の周りには、城壁のようなものがぐるりと囲んでいるように見えたが、ここが国で、長がいる建物なら当然かもしれない。
だから、異世界とあって少し警戒していたが、特に危険な気になるところはなかった。
それはともかく。
魔法少女の国の長か。どんな人なのだろう。
コンコン。咲実がドアをノックする。
「どうぞ」
部屋の中から透き通るような美しい声が聞こえた。
と思っている間に咲実がドアを開けて入っていく。
俺もそれに続いた。
長方形の部屋の奥に執務机があり、手前に応接用の、低いテーブルに向かい合わせの二つのソファ。
そしてその執務机の椅子に座っている、一人の女性。
ストレートの黒髪、その長髪が純粋に綺麗。
鋭い目つきだが、どこか穏やかな雰囲気が出ている。
美少女寄りの美人、といった風貌。
この人が、魔法少女を束ねている、レノラさんという人か。
「あら、咲実じゃない。――その殿方は?」
友好的な表情からの、怪訝な顔。
「わたしのお兄ちゃんです」
「……お兄さん?」
「はい、お兄ちゃんです」
「男、なわけよね?」
「お兄ちゃんですから」
「どうやって来たの?」
「わたしの転移に巻き込まれて」
レノラさんは深く息を吐いて、眉間を揉んだ。
「それで、お兄さんは、えーと」
名前をまだ言っていなかった。
「俺は如月大士といいます」
「大士さんね。大士さんの感覚的には、どんな感じだったの?」
「そうですね……。咲実の『世界転移』という言葉が聞こえたと思ったら、一瞬にして場所が変わっていましたね」
「そうですか……」
レノラさんは考え込んでいる様子。
「魔法少女ではないのに転移した。妙だわね……」
独り言を呟いていた。
だが一転、顔を上げて俺を見た。
「名乗りが遅れたわね。私はこの魔法少女省庁国、魔省国で、責任者を務めさせてもらっているレノラ=ディフェンタールよ」
「どうも、レノラさん、でいいですかね?」
「問題ないわよ。私も大士さんと呼んでいるし」
それは咲実と苗字が同じだから気にすることではないのだが。
「とりあえず転移装置が再度使用できるまで時間がかかるから、見学でもしてく?」
「見学?」
「そう、ここ、魔省国を妹さんと見て回ったりとか、したくない?」
そりゃ。
「したいですけど」
「なら、してもいいわよ。問題はないから」
レノラさんは微笑んで言った。
「でも、大士さんは帰りたい訳ではあるのよね?」
「それは、はい、そうですね」
名残惜しくはあるが。
それより咲実をどうするか、だ。
いくら、昔の咲実のように在れる場所だからといって、危険がある場所にむざむざ残す訳にはいかない。
「それなら、転移できるようになったら、それからまた戻れるか試して、無理だったら方法を考えてみるというのでどうかしら」
「では、それでお願いします」
最後に、言っておかなければ。
「レノラさん、咲実がここにいることによって、咲実に危険はあるんですよね?」
レノラさんは真剣な表情をして。
「そうね。危険はあるわ」
正直に答えてくれた。
「危険があることを分かっていて、少女たちをここにおいているんですか?」
「そうね。けれど、ここにいる魔法少女は全員自分の意思でいるわ。私は強制しない主義を張ってるの。だから、大士さんから私に言われても、咲実さんの処遇を決めることはできないわ」
俺が言いたいことを先回りして、レノラさんは答えた。
「わたしはやめないからね」
咲実は先と同じで、頑として譲らない様子。
とりあえず今は、ここを見て回ってみよう。
それから判断すればいい。
退室すると、一つ息を吐く。
「どこから見て回ろうか」
「適当でいいんじゃない? 近くからで」
「それもそうだな」
俺たちは歩き出した。
「そういえば、この世界に来た時に立っていたあの台座が、転移装置なのか?」
「そうだよ」
咲実と話しながら、歩いて見て行く。
「あ」
「なにお兄ちゃん?」
「咲実が自然に会話してたし今気づいたんだが、俺たち普通に異世界の人と話せてるな、日本語で」
「転移魔法でこの世界に呼び出された人には、翻訳魔法がかけられるんだ。だから話せるの。字は勉強しないと読めないけどね」
「マジか。便利だな」
わざわざ呼び出して意思疎通がすぐにできないようでは不便ということか。
そんな風に説明してもらったりしながら、歩く。
今の咲実は魔法少女姿ではなく、いつもの私服姿だ。
オーロラピンクを基調とした服にスカート、白タイツ。
白髪ツインテールで薄いピンク色の瞳をした咲実に似合っている。
「というか、今更だが咲実、引きこもってたと思ったら魔法少女やってたんだな」
ここまで何とか流れるように来てしまったが、改めて考えると不思議なものだ。
正義感が強い妹が突然引きこもって、それが長く続いて心配していたら、こんなことになっている。
「驚いたでしょ? わたしはただの引きこもりのダメ人間じゃないんだよ」
胸を張って、微笑みとドヤ顔が半々のような顔。
「偉そうにするな。心配してるんだからな」
元の世界で引きこもりなのは変わらない。
「うん……」
咲実は少し頬を赤くして頷いた。
レノラさんのいた部屋から、建物内を見て歩いたが、特に気になるところはなかった。
会議室のような場所や、使用人室、食堂、調理場、そんな普通な印象。
人がほとんどいない会社見学でもしてる気分だった。
建物から出ると、前庭には十代であろう少女たちがいた。
話していた様子だったが、俺たちが出てくると、何故かこっちを見た。
そして、こちらへ歩いてくるではないか。
四人の少女が、俺と咲実の周りへ集まって来た。
「咲実さま、ごきげんよう」
「咲実さま、おはようございます」
「あ、あの、咲実さま! さっきはレノラさまの所へ行こうとしていたようでしたし、声をかけづらかったのですが、そちらの殿方は……?」
咲実さま?!
「さま……さまってお前……」
引き気味で咲実を見る。
「しょ、しょうがないでしょ! この子たちが勝手に呼んじゃうんだから!」
咲実が顔を真っ赤にして言う。
もしかして、ここは乙女の花園とかそういう場所なのだろうか。
魔法少女は女の子しかいない、ならば、ここは女子高、またはお嬢様学校と似たようなものなのでは。
いや、女子高はないか。ごきげんようと挨拶したり、さま呼びはしない。
それはそうと、薄茶色髪の女の子の問いに応えないとな。
「俺は如月大士、咲実の兄だ、よろしく」
すると、皆が俺を見て固まった。
そして声を発しだす。
「さくみ……」
「さまの……」
「「「「お兄さまぁぁああああ!?」」」」
わーお。声大きい。
「咲実さまって、異世界の人ですわよね。どうやってお兄さまが来られたんですの?」
金髪の子が不思議そうに俺を見た。
「それがまだ分からないんだ」
「調査中、ということですの?」
「似たようなものだな」
「では、今お時間あります?」
「あるよ。俺たちが直接調査できることは今ない」
金髪の子は微笑んで、姿勢を正した。
「わたくしはエリーズ=ブランシャールといいますわ。以後お見知りおきを」
エリーズちゃんは丁寧にお辞儀をした。
「あ、では私たちも」
すると他三人も自己紹介をする。
「アリア=シャネル、といいます……よろしくお願いします」
薄茶色でセミロングな髪のおとなしそうな子は、アリアちゃんというらしい。
「カティア=フランセだよ! よろしくね!」
赤毛のカティアちゃんが元気よく言う。
「……リリー=カステレード」
無表情で青髪の女の子が、静かに言葉を発す。
無表情を気取っているが、俺は先ほどの大声をこの子も発していたことを知っている。
「ついでにマスコットも紹介しますわね!」
雷を纏った鷹に近い鳥、みたいなのがエリーズちゃんの横の虚空から瞬時に現れる。
「ついでというのが気に食わん」
「細かいことは気にしませんことよ!」
随分渋い声をした鳥だ。纏っている雷は危なくないのだろうか。
「この子はデンイですわ。ぶっきらぼうですけどとってもかわいいんですの!」
デンイは会釈のような仕草をした。
「な、なら、私も紹介します」
モグラみたいなマスコットが、これまた瞬時にして現れた。
「ドドト。です……」
「よろー」
アリアちゃんのマスコットは気さくにそう言った。
カティアちゃんのすぐ傍にも、マスコットが現れる。
「この子はローゲだよ!」
炎を纏った小さな竜、みたいな見た目だ。
「よろしくな」
クールっぽい容姿をしているが、普通だった。
水滴、雫をそのまま固めたような見た目のマスコットが浮いていた。
「……この子はウォースン」
リリーちゃんが静かに紹介する。
「…………」
ウォースンは何も言わない。
表情も、目らしきものが二つあるだけで分からない。
俺は、ここに来て思った。
――そうか、この子たち、みんな魔法少女なんだよな。
みんな、雰囲気が明るくてそんな気がしなかった。
でも、この子たち戦ってるんだよな。
「あ、あの、咲実さま、衝撃的な出来事に失念していて申し訳ないんですけど、お怪我は大丈夫ですか?」
心配した表情でアリアちゃんが言った。
「あ、うん。大丈夫だよ。回復魔法をちゃんと使ったから、擦り傷一つ残ってないよ」
「そうですか……なら、よかったです……」
アリアちゃんはほっとした様子。
「怪我って、俺が見たやつか?」
咲実が傷だらけの姿でソファに倒れていた時のこと。
「うん」
「無理すんなよ」
「うん」
「わかってるのか?」
「わかってる」
いまいち俺の言葉を真に受けてくれていないように見える。
やはり戦うのをやめるつもりも手を抜くつもりもないらしい。
頑固妹め。
「みんな、咲実が世話になってるな。こんなんだが仲良くしてやってくれ」
「「「「…………」」」」
すると、皆が何故か黙った。
そして。
「いまの……」
「なんだか……」
「「「「お兄さまっぽい!」」」」
また声を揃えて大きな声。
「まさにお兄さまですわ! 理想のお兄さまですわ!」
「あ、あの、頭撫でてもらえますかっ」
アリアちゃんが前のめりに、俺に頭を差し出した。おとなしめの印象はどこへやら。
けれど別に嫌ではなかったので、撫でた。
「えへへへへ~……」
アリアちゃんはふにゃりと微笑んだ。
「あ! あたしもしてもらいたい!」
カティアちゃんもそんなことを言ってくる。
「……」
無言でリリーちゃんが頭を突き出す。
「わたくしのお兄さまにもなってくださりませんか!」
エリーズちゃんがとんでもない事を口走る。
この子たちはなんだろう。兄にでも飢えているのだろうか。甘えたいのだろうか。
「だめーーーーーー!!」
わちゃわちゃと、わいのわいのとやっていたら。
咲実が突然、そう叫んだ。
「では、今日はこの辺で! ごめんね! ばいばい!」
早口でまくし立て、俺の腕をむんずとつかんで早足で歩きだす。
「お兄ちゃん! いくよ!」
俺は引っ張られるままに足を動かすしかなかった。
「お、おい、なんだよ」
四人の女の子たちはポカンとしたまま見送ってくれている。
「あの子たちあのまんまでいいのか?」
「いいの!」
咲実は、ずんずんと怒ったように足を進めていた。