12話 わたしに助けることができるからだよ
「お兄、ちゃん?」
「……お兄さま…………?」
咲実とアリアちゃんが茫然と言葉を発した。
「ああ、俺だ」
「なっ、なんで来たの!?」
「妹の危機だからな」
「ばかばかばか! なんで、なんで、なんで! 死んじゃうんだよ! 死なないでよ! お兄ちゃんがいなくなったら、わたしは!」
咲実は、焦燥、不安、悲嘆、絶望、そのほか色々が混ざった表情で、錯乱したように叫ぶ。
何も考えずに飛び出してしまったが、俺一人で時間稼ぎでもして、二人に逃げてもらおうか。
いや、俺では時間稼ぎすらできないかもしれない。
なら、逃げた方が良いのか。
最初から連れて逃げる行動を取ればよかった。
後悔しても遅い、今はやれることをする。
『ゲシュペンスト』は、俺たちの話を傍観するばかりで何もしてこない。
けれど、感じる。
いやな予感、感覚が、ここに在って無くならない。
恐らく、攻撃の溜め。魔力の練り、とか、そういうのだろう。
なんでそんなことが今俺に分かるのか、知らないけれど。
でも、何もしてこないのなら立ち向かう意味もない。
俺では倒せないのだから。
すぐに俺はアリアちゃんを抱き上げ、お姫様だっこをする。
手を掴んで、咲実を立たせる。
「逃げるぞ」
俺は返事を聞かぬ間に走り出す。
咲実はなにも言わず悲しげな表情で頷いて、一緒に走り出した。
今は、逃げることが何よりも優先される。咲実もそれは分かっているのだろう。
「逃げる逃がすな誰だ貴様は人間ひと矮小弱者邪魔潰れろすべて潰れなさいつぶれろツブレロォオオオオ゛」
水晶玉が迫る。
「『チェリーブロッサムライト』!」
咲実が魔法で破壊した。一つは。
もう一つの水晶玉が迫る。
「『シュルフトランド』……!」
アリアちゃんが魔法を発動。
地面から突き出す岩と土の壁。
水晶玉が激突。
土岩の壁が割れ砕かれる。
それでも、威力は軽減できた。
それでも、威力はかなりあった。
衝撃。
三人でもみくちゃになりながら転倒。
視界が流転。
正常に周りの状況を理解できるようになった時。
俺はなんの怪我もなく地を這っていた。
咲実は、大丈夫そうだ。
きっと、アリアちゃんが頑張ってくれたんだ。決死の魔法で、俺たちに害が及ばないようにしてくれたんだ。
でも、そのアリアちゃんは、重傷からさらに怪我を負って、血まみれだった。
助かるように、みえない。
「逃げて……お兄さま……」
「で、きない」
「私はもう、助かりませんから……」
「そんなわけ、ないだろ」
「時間を、稼ぎます……」
「やめてくれ」
「無駄に、しないで……生きて……」
「一緒に逃げるんだ……」
「はやく!!!!!」
初めて聞くアリアちゃんの怒鳴り声に、気圧された。
それが優しさから来るものだと、あとから少し考えれば分かった。
しかし、この時の俺は気が動転して、叱りつけられた幼い子供のように従うしかなかった。
走り出す、咲実と手を繋ぎながら。お互いを置いて行かないように。もう、失わないでここにいてもらうために。強く、手を握った。
咲実は一度振り返ったが、歯を食いしばって前を向いた。
「『シュルフトランド』!」
アリアちゃんの声が聞こえる。
時間を稼いでくれている。
もうすぐ死ぬだろう。
これがアリアちゃんの、最後に聞ける声であろう。
「「うわああああああああああああああああ!!」」
慟哭しながら、俺と咲実は走った。
その慟哭すら、居場所を知られないために、すぐに無理矢理止めざるを得なかった。
走って走って走った。
様々な感情が奔り、全部無視して、咲実と自分が助かるために、走り続けた。
敵を撒くために道を曲がり、路地に入り、入り組んだ道を外側に向かって走っていく。
そうして、気がついた時。
体力が限界を迎えた時。
俺たちは町の隅の裏路地に座り込んでいた。
「「はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……」」
俺たちは荒い息を吐く。
無理をして走り続けたから、苦しい。
息を整え終わるまで、俺たち二人は黙っていた。
荒い息の音だけが、この空間に満ちる。
やがて、息が整う。
逃げようと、また走り始めようとした。
けれど、咲実は立ったまま動かない。
俺とは反対方向を向いていた。
「お兄ちゃんは、逃げて。わたしはあれを倒さないと」
「無理だ。あんな怪物。逃げよう」
「もうここまで来たら逃げられないよ。それに逃げても追いかけて来るよ、きっと倒すまで。それだといっぱい死んじゃう。ずっと逃げ続けるのは無理。だから戦うしかない」
咲実は、正義の味方だ。
俺もそれになりたかった。
ヒーロー。とまではもう言わない。けど、誰かを助けられる存在でいたい。少なくともそれを諦めないで進める存在でありたい。
「だったら、俺も戦う」
「お兄ちゃんになにができるの」
「何ができるか探すんだ」
「お兄ちゃんは戦える術を持ってない。だからわたしが戦うよ」
「…………」
俺の妹は戦意を喪失していない。
「咲実はどうして、こんなひどいことだと解っていて、戦いを続けようとしたんだ?」
「わたしに助けることができるからだよ」
咲実は毅然と言った。
「あの世界と違って、こんなわたしでも、守れるんだよ。悔しいけど、あの世界でわたしにできることなんてない。でも、この世界なら助けられる」
咲実は、少し震えていた。それは雨を浴びすぎたからか、それとも別の理由か。
「それに」
俺の目を見て言葉を発する。
「確かに戦うのは怖いけど、この世界に生きる人たちを見捨てたくない。だから戦うんだよ」
咲実の瞳には、恐怖と、強い光が湛えられていた。
そう、だ。
俺は、咲実を昔憧れた偶像としても見てきた。
けれど、咲実はまだ高校生の女の子だ。
ただの一人の女の子でもあるんだ。
怖くないわけがない。
現代世界で、こんな殺し合いとは少し前までは無縁で生きてきた咲実は、これ以上ないくらい恐怖を感じているだろう。
なにせ俺もそうだ。怖くて仕方がない。
でも。それでも。咲実は俺が昔から知っていた咲実だった。
俺が憧れた、英雄だ。
――――――――――でも。
咲実だけでは、勝てないだろう。
魔法少女五人がかりで駄目だったのだ、いくら他の魔法少女より強いとはいえ、一人では無理だ。
殺されるだけだ。
そして、殺される妹を放っておけるほど、俺は妹大好きな兄をやめていない。
「じゃ、いくね」
咲実が足を踏み出す。
「咲実、ま――――
轟音。
破砕音。
俺たちのすぐ傍、横の建物が倒壊した。
「何処潰す此処潰す其処潰す逃げる潰す全部総じて遍く凡てを潰す潰潰潰潰潰ついついツイツイツイツイィィイイイ゛イ゛イ゛イ゛」
やってくる。
水晶玉の化け物が、やってくる。
つまり、アリアちゃんはもういない。
――――。
逃げ場は、もうない。
逃げることは出来ない。
時間が、ない。
すぐに始まる。
気高き輝きの、魔法少女の、咲実の戦いが始まる。
「お兄ちゃんは逃げて! 『チェリーブロッサムライト』!」
咲実のステッキから放たれる桜色の光。
水晶玉が発射される。衝突。
先までと同じ、相殺。
頭上、出現、水晶玉。
咲実に落ちる。
「『――――』!」
咲実は、何も声を発さなかった。
しかし、一瞬にして魔法が発動。
決死、必至、本気、覚悟、不退転の決意の表情。
とにかく咲実が、何かをした。
ステッキから放出する桜光。
それは豪速で落下する巨大水晶玉と咲実の間に広がり。
激突した水晶玉は逸れて咲実のすぐ横の地面に減り込んだ。
そうして、咲実は即座にステッキの先端を『ゲシュペンスト』へと向ける。
「『チェリー、ブロッサム、ライト』――!!」
今までよりも、遥かに巨大な桜色の光弾。
すべての力を出し尽くしたような、咲実が放つ魔法の結晶。
それが、斃すべき敵へと一直線に辿り。
化け物は水晶玉を現出させる猶予さえ無く、正面から魔法を受けた。
大音。
『ゲシュペンスト』の周りの地面と瓦礫と建物が吹き飛ぶ。
破壊し尽くす。
短期決戦。
早期決着。
咲実が勝つ手段は、この全てを賭けた最初の全力。
僅かな攻防に掛かっていたのだろう。
そして、咲実はその攻防を制した。
最大の攻撃魔法を、化け物へと命中させたんだ。
――――――――――されど。
土煙が晴れた先にいたのは。
水晶の体の、両腕の部分だけが破壊され無くなった『ゲシュペンスト』だった。
立っている。
生きている。
存在している。
つまり。
たおし、きれなかった。
「そん……な……」
咲実は、すべての力を使い果たしたのか膝を突いて、顔だけ上げている。
再び立ち上がって魔法を放てる様子には見えない。
窮地。絶望。心を支配。
このままでは、殺される。
本当に、殺される。
咲実が、殺される。
「つぶれ」
水晶の化け物が、それだけ声を発した。
咲実の頭上、水晶玉現出。
俺は跳んだ。
咲実を突き飛ばす。
咲実は水晶玉の範囲の外に転がった。
これで、咲実は、この攻撃からは助かる。
その先は、考えていなかった。
水晶玉が、俺の真上に落ちる。
――刹那の間に、痛みもなく、俺の意識は無くなった。




