13話 だから。あとは、俺に全部任せとけ
俺は、死んだ。
――――はずだった。
真っ暗闇の中。
感覚も無い中。
俺はまだ、意識を持っている。
ここに、考えることが出来ている。
何故だ。
何が、起きているんだ。
「お、兄ちゃん…………」
咲実の、茫然とした声が聞こえる。
「お兄ちゃん……」
声が聞こえる。
「お兄ちゃん……! お兄ちゃんお兄ちゃん!」
段々と、悲痛になっていく声音。
「お兄ちゃん、しんじゃやだあ…………」
泣き声に、変わった。
「げひゃヒャハハハハあと一人あとひとりアトヒトリぃぃいいイイイ゛イ゛」
耳障りな、可笑しな声も聞こえる。
「やだよお…………」
妹の、泣き声。
咲実を泣かせたのは誰だ。
俺か? 化け物か?
どちらもか?
泣かせたやつは、俺がぶん殴ってやる。
俺はもう死んでいるから、化け物をぶん殴ってやる。
でも、死んでいるから、化け物を殴ることもできない。
潰れて死んだ俺は、ここでなにもできない。
このままどうなるんだ。
咲実は、殺されるのか。
俺のこの意識は、束の間の残り火なのか。
だって、動けない。
『立って』
知らない声が聞こえた。
『立てるはずですよ』
女性の、美しい声音だ。
『あなたは、強い。誰よりも、強くなれる』
死ぬ前に、幻聴。俺もとうとう終わりか。
『幻聴ではありませんよ。あなたも解っていますよね』
……確かに、そんな気がするよ。確信していると言ってもいい。でも納得できなくて言ってみただけだよ。
『そうですか。ですが今は納得できなくても、立ち上がってください』
幻聴でないのなら、君は誰だ……。
『女神ですよ』
簡単には信じられないな。
『そうですよね。でも、本当なんです。これは信じなくてもいいですよ』
どうしてだ。
『それは重要ではないからです。重要なのは、あなたが立ち上がって、戦うことです』
何を言ってるんだ、俺はもう死んだ。動けない。
『そうですね、死んでしまいました。一度』
どういう意味だ。
『そのままの意味ですよ。そして、だからこそ今立てるのです』
意味が、解らん。
『願ってください。祈ってください。強く、望んでください。そうすれば、立ち上がれます』
なにを、だよ。
『わかっているはずですよ。あなたは十分、それをわかっている。今、なにをしたいか』
俺が、今なにをしたいか。
…………。
そんなこと、決まっている。
――咲実を助けたい。
『はい』
咲実に、魔法少女に仇なす敵を、俺が倒せたらいい。
『はい』
俺は、みんなを護れる、誰かを助けられるヒーローに成りたい。
『はい』
強い、強い、ヒーローがいい。
『承りました、人の子よ。その願い、祈り、望み、叶えましょう』
そんなことが、可能なのか。
『可能なのが、女神なんですよ』
黄金色の髪を長く伸ばした女神様。
その人が、微笑んだようなイメージが頭に浮かんだ。
本当に、女神様なのか?
『では、いけますね?』
よくわからないけど、やりたいことと、やらなければいけないことは分かるよ。
『それで十分です』
瞬間。
変動、世界への顕現。
大きな力が、何かを及ぼした。
そんな、言い表せない感覚が突き抜けた。
『如月大士、あなたに幸あることを願っています。そして、使命を果たしてくれることを祈っています』
任せてくれ、女神様。
『さあ、立って。強い人。私の、唯一の人』
暗い世界に、優しい光が差した。
得た力、いや、在って、表出した力を理解。
刹那の間に、自分の存在と一つに。
新たな存在へと、成った。
発現の衝撃。世界への振動。
俺の上にあった水晶玉が砕け散ると共に、俺は立ち上がった。
「お、にい、ちゃん…………?」
涙で酷く塗れた顔を上げる咲実。
「咲実、よく頑張ったな」
俺は敵を警戒しながら、咲実を安心させるように告げる。
「だから。あとは、俺に全部任せとけ」
水晶玉の化け物、『ゲシュペンスト』と正面から対峙する。
力の使い方は解る。すべて、手足と同じだ。
あとは、この敵を斃す武器をどう使うかだけ。
「お前はお前お前お前お前は貴様貴様貴様さまハアアアアア゛ア゛ア゛ア゛何だ何故潰れない潰れた筈死んだ筈死を死が死してぇええエエエエエ゛エ゛エ゛エ゛」
機械音声に無理矢理感情を持たせたような声。
「魔法少女かアアアアア精霊かアアアアアアアア、何方にしろ如何するにしろ如何にしても敵脅威障害殺すべき潰すべき存在イイイイツブレツブレツブレエエ」
不快で奇妙で不可解で、耳に入れるのも悍ましい声。
もう、黙れ。
終わらせる。
走り出す。敵へ向けて。
魔力の流れ、感知。
『ゲシュペンスト』の魔力の変化が、見て取れる。
つまり、攻撃のタイミングが分かる。
発現の流れが、見えた。
瞬時、横に跳ぶ。
俺の真横を水晶玉が豪速で通り過ぎていった。
後ろの建物に衝突して轟音を響かせる。
先までよりも、水晶玉の速度が落ちていた。
やつの両腕の部分が無いからかもしれない。
咲実が、全霊を尽くしてくれたおかげだ。
「なぜ、なぜなぜなぜなぜ避けれる避ける事が出来る避けるるるるぅううう」
攻撃の瞬間が、分かる。
もしやつが咲実を狙うことがあったとしても、これなら事前に対処可能。
俺は迷わずにそのまま接近した。
頭上に、魔力が流れ、事象に発現する過程を感じる。
前に跳んだ。
真後ろに水晶玉が落下。
地面を砕く音。
「なぜえぇえ゛エ゛。貴様貴様貴様アアアアアアアア」
再度、頭上に魔力の流れ――
と見せかけたフェイントだった。
実際は、正面から。
水晶玉が放たれる魔力の発現。
横に跳ぶ。
見ていた通り、水晶玉は再度俺の真横を通過していった。
「潰れろつぶれろツブレロ潰れろぉおおお゛お゛オオオ゛オ゛」
俺は、両腕を失った水晶玉の化け物の眼前へと、肉薄した。
アリアちゃん、エリーズちゃん、カティアちゃん、リリーちゃんの顔が、頭に、心に、浮かんだ。
みんな、こいつに殺された。
くたばれクソ野郎。
右の拳を強く握り込み。
後ろへと、どこまでも溜め込むように引き絞り。
体の内、膨大な魔力をすべてこの拳へと流す。
発現させる、"魔法"を。
右拳が、強く、強く強く、光り輝いた。
それは、神聖。
それは、究極。
それは、仇なす敵を殲滅する力。
敵へ向けて、拳を振り切った。
解き放つ。
「――『プリムローズブラスト』ォおおおおお!」
魔法名の詠唱。『ゲシュペンスト』へと光り輝く拳が突き刺さる。
瞬間。
この雨降る暗い空に、すべてを照らし出す希望の光が広がった。
『ゲシュペンスト』の内側から、拳を通して光が広がり、溢れる。
爆音。破砕音。
水晶玉の化け物は、全身を粉々に砕け散らせ、死んだ。
化け物の破片が飛び散って転がっている。
もうあの不快な声は聞こえない。
静寂が、この場に落ちていた。
――終わった。
力が抜けた。俺は、倒れる。
いつの間にか近くにいた咲実に受け止められた。
そのまま抱きしめられる。
「お兄ちゃん、ありがとう。かっこよかったよ」
優しい、声音。
咲実に包まれて、安堵感が染み渡る。
極度の疲労、魔法の力を出し切った別の疲労、それらからか。
意識が、落ちていく。
完全に、意識が眠る直前。
見えた空には、一筋の光。
雨が、上がっていた。
陽の光が、街に差し込む。
その光景を見て、俺はやったのだと、思えた。
俺は、妹を守れたんだ。




