11話 潰れろ
俺は、再び歩き出す。
骸となった魔法少女を置き去りにして、一念を胸に。
そうして、さらに進んだ先。
知っている人影が見えた。
進む。
よく見える。誰か分かった。
広場だろう、大きなスペースの取られた場所。
そこに、咲実と、アリアちゃん、エリーズちゃん、カティアちゃん、リリーちゃんがいた。
そして。
対面。
そこには、よくわからないものがいた。
立っていた。
化け物としかいえない存在が、立っている。
全身、水晶玉が連結したような姿、その体に黒いマントを羽織っている。
身長数メートルの、水晶人間。
なんだ、あれは。
あれが、『ゲシュペンスト』とかいうやつか。
大量に人を潰していた巨大水晶を思い出す。
化け物のその姿は、あれを酷く連想する。
「潰れ潰れ潰れ潰れろぉおお゛っヒャヒヒヒャヘハフフヒャハ、ツブレツブレツブレエッ!!」
耳障りな、声とも言いたくない声。
「等しく愛しく空しく儚く総じて人は潰れるんだ潰れるべきなんだつぶれろ」
機械音声に無理矢理感情を持たせたような声。
エリーズちゃんから聞いた話では、『ゲシュペンスト』には知能が無いとなっていたはずだが。意思疎通はどちらにしろ不可能そうな雰囲気だが。
どうしてあれは、喋っているんだ。
「こいつ、なんで喋ってるの」
咲実が、俺が思っていたことと同じことを言った。
「明らかに知能を持っていますわね」
エリーズちゃんが結論。
「今までとは、違う……」
リリーちゃんが、総括の言葉。
「気持ち悪いっ」
カティアちゃんが感想。
「ううっ……」
アリアちゃんが恐怖の表情。
「ンンンンッ? お前らは貴様らは魔法少女? 処女? ショショウジョウオォオ゛オ゛オ゛」
咲実たちは、ステッキの先端を水晶玉の人形へと向けている。
「魔法少女はもっと潰れるべき潰れて潰れり潰れら潰れろ最上最高最勝対象ォオオオオ」
「『チェリーブロッサムライト』」
咲実が言の葉を紡ぐ。先陣を切った。
咲実のメタリックピンクのステッキ、その先端の先から桜色の輝き。
数メートルはある、球体上の桜色の光弾。
解き放たれ、空を駆ける。
一直線。線上には敵。
『ゲシュペンスト』を撃ち砕くべく、力の光は高速で迫る。
「『フードルトネール』
エリーズちゃんのメタリックイエローのステッキから紫電、爆雷が放出。
「『ヴァッサーロアクア』」
リリーちゃんのメタリックブルーのステッキから水、超圧力、振動の暴流が発砲。
「『イクスフィアンマ』」
カティアちゃんのメタリックレッドのステッキから凡てを焼き尽くす業火が発散。
「『シュルフトランド』」
アリアちゃんのメタリックブラウンのステッキから大岩が瞬速射出。
総戦力の魔法が、放たれる。
演習場で見たときよりも、皆、魔法の規模が膨大。
初手の最上手、全力の力で叩き潰す。
魔法少女たちの、強力無比、絶対的な力。
それには何者だろうと為す術がない。
――なのに。
そのはずなのに。
にも拘らず。
どうして。
いやな予感は拭えない。
寧ろ増大。
『ゲシュペンスト』が、水晶の体の手の部分を前に翳した。
巨大水晶玉が、何も存在しない虚空から、瞬時にして顕現。
勢いも付けていないのに、その地点から豪速で放たれる。
桜色の光弾が、水晶玉と激突。
光弾は掻き消される。水晶は砕けた。
相殺。
咲実の、全てを消滅せしめた光弾を、化け物の力は相殺した。
大岩、『ゲシュペンスト』が身を逸らせ避けた。
だが、続く爆雷、暴流、業火、魔法が命中していく。
魔法少女の力が、化け物を討ち殺さんと発揮された。
轟音。
魔法の嵐で視界が塞がれる。
風圧が吹き付け、砂埃が舞う。俺は腕を掲げて視界を護った。
やがて。
攻撃が止み、視界が晴れる。
命中、したはずだ。
魔法少女の、強力な超常が、敵を殺す為に効果を揮ったんだ。
どんな存在だろうと、倒して見せてくれるのが魔法少女なんだ。
しかし。
視界が晴れた先。
そこには、無傷で平然と立つ、水晶玉の人形がいた。
あれだけの魔法を食らって、大して効いている様子がない。
化け物はまだ、立っている、動いている。
俺の頭の中は警鐘と警笛が乱雑に叩き鳴らされ、焦燥感が胸を支配した。
いやな予感は、最大限まで迫って来ていた。
まずい。やばい。どうにかしなければ。
このままでは、最悪へと堕ちる。
「……くそっ」
けれど、俺に入る余地はない。
繰り広げられる魔法少女と『ゲシュペンスト』、超常同士の戦い。
こんなの、平和な日本の道場で鍛えただけの俺が、入り込める余地がないじゃないか。
魔法や化け物の力に比べたら、俺の力のなんと小さいことか。
超常には、超常しか対処できない。
あの化け物を倒せるのは、魔法少女だけなのだ。
「弱き! 小さき! 儚き! 少女はアアアアァァァア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
『ゲシュペンスト』が、不可解な声ともいえない声で、言った。
「潰れろ」
「『フードル――
ぐちゃ。
そんな、音だった。
俺の耳に入ったのは、そんな呆気のない音だった。
エリーズちゃんが、潰された。
「は」
変な息が、俺の喉から漏れた。
エリーズちゃんが、魔法を放つ為の詠唱途中。突然頭上に現出した巨大水晶玉に、潰されたんだ。
咲実から聞いた回復魔法もすでに意味を成さないだろう即死。
「はっ……はっ……」
息が荒く、過呼吸気味になる。
眩暈がする。
現実感が湧かない。意識は転倒。
落ちた水晶玉の端から、エリーズちゃんの華奢な腕が手が覗いている。
赤が、そこから広がっている。
少なくない、大量の、赤が。人ひとり分の、血が。
垂れ落ちた手の先には、メタリックイエローのステッキがただ転がっていた。
「いやああああああああああああああああ!!」
アリアちゃんの悲鳴。
俺は膝を突き、嘔吐した。
朝食が地面に吐き出される。
えずく。
「ヒャハハハハ潰れた潰れた潰れたアッ!」
耳障りな音。耳鳴りがする。
雨音だけが、やけに大きく聞こえる。
エリーズちゃんの血も、俺の嘔吐物も、等しく雨に流されていく。
すべてを闇に包むかのように、あるいはすべてを浄化するように。
なんだ、これは。
なんなんだ、これは。
俺は、こんなの……。
こんなのは。
「よくも! よくもよくもお! 『イクスフィアンマ』!」
「『チェリーブロッサムライト』!」
「『ヴァッサーロアクア』……!」
「…………『シュルフトランド』っ!」
魔法少女たちは、やはり強い。
無様に膝を突いている俺とは違って、悲しくても立ち止まらずに、すぐに戦うことができている。
友達が目の前で殺されて、何も感じていないわけがないのに、切り替えることができたわけでもないだろうに、やるべき行動に移している。
何度も修羅場を潜ってきた、歴戦の魔法少女なのだろう。
されど。
またしても、同じ流れ。
化け物は水晶玉を放ち、咲実の魔法と相殺させる。
他の魔法は、避けるか、命中しても僅かなダメージ。
水晶の体が、煤ける程度。
カティアちゃんが、後ずさる。
その顔には、恐怖が浮かんでいた。
「なんで……。今までは、こんなに強くなかっ――
ぐしゃり。
水晶玉がカティアちゃんの頭上から落ちた。
潰され、殺される。
カティアちゃんも、死んだ。
死んでしまった。
「撤退!」
咲実が叫んだ。
その言葉に、残りの二人は従った。
アリアちゃんが涙を流して、これ以上ないほどの悲しみを湛えた表情で、『ゲシュペンスト』とは反対方向へと走り出す。
リリーちゃんも、一緒に走り出す。今は無表情が崩れ、悲しみと悔しさが瞳に表れていた。
咲実も、それに続いて走り出す。
俺も、こんなところで座り込んでないで、逃げなければ。
「逃がして逃がすか逃がさない逃がしては置けない逃がすはずがないぃいいい゛い゛っっ人は魔法少女はツブレエエエエエエエエエエエエエエエエエ゛エ゛エ゛エ゛ェェッッロ」
そんなことを喚いた化け物は、何もせず立ったままだった。
追いもしないし、攻撃もしない、今は。
いやな予感。感覚。莫大。
俺は、叫ぼうとした。気をつけろ! と。
されど、声が発される前に事は起こる。
背を向け走る咲実たちに向けて、水晶玉が放たれ、迫る。
咲実たちは、振り返った。
「任せたよ!」
咲実が言うと、アリアちゃんとリリーちゃんがステッキを構えた。
「『ヴァッサーロアクア』!」
「『シュルフトランド』!」
大量圧縮した水の奔流と巨大な岩塊が、迫る水晶玉と衝突。
水晶玉は割れ、半壊。軌道を逸らされ三人の横を落ち滑り転がっていく。
――咲実たちの頭上に現出する水晶玉。
「つぶれろ」
化け物の不快不可思議な声。
「『チェリーブロッサムライト』!」
咲実が詠唱を叫んだ。
ステッキを頭上に向けて。
桜色の消滅光は、頭上の水晶玉へと命中、粉砕し、消滅させた。
咲実たちは再度走り出す。
背を向け、走り出した瞬間。
水晶玉が、放たれる。
それも、二つ同時に。
さらに、先までよりも速い。
避けれない。
そう悟ったのか、リリーちゃんが咲実とアリアちゃんを左右に突き飛ばした。
リリーちゃんは水晶玉をもろに喰らった。
物の様に叩き飛ばされ。
水晶玉と家との間に挟まれて潰れた。
死んで、しまった。
突き飛ばされた二人は無事、ではなかった。咲実は怪我はないように見える、だがアリアちゃんが足をあらぬ方向に曲げて倒れていた。足以外にも怪我をしているように見える。つまり重傷。
俺の視界は揺れている。
液体で揺れている。
落涙と雨の区別がつかない。
嗚咽が漏れた。
俺は、悲しくて悲しくて、ただ泣いた。
跪いて、ただただ泣いた。
現実だった。決死の戦闘。残酷な戦場。武力同士が激突する。それによって起こる殺し合い。それが現実だった。
思い知らされた。
総じて、殺し合いはどちらかが死ぬものだ。魔法少女が死ぬことも、あるんだ。こんなに、残酷に、凄惨に、無残に、あっけなく。
殺されてしまうんだ。
――――。
魔法少女。
魔法少女が。
魔法少女が死ぬなんて、間違っている。
強く、その一念が貫いた。
それは、芽生え。
それは、兆し。
もう、咲実たちに抗う力は大して残されていない。
アリアちゃんは立てもしないだろう。
アリアちゃんに回復魔法を使えば別かもしれない、しかし今使える状態なのかも、それをさせてくれる隙があるのかも分からない。
逃げることは、できない。
だったら。
俺はなにもできないけれど。
行動するしかない。
俺は、戦場に出た。
咲実の前へと、『ゲシュペンスト』との間に立ちはだかる。




