魔物 -マッドウルフ-
魔物。
その言葉が指し示す生き物はあまりにも多い。
その中には人語を理解して共存できるものや、食材として市場に出るもの、
毛皮や牙など採れる素材の価値が高いなど多種多様なのである。
もちろん凶暴であったり、その生態から積極的に駆除が推奨されるものもいる。
そして、トールの目の前にいる魔物もそんな凶暴な一種だ。
飛び出してきたのは一メートルほどの体躯の狼に似た獣。数は前から三匹、左右から二匹。
体毛は黒に暗い灰色の筋が混ざり、瞳は赤く縦に裂けている。
”狂 狼”、群れでの狩りを得意とする魔物である。
単体での危険度は低い方だ。しかし、「討伐優先度」言われる発見された時の
優先順位は高く設定されている。
というのも基本的に四~五匹、多い場合は十数匹の群れを成すためだ。
そして一番の理由となることがある。こいつらの最も好む食料が”人肉”であるという事だ。
「全部で五匹、先に来るのは……左右の奴らか!」
左右のマッドウルフは走ってきた勢いのまま飛びかかろうと距離を詰めてくるが、
前方からの三匹は目を引き付ける役割のようでやかましく吠えている。
そう判断し、トールは右側のマッドウルフへと向けて素早く踏み込んだ。
「クイック……」
左半身を少し前に出し、右手に持つ剣を後ろへとグッと引く。
「スラストォッ!」
気合を込めた声と共に矢の様な速さで突きを繰り出す。
「ガァ……」
狙い通りマッドウルフの頭部へと突き刺さる。ほとんど声もあげずに一匹は落ちた。
__ぞわっ!
「っ!?」
殺った、そう思った瞬間に体に得体のしれない感覚が襲う。
それは右手の先、今殺したマッドウルフの方から何かが流れてくるような、そんな感覚だった。
何が起きたのか分からなかったが、そこに隙が生まれてしまった。
「ガアァウ!」
「しまっ!?」
右肩に衝撃と鋭い痛み。妙な感覚に気を取られ左から迫ってきていた方に噛みつかれてしまった。
「……ッ! このっ!」
剣を持っている肩を噛まれた以上は剣での対処は出来ないため、左手に魔法を構築する。
「離れろ! 雷の__」
右肩に噛みついているマッドウルフの頭を鷲掴みにすると同時に
「一撃!」
「グアアァァ!?」
バチィバチィ! ボシュ!
苦悶の声がマッドウルフから上がり、肩から重量感が無くなると同時に鈍い痺れがくる。
一匹目に刺さったままの剣を引き抜き、次に対応するべく体勢を整える。
生き物が焼けた独特の臭いが鼻をつく。さすがに威力が強かったらしい。
「グウゥゥ……、ウゥゥ……」
どうやらかろうじて息があったようだが、弱弱しい鳴き声を出した後動かなくなった。
__ぞわっ!
また同じ感覚が伝わってくる。いったい何なのだろうか。
肩の傷の程度も気にしたいが相手はまだ三匹残っている。
「グルル……」
「ガウッ!ガウッ!」
「ガルッ、フーッフーッ」
「ふぅー……」
相手三匹はどうやら二匹の犠牲をもとに俺の事を分析しているようだ。
とはいえそれは俺をどう狩るか、という点についての分析だろう。
こちらとしても少し落ち着きを取り戻せたのでありがたいと言えばありがたいが。
右肩を軽く動かすが、ピリピリするだけで動かすには問題ない様だ。
剣を正眼に構え直して相手の出方に神経を傾ける。同時に来るか、波状か。
グッ、と三匹の足に力が込められ、力を溜めているのが姿勢から感じられる。
互いに相手の出方を見て数十秒。
__来る!
張り詰めた空気を切り裂くように、三匹は獣らしい瞬発力の高さでこちらへと向かってくる。
三匹は同時に攻撃して的を絞らせないやり方で来るようだ。
「だったらまとめて相手してやるさ」
剣を持つ手に力を籠め、左手に再び魔法を構築する。狙いは一番前に居る奴だ。
「雷の矢!」
魔法を放つと同時に俺は駆け出す。迸った雷は避ける暇を与えずに命中したようだ。
とはいえまだ死んではいない、素早く近づき剣で止めとして突きを入れる。
この時またあのぞわっとした感覚がが三度目ともなると想定内だ。
これで残りは二匹。そして後ろの二匹は先頭がやられたことでたたらを踏んでいる。
「スイングスラッシュ!」
その隙を逃さずに剣に力を籠め、大きく振りかぶって横薙ぎに切りつける。
剣の刃が潰れているのを構わずに一匹目の胴体を力で切り裂き、そのまま二匹目へと叩きつける。
「オッラァァァ!」
しかし一匹目と同じく切り裂くと思われた剣は肉に少し入り込んだところでバキィン! という
音と共に半ばほどからぽっきりと折れてしまう。
「チッ! 剣がもたなかったか! それなら……!」
相手を吹っ飛ばすためにおもいっきり蹴りを放つ。
距離を取るための攻撃であり、決して相手を倒せるとは思っていなかったのだが……。
ぐしゃっ
「これでも食らっ……お?」
横っ面への蹴りがマッドウルフの半面を完全に潰していた。
確かに全力で蹴りはしたが、俺は顔面を蹴り潰すほどの格闘能力を持ち合わせては無い。
まったくをもって何がなんなんだかさっぱりである。
足先から伝わるぞわぞわした感覚がそんな疑問を考えるのを現実に引き戻す。
剣も折れて使えなくなった以上は、兎にも角にも帰るための行動に移る。
とりあえずマッドドックの討伐証明として尻尾を手早く切り取っていく。
マッドドックの素材は、「食えない・使えない・価値がない」と三拍子そろっているため
討伐優先度が高いのに討伐する者が少ない。なのでそのような状況を作らないように
討伐報奨金を高くしてあるのだ。実際にそうでもなければ誰も好き好んで相手にしないだろう。
そして最後に右肩の傷に手を当てて具合を確認したのだが。
「……! 傷がない?」
防具には牙が貫通した穴がしっかりと開いているが、そこにはあるはずの噛み傷がなかった。
「ダメだ、分からんことが多すぎて頭が痛くなってきた」
そうぼやき、俺は考えるのを諦めて町へと再び移動を始めたのだった。