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エンドリア物語

「護符フェスティバル」<エンドリア物語外伝38>

作者: あまみつ

「おい」

 後ろから声を掛けられて振り向くと、ロイドさんがいた。

 アロ通りの老舗古魔法道具店の店主で、言葉遣いと態度はぶっきらぼうだが親切で良い人だ。古魔法道具業界に詳しくないオレは店のことで困ったことがあると色々と相談に乗ってもらっている。

「おはようございます」

「今度、護符フェスティバルをやる。桃海亭も店を出すか?」

「どこかの祭りに出店するのですか?」

「来月の8日から12日まで、ラルレッツ王国で白魔術師達による大規模な研究会が行われる。大勢の白魔術師が集まるそうだから、街道の通り道にあるニダウで来月の5日、城門外の広場で護符を売ろうということになった」

「ニダウの古魔法道具店が集まって店を出すんですか?」

「エンドリア王国全土と隣国のタンセド公国とダイメンからも出店する。古魔法道具店と魔法道具店と護符屋で約120店舗が出店を希望している」

「大規模ですね」

「出店料は間口90センチで銀貨2枚」

 銀貨2枚の利益がだせるだけの在庫があったかオレは考えているオレに、ロイドさんが言った。

「顔を出せ」

 ロイドさんがオレに声を掛けた理由がわかった。

 弱小の桃海亭が大きな店に混じって稼げるはずはない。

 近隣の店に新参者のオレを紹介してくれるつもりなのだろう。

「よろしくお願いします」

 深々と頭を下げると、ロイドさんがうなずいた。




「シュデル。ロイドさん主催の護符フェスティバルに出ることになった。間口90センチの場所に店を構える。出せそうな護符を全部出してくれ」

 護符といっても、様々なものがある。名前のように紙に書いた守りの札もあれば、豪華な宝石をはめ込んだアミュレットのようなものもある。使い捨ての簡易護符から何度使用しても効果が変わらなものもある。値段も効果や材質によってピンキリだ。

「わかりました」

 シュデルが手際よく集めてきたのを、店のテーブルに並べた。

「これだけか?」

 宝石のついたヘアバンドが1つ、小指の先ほどの宝石がついたペンダントが1つ。足につける銀製のアンクレットが1つ。

「装飾品の護符は仕入れ値が高いので、店長がほとんど仕入れませんから」

「そうなんだよ。やけに高いんだよ。デザイン料が加算されていますから、っていうんだぞ。新品じゃないぞ、古魔法道具だぞ。納得できるか?」

「あと残っているのは、僕のせいで非売品に指定された護符くらいです」

 シュデルが申し訳なさそうに言った。

「宝飾品以外の護符はなかったか?」

「桃海亭は古魔法道具専門ですから、扱っている護符は身につけやすいアクセサリーがほとんどです」

 紙や木片に書いた使い捨ての安価な護符は、護符屋が売っている。

「商品が3つというのは、少ないよなあ」

 困っていたオレの横を、トテトテとムーが歩いていく。

 ポシェットをつけているところをみると、買い物に行くようだ。

「ムー」

 呼ぶと振り向いた。

「魔術師なら誰でも護符を作れるのか?」

「作れるしゅ」

「紙に書くタイプの護符の作り方をシュデルに教えてやってくれないか?」

 シュデルに作ってもらえれば、元手がかからずに売り物が増える。

「なして、ボクしゃんが、教えるしゅ?」

「護符フェスティバルが開かれるんで店を出すんだが、売り物がない」

「ゾンビ使いも書けるはずしゅ」

「そうなのか?」

「はい、書けますが、僕が書ける護符はレベルが低く、護符屋さんの商品と被ると思います。実際に使ったことがないので、発動するかもわかりません」

「護符が発動しないのは、まずいよな」

「使われた方の命が危険にさらされることになります」

 そうなると、頼めるのはムーだけだが、ムーの製作した護符。

 頼むか迷うところだ。

「ボクしゃんが作ってあげるしゅ」

 珍しくムーから言ってきた。

「本当ですか、助かります」

「……ムー」

「どうしたしゅ?」

「護符だからな、護符」

「わかっているしゅ」

 護符屋には置いていないような護符を、前日までに5枚書いてくれると約束してくれた。

 90センチのテーブルに、宝飾品が3つに紙片が5枚。

 見た目がかなり寂しいが、参加目的が顔つなぎだからいいと自分を納得させた。

 フェスティバルまであと8日。

 他の店にはどんな商品が並ぶのだろう。



「盛況だなあ」

 早朝、城門外広場に行ったオレは集まっている人の数に驚いた。

 広場に線が引かれ、区画ごとにナンバーが書かれている。すでに設営をはじめている店も多くあり、大型のテントが張られ、テーブルが並べられている。

 オレの持ち物は、折りたたみ式の木のテーブル1つと椅子が1脚。日除けの傘。売り物の品物が3つとムーに書いてもらった5枚の護符。テーブルにかける布が1枚。

 桃海亭に割り当てられた区画を探し、テーブルと椅子を置いた。テーブルに布をかける。終了。

 設営時間は1分弱。

 商品を並べるのには、まだ早い。

 することがなくなってしまった。

「暇そうだな」

 テーブルの向こうに立っていたのは魔法協会エンドリア支部の経理係ブレッド・ドクリル。情報マニアで、どうやって知るのか魔法協会の重要機密からアロ通りの八百屋の特売品まで詳しく知っている。

「来るのが早かったみたいだ」

「商品を並べなくていいのか。飾り付けとかあるだろ?」

「ヘアバンドとペンダントとアンクレットが一つずつ。すぐ終わる」

「その3つだけかよ」

 驚いている。

 やはり少なすぎるようだ。

「他にもムーに紙に書いてもらった護符が5枚」

「どんな効果があるんだ?」

 言われて気がついた。

 知らない。

 今朝、店のテーブルに置かれていた。それを持ってきただけだ。

「魔術師なんだから、護符を見ればわかるだろ?」

「お前、何を言っているんだ?」

「魔術師は護符の勉強をしているんだろ?」

「そりゃしているさ。でも、お前が持っているのはムー・ペトリの護符だぞ」

 ブレッドが怒っている。怒っているのはわかるが、なぜ怒っているのかがわからない。

「オレはムーに護符屋の護符と内容が重ならないように書いてもらったぞ。護符屋に迷惑は……」

「ちょっと、見せてみろ」

 5枚の護符を布鞄から出して渡した。

 5枚とも書いてあるグニョグニュが違う。

「こりゃ、ダメだ」

 ブレッドが片手で頭をゴシゴシしながら、オレに護符を返した。

「高度すぎて、オレには全然わからない。売るつもりなら、ムー・ペトリに使用方法と効果を確認してからの方がいい。とんでもないものの可能性があるぞ」

「やばいものなのか?」

「だから、やばいものか、良いものなのか、オレにはわからないんだ」

「これがないと、売る物が3つしか…」

「そんなこと言っている場合かよ。とにかく、フェスティバルが始まるまでにムー・ペトリを探して聞き出せよ」

「わかった。教えてくれてありがとう」

 オレは【開店準備中、桃海亭】と書いた紙をテーブルに置き、飛ばないように石をのせ、走って店に戻った。

「ムー、ムーはまだ寝ているよな?」

「先ほど、出かけましたが」

「なんで、いないんだ!いつも、まだ寝ている時間だろ!」

 焦っているオレにシュデルが聞いた。

「どうかしましたか?」

「ムーの護符の効果がわからない」

「はい?」

「シュデルにわかるか?」

 布鞄から出して渡した。

 丹念に見ている。

「僕の知識では見たことがないものばかりです。道具たちもわからないそうです」

 一応、聞いてみた。

「このまま売ったらまずいか?」

 シュデルが少し考えた。

「……保証なしなら」

「保証なし?」

「昔の護符、といっても宝石のはめこんであるような高価なものですが、使用している魔法が解析できず、効果不明、何が起きても保証しないということで売る場合があります」

 護符5枚。

 それぞれ銀貨1枚で売るつもりだった。

「わかった。とにかく、ムーを探そう。シュデルはキケール商店街で聞き込みをしてくれ。オレはニダウで行きそうなところをあたる。見つからなかったら【効果不明、保証なし】で売ろう」

 売れなくても、問題はない。

 商品が8点に増える。

 うまくすれば銀貨5枚が手に入る。




 フェスティバル開始30分前、オレは会場である城門外広場の入り口にいた。

 ムーは見つからなかった。

 商店街の人には頼んでおいたので、ムーが戻ってきたら、ムー本人に会場に来てもらうことになっている。

「保証なしでも、売れるかなあ」

 桃海亭に割り当てられた区画に向かって歩き始めた。

 オレ達のように小さな区画の店も多いが、飾り付けが凝っていたり、手作りの看板を掲げていたりと気合いの入れ方が違う。

 テーブルに布をかけただけの店も、商品が20個以下の店も見あたらない。やはり、護符も5枚並べようと心に決めた。

 枯れ木も山のにぎわいだ。

「おい、オレが先だ」

 怒鳴られて、顔を上げると若い白魔術師がいた。

「オレが先に列に並んでいたんだ。割り込むな」

 言われて気がついた。

 長い列の最後尾に横に入る形になっていた。

「すいません」

 慌てて離れたが、白魔術師に怒鳴られた。

「一般人は来るな!」

 怒鳴れたのは久しぶりだなと思いながら、店に向かった。

 ニダウは風土のせいか魔術師による一般人への偏見がないが、国によっては魔術師による一般人への蔑視がひどい。今回研究会が開かれるラルレッツ王国など最たるものだ。

「おい、ついてこい」

 桃海亭の出店区画に到達する前にロイドさんに捕まった。

 オレの前をすごい勢いで歩いていく。

 慌てて後を追った。

「ムーは捕まったか?」

 なぜ、ムーのことを知っているのか不思議に思いながらも返事をした。

「いいえ」

「こっちだ」

 角の場所にテーブルを2つ並べた大型の区画に入っていく。

 店主らしき小柄な壮年の魔術師にロイドさんが言った。

「さっき話した件、頼めるか?」

「はいはい、こちらへ、どうぞ」

 区画の奥の仕切られた場所に、座って紙に何かを書いている魔術師がいた。小太りで分厚いメガネを掛けている。護符や呪符などを専門に書く符師のようだ。

「渡せ」

 ロイドさんの言葉が少ないのはいつものことだ。

 オレは布鞄から、ムーの5枚の護符を符師に渡した。

 丹念に見ている。

 そして、新しい紙を取り出すと、ムーの護符を見ながら書こうとした。

 ゴガーーン。

 すごい音が響いた。

 壮年の魔術師が片手に、金属バケツを持っていた。側面がへこんでいるところを見ると、容赦なしの一撃だろう。

 殴られた符師は、うつむいて後頭部を両手で押さえている。

「ガッティ!やるなといつも言っているだろうが!」

 壮年の魔術師の迫力に、オレは数歩さがった。

「……ちょっと、写すだけだ」

「サイン入りを写せないのは魔術師の常識の常識の常識だ!」

 オレが首を傾げたのがわかったのだろう。

 ロイドさんが護符の角を指した。

「ムー・ペトリが作ったというサインが入っている」

 折角教えてもらったのだが、名前どころか字にすら見えない。

「どんな効果だ?」

 ロイドさんの質問に符師のガッティさんは首を横に振った。

「オリジナルな部分は多い。高度な術が含まれいるから、すぐには解析できない」

「本当にわからないのか?」

 壮年の魔術師が確かめている。

 ガッティさんは5枚をテーブルに並べた。

「この紙は木を操るようだ。これは水系、これは風系、こっちは防御魔法、それからこれは…」

 模様が特に変な1枚をさした。

「…召喚だな。何がくるかまではわからない」

「それ以上、詳しいことはわからないのか?」

「わからない。時間をくれれば、解析できるかもしれない」

「どれくらいで解析できる?」

「1枚10日あれば」

 開店までには間に合いそうもない。

「効果不明、保証なし、で、売ったらまずいですかね」

 オレとしては、効果より金だ。

 ロイドさんがオレをみた。

「いくらだ?」

「銀貨1枚…」

「買った!」

 符師のガッティさんが手を挙げた。

「冗談だな。いくらだ?」

 もう一度、ロイドさんに聞かれた。

 ロイドさんの目尻がつりあがっている。オレは金額設定を間違ったらしい。だが、適正な金額がわからない。

 最終手段に出た。

「ロイドさんに決めてもらうつもりでいました」

「1枚、金貨20枚」

 思わず、ゴフッと言いそうになったのを両手で押さえた。

 全部売れれば、金貨100枚。

 しばらく、肉が食える。仕入れの金を心配することもない。

「買った!」

 ガッティさんが手を挙げた。

「全部、オレが買う!」

「ダメだ」

 ロイドさんが即座に言った。

 出遅れた。

 オレは『売ります』と言うつもりだったのに、言う前にロイドさんが断った。

「今回、出店の関係者は購入を禁じている。欲しければ、フェスティバルが終わった後に交渉しろ」

「わかった。売らないでくれ」

 オレに頼んできた。

 その直後、ガッティさんが椅子から転がり落ちた。壮年の魔術師が椅子を蹴飛ばしたらしい。

「すまないねえ。今のは聞かなかったことにしておくれ。あんたにも都合があるだろ。売れ残ったときには交渉させておくれ」

 穏やかな口調でニコニコと言われたので、オレはうなずいた。

 金貨20枚で、効果はわからず、保証もない。

 簡単には売れないだろう。

「準備はできそうか?」

「なんとか、なりそうです。ありがとうございました」

 オレは深々と頭を下げた。

 うなずいたロイドさんは、開催本部テントの方に歩いていった。

 オレは大急ぎで、桃海亭の区画に向かった。さっき、オレが横入りしそうになった行列は、さらに長くなっていた。

「どこの店に並んでいるんだ?」

 行列の先頭に見て驚いた。

 桃海亭のテーブルの前にいた。




 まずい状況だというのはわかった。

 商品は8つしかない。

 並んでいるのは、4、50人はいる。

 オレは桃海亭の区画には入らず、少し離れたところから、どうしようかと考えた。

「すげぇーことになったな」

 ブレッド・ドクリルが声をかけてきた。

 情報通はこんなときは助かる。

「この行列が、なぜできたのか知っているか?」

「そりゃ、ムー・ペトリの護符を買うために並んでいるに決まっているだろ」

「へっ!」

 オレの口から素っ頓狂な声が出た。

 さっきは金貨20枚。今度は行列。

 ムーの護符にとんでもない価値がついている。

「こいつら……じゃなくて、こちらに並んでいる方々は知っているのか。ムーだぞ、ムー。護符が発動した途端に、命が消えるかもしれないんだぞ」

「じゃあ、オレから聞く。ムー・ペトリの護符ほど研究者にとって価値がある護符が、今のルブクス大陸にあるか?」

「あるだろう。桃海亭にもあるぞ。安心、安全、命の保証付き」

「オレがいっているのは『研究者にとって』だ。今回、ラルレッツ王国に集まっているのは、研究者達だ」

「つまり、ムーの護符を研究したいのか?」

「さっき見せてもらったが、あれほど高度な護符を見たのは、初めてかもしれない」

 謎が解けた。

「ブレッド。桃海亭がムーの護符を売るという話を広めたのはお前だな」

「オレが言ったのは、ロイドさんとガガさんだけだ」

 ガガさんに言えば、ここにいるエンドリアの魔術師に一斉に伝わる。あとは、人づてに一気に拡散するだろう。

「ブレッド、頼みがある」

「オレにできることなら喜んでしよう」

 オレは持っていた布鞄をブレッドに渡した。

「この中に商品が3つ、護符が5枚ある。商品にはそれぞれ値札がついている。護符は1枚金貨20枚」

「金貨20枚!」

「ロイドさんがつけた価格だ」

「やっぱ、すげぇーーんだな」

「オレの代わりに売ってきてくれ」

「おい、冗談はやめろよ」

「さっき『一般人は来るな』と怒鳴られた」

「いるよな。感じの悪い魔術師」

「品物が足りないのに一般人のオレが売れば、文句を言う魔術師が必ずでる。手数料として金貨1枚払う。どうだ?」

 高額だがオレが売って、トラブルになるよりいい。

 ブレッドはちょっと考えた。

「わかった。引き受けてもいい」

「悪いな」

「そのかわり、売り方を変えてもいいか?」

「何を変えるんだ。もう、時間がないぞ」

 開始10分前だ。

「まかせておけ。すぐ戻る」

 そう言うと布鞄を片手に、駆けていった。

 行列はどんどん長くなっていく。このまま開始時間を迎えると、他の店の邪魔になってしまう。

 開始時間になってもブレッドが戻らなければ、オレが出て行って行列に移動してもらうようお願いするしかない。一般人のオレの願いを聞いてくれるかわからないが、やるしかないと思っていたところにブレッドが戻ってきた。

 オレのところには来ず、桃海亭の区画の前に立った。

「すみません。桃海亭の販売担当のブレッド・ドクリルです。いまから、整理券を配ります。受け取った方はフェスティバル開催本部の裏手の空き地に行ってください。そこで販売方法を説明します」

 オレはホッとした。

 これなら、他の店に迷惑をかけなくてすむ。

「はいはい、すぐに配りますから」

 手慣れた様子で整理券を配りだした。一度だけオレの方を向いて、片目をつぶった。

 言いたいことはわかったので、オレは先に本部事務所の裏手の空き地が見える場所に移動することにした。

 整理券を配りながらブレッドが、質問に答えていた。

「ムーの護符ですか。もちろん、販売します。ただし、枚数に限りがあるので簡単なテストを受けていただくことになりますが」




「これから、ムー・ペトリの護符を販売します」

 裏手に集まった人々に、ブレッドが大声で言った。50人を越えているように見える。

「枚数は5枚。そこのテーブルに1枚ずつ置いてあります」

 見慣れた正方形のテーブルが5つ。エンドリア魔法協会支部で使われているイベント用の折りたたみテーブルだ。急いで運んできてくれたのだろう。

 見に行こうと移動し始めた人々の背中に、ブレッドが言った。

「護符の効果がわかった方だけにお売りします」

 数人が足をとめた。

「どういうことだ?」

 ブレッドに詰め寄った人もいた。

「値段は1枚につき金貨20枚。それぞれに番号がついています。護符の効果がわかったら、こちらに座られている符師の方に番号と効果を言ってください。正解でしたら購入の権利を手に入れる、ということになります」

「整理券の意味がないだろう!」

「同時に2人の方が正解した場合は、整理券の番号が小さい方が手に入れます。そうはいっても、早いもの勝ちなのは変わりません。質問するより、急いで護符を見た方がよくありませんか?」

 一斉のテーブルに向かって駆けだした。

「触らないでくださいよ。売り物ですから!」

 ブレッドが大声で注意している。

 テーブルについて護符を見ているが、ため息があちこちから聞こえる。

「こんなのわかるかよ!」という怒鳴り声もした。

 ブレッドに可愛い女の子が近づいた。

「師匠に良い護符を買ってこいと言われたんです。お願いです。売ってください」

 目をうるうるさせて、訴えた。

「はいはい、売って欲しければ、解析してね」

 魔法協会エンドリア支部の経理担当だけあって、可愛い女の子のお願いにも、まったく動じない。

「おい」

 離れたところから観察していたオレにロイドさんが声をかけてきた。

「行くぞ」

 近隣の古魔法道具屋を紹介してくるらしい。

「よろしくお願いします」

 ロイドさんに連れられて、一通り挨拶に回った。全員が魔術師で魔力のない一般人のオレが古魔法道具屋をやっていることに驚いていた。

 ロイドさんに礼を言い、別れた後、オレは本部の裏手に戻った。

 まだ、1枚も売れていなかった。

 それなのに、人混みは減っていない。むしろ、増えている。

 ブレッドの声が聞こえた。

「整理券がなくても、ご覧になっていいですよ。効果がわかれば、購入できます」

 本部の一角には符師のガッティさんが座っており、その前には次々に人がやってきて、護符の効果を言っていく。ガッティさんは首を横に振ると、がっかりしたように去っていく。

 首を振るガッティさんは、とても楽しそうだ。

「おい…」

 人混みから、ひそひそ声がした。あちこちでしている。

 優雅が足取りで広場の裏手に入ってきた長身の青年が見えた。

 30歳くらいだろう。白と水色が模様になった上品なローブを着ている。着こなしから、ラルレッツの魔術師だとわかる。

 研究会が開かれるラルレッツ王国に住んでいるのだから、ニダウに来る必要はないはずだ。このフェスティバルはそんなに有名なのだろうかと考えていると、青年は側にあるテーブルの前に立ち止まった。

「これがムー・ペトリの護符か?」

 斜め後ろにいた魔術師に聞いた。白に緑の線が入ったローブを着ている。

「ここにある5枚、ムー・ペトリが書いたそうです」

「私が買っても良いのか?」

「もちろんです。ただ、護符の効果がわからないと購入できないそうです」

「試験があるのか。それは面白い」

 多くの魔術師がひそひそしているところを見ると、有名人らしい。あとで、ブレッドに聞けばわかるかもしれない。

 ゆっくりとした足取りで護符のテーブルを回って、ガッティさんが『召喚』と言ったところで足をとめた。置いてある護符を手に取る。

 ブレッドが『触らないでください』と言うと思ったのに、何も言わない。青い顔で長身の魔術師を見ている。

「これにしよう」

 そういうとガッティさんのところに持って行った。

「見事な護符だ。効果は召喚。極北の地に住むの大型種ビッグアイススライムの召喚する。これを金貨20枚で買えると実に運が良い」

「……正解です」

 言ったガッティさんが泣きそうだ。

 金貨20枚を置いて、長身の男は優雅な足取りで去っていった。

「……1枚、減ってしまった」

 ガッティさん、かなりショックらしい。

「あら、ここね、ここ」

 はしゃいだ声がした。

 はねるような軽快な足取りで裏手の広場に入ってきたのは、小柄な老女。緑と茶色のローブを着用。そして、首には高位の首飾り。

「護符、護符、あら、なんで、誰も買わないの?」

「先生、触ったらダメです。効果がわかった人しか、買えないんです」

 追いかけてきたらしい若い女性が、息を切らせながら言った。

「そうなの、あら、残念」

 ピョンピョンはねるようにテーブルを回り、1枚の護符を手に取った。

「先生、触ったらダメです!」

「これの効果はわかったもの。これ、もらうわね」

 袖に入れようとしたのを、若い女性がとめた。

「あっち、あっちで、効果を言って、お金を払うんです」

「いくら?」

「金貨20枚です」

「これが、金貨20枚。安いのねえ」

 また、跳ねるようにガッティさんの前に行った。

「この護符は茨による壁ができます。幹と枝とトゲと葉っぱもでるみたいね。かなりの大きくなるみたいだけれど、正確な大きさは学校の符師に解析させないと無理かしら」

「……正解です」

 ガッティさんの目が潤んでいる。

「じゃあ、もらうわね」

 素早く袖に入れた。若い女性が慌てて、肩からさげた布袋から金貨20枚を出してガッティさんに渡した。

「いい買い物が出来たわ。こんな護符も作れるのね。考えもしなかった。なんか幸せ~って思っちゃう」

 陽気に話しながら、フェスティバルの店の方に行った。

「……2枚、減ってしまった」

 ガッティさんは、塩をかけられたナメクジのようになってしまった。

 昼になり、オレは一度桃海亭に戻った。

 ムーは昼飯にも戻らず、どこに行ったのか手がかりも見つからなかった。

 午後になっても人混みは減らなかったが、護符は売れなかった。

 そのせいか、ガッティさんは元気を取り戻し、時間が経つにつれて笑顔になっていった。

 フェスティバルの終わりの時間が近づき、3枚は売れ残るかと思われたとき、老人が現れた。

 やせ細った枯れ木のような腕、腰は90度に曲がり、足下はたよりなく杖にすがるようにヨロヨロと歩いている。皺だらけの顔は100歳をこえているようにみえる。

 テーブルに乗った護符を見ると、無造作にとりあげた。

「爺さん、効果がわかる人が…」とブレッドが言いかけたのを、ロイドさんが遮った。

「あの方はグロス老だ」

 ブレッドが慌てて、胸に手を当て、頭を下げて礼をとった。

 ヨロヨロとテーブルを回り、護符を3枚集めると、ガッティさんのところにやってきた。

 ガッティさんの顔には滝のように汗が流れている。

「……久しぶりだな、ひよっこ」

「グロス老においては、お元気そうで何よりです」

 ガッティさんの前のテーブルに、グロス老は持っていた3枚の護符を並べた。

「いくらだ」

「金貨60枚になるかと」

「請求しておけ」

「わかりました。私の方でしておきます」

 ガッティさんが全身で『早くあっちに行ってくれ』と言っているのがわかる。

「こいつとこいつの効果はわかるな」

 グロス老は順番に2枚の護符を指さした。

「も、もちろんです」

「言ってみろ」

「水系と風系の防護壁の出現です」

「それだけか?」

「……はい」

「30点、落第だな」

 いつの間にか、群衆が2人を遠巻きにしていた。

 グロス老は、最後の一枚を指した。

「防御魔法などというふざけた答えを言ったら、どうなるかわかっているな?」

 ガッティさんがさっきオレに『防御魔法』と言った護符だ。

 うつむいて護符を必死に見ているガッティさんの額から汗がボタボタと滴っている。

「どうした。符師として名を売っているようではないか。これくらいわかるだろう」

「……反射……魔法反射…かな」

 コォーーン!

 杖で下からすくいあげるように、顎を殴られた。

「『かな』とは、どういうことだ」

「す、すみません」

「正解だ。魔法反射の効果はある。だが、魔法反射より有益な効果がついている。それは何だ?」

 必死に護符を見ているガッティさんの顔が、崩壊している。泣いているのか、笑っているのか、追いつめられているのだけはわかる。

「……わかりません」

「勉強せい」

 そういうと、3枚ともグロス老は懐に入れた。

 ロイドさんが急いで寄っていった。

「お久しぶりです。グロス老」

「面白い物があると聞いてきたのだが、良い物を手に入れられた」

「それは、ようございました」

 商売人の顔をしたロイドさんが、愛想良く言った。

 雑談をしながら、2人で遠ざかっていく。

 残されたガッティさんは、うつむいていた。

 話しかけていいのか迷っていたら、少しして顔を上げた。

「……残り0枚」

 頬を濡らす涙は滂沱となってあふれていた。




「つまりよ、最初に買った御仁はラルレッツ王国の王族の、っていっても端っこの端っこで、王位継承権25番目くらいの人だけど、召喚魔法を使えるっていうので有名な人なんだよ」

「やっぱ、ラルレッツ王国の人だよな。なんで、ニダウのフェスティバルに来たのかな?」

「出店数が多かったからかな。ニダウなら割と近いし、見に来たんじゃないのか?」

 フェスティバルが終わって、自分の店を片づけた後、本部の片づけの手伝いにはいった。そこにブレッドがいたので、今日護符を買ってくれた人について聞いてみると、すぐに答えが返ってきた。

「二番目の女性は賢者だ。賢者エメット。植物を操る魔法を得意としている。魔法協会本部の研究部門に所属している」

「植物が専門だったから、護符の効果が茨の壁とわかったのはわかるが、買うなら自分の魔法で作れる植物の壁じゃなくて、別の方がよくなかったのか?」

「簡単に言うなよ。専門でもわからなかった奴がほとんどだぞ」

「なんか、金がもったいなような」

「お前のそういう考え方を聞く度に、貧乏なんだな~って思うよ」

 反論のしようがない。

「最後のグロス老はコーディア魔力研究所の符学の教授だ。ガッティさんもそうだが、有名な符師のほとんどがグロス老の門下生だ。お年を召しているので肩書きは名誉教授だが、ルブクス大陸で最高の符学の研究者であることは誰もが認めている」

「それなら、ムーの護符なんて買わなくていいんじゃないのか?」

「ここまで、ムー・ペトリの価値がわかっていないと喜劇だな」

「ムーの価値…」

 ニダウでの最近の呼び名は【ピンクのチビ】

 それだけで、誰を指すのかわかるほど、オレを巻き込んで、頻繁に事件を起こしている。

「おい、遠い目をするな。わかっている。わかっているから」

「天才なのはわかっていはいるんだけどな」

「金貨100枚。違った、オレの分を引いて金貨99枚。明日には届けてやるから」

「明日?」

「グロス老の支払いは明日にならなければ払われない。それとあわせて、店に届けてやるから」

「明日の朝?」

「昼過ぎだな。楽しみに待っていろ」

 話しながらも片づけは進み、テントをたたみ、あとは運ぶだけになったところで、オレ達の前をトテトテ歩いている人物に気がついた。

「ムー!」

「ほよしょ?」

 オレに気がついて、近づいてくる。

「どこに行っていたんだ。探したんだぞ」

「バイトしゅ」

 掲げた手にお菓子がぎっしり詰まった袋を持っている。

「もしかして…」

 ブレッドには心当たりがあるようだ。

「【黒鹿護符店】か?」

「はいしゅ」

「なんってこった!」

 ムーに聞くより、ブレッドに聞いた方が、話が早い。

「どういうことだ?」

「【黒鹿護符店】の符師が手に怪我をして、出店できないかもしれないという話があったんだ。一昨日になって、符師の手当がついたと連絡があったんだが…」

「もしかして、いままで【黒鹿護符店】で護符を書いていたのか?」

「はいしゅ。テントの奥で定型廉価護符100枚書いて、もらったしゅ」

 ブレッドが後ろによろめいた。

「…菓子、菓子なんかで…」

「ウィルしゃん。この人、変しゅ」

「いや、変なのはムー、お前だから」

「はぅしゅ?」

「お前が書いた護符、1枚金貨20枚で売れた」

 ムーがキョトンとした。

 数秒後「はうぅーーーしゅ!」と叫んだ。

 脳に届いたらしい。

「書くしゅ、今から書くしゅ!」

「護符フェスティバルは、もう終わった」

「明日しゅ、明日だすしゅ!」

「今日1日だけだったんだ」

「なんでしゅ!」

「めぼしい商品は初日の早い時間に売り切れるから、2日間やっても意味ないんだよ」

「はうぅーー!」

 本部の片づけはほぼ終了。

 出店者はもういない。

 ムーが書いても、買い手がいない。

 疲れた顔をしたブレッドがオレ達を見た。

 そして、しみじみと言った。

「本当にお前ら、どうしようもないコンビだな」




「よっ、持ってきてやったぞ」

 午後3時過ぎ、ブレッドが桃海亭にやってきた。

 金貨99枚の入った金袋を、重そうにカウンターに置く。

「なあ、ムーは昨日みたいな護符を作るつもりあるか?」

 いきなり、聞かれた。

 桃海亭は古魔法道具店ということになっている。新しい符を置くのは禁止ではないが、扱う品物による棲み分けがあるから置かないようにしている。

「ないと思う」

「昨日の夕方は売れないと残念がっていなかったか?」

「飽きたと言っていた」

「飽きた!」

「ガッティさんが残念そうだったから、1枚書いてもらおうかと思って、昨日の夜に頼んだら『飽きたしゅ』と言われた」

「飽きたかぁ。理由がムー・ペトリだな、って思うわ」

「悪い」

「書くつもりなら、符の専門店に取り次いでやろうと思ったんだけどな」

「ありがとな」

「まあいいさ。それより、面白い話を仕入れてきた」

「なにか、あったのか?」

「昨日、売れた護符のうち2枚が発動した」

「嘘だろ」

 オレが今受け取った金貨のうち40枚分が消えたことになる。

「最初に買ったラルレッツの王族の人は、ニダウから大型飛竜に乗って帰路についたらしいんだが、乱気流に遭遇して飛竜の背中に取り付けられた操縦席と客席が吹っ飛んだらしいんだ。その時、護符が発動した」

「金貨20枚…」

「次に買った賢者エメットは、昨夜、本部の自分の研究室に入ると盗賊がいた」

「攻撃されて発動したのか?」

「いや、盗賊はすぐに逃げたんだが、追いかけようとした賢者エメットが、盗賊用に仕掛けておいたトラップに自分で引っかかった」

「そこで護符が発動したんだな」

 ブレッドがうなずいた。

「最後に買ったグロス老だが…」

「発動したのは2枚だろ?」

「水系と風系の護符はコーディア魔力研究所の支払いだが、魔法反射の護符は自腹で買うことにしたらしい」

「魔法反射……あの、もう1つ別の効果があるといっていた最後の護符か?」

「肉体損傷の修復だそうだ。発動すると傷が修復、勘違いするなよ、回復じゃないからな、修復だからな。護符を持っていた人間の魔力で傷が修復されるらしい」

「よくわからないが、それをあの爺さんが自腹で買ったということか?」

「買った理由が笑える。想像がつくか?」

「ガッティさんにしたイビリ方をみると、爺さん、あちこちから相当恨まれていそうだからなあ。護身の為じゃないのか?」

「それが喧嘩の為だそうだ」

「喧嘩?あの年で?誰と?」

 魔法が一発当たれば、花畑の住人になりそうだ。

「若い頃から仲が悪い魔術師がいるらしくて、数年に1度、大喧嘩になるみたいなんだ。相手が強力な攻撃系の魔術師らしくて、いつも防戦に徹して引き分けに持ち込むらしいんだが……わかるだろ?」

「魔法反射か」

「切り札として、使うつもりらしい」

「符学の教授なんだろ。魔法反射の符を自分で書けばいいんじゃないか?」

「魔法反射と簡単にいうけどな、護符で反射できる魔法は少ないんだぞ。防御結界を護符で作った場合は、かなりの種類の魔法を防げるんだが反射になると数倍は難しいんだ。ムー・ペトリの護符は既存の魔法の90パーセント以上を反射することが可能らしく話題になっているみたいだ」

「サイン入りの護符を写すのは禁止なんだろ。その貴重な護符を喧嘩に使っていいのか?」

「死ぬまでに完膚なきまでにたたきのめして勝利をつかむ、のが悲願らしい」

「元気な爺さんだなあ」

「オレ達より、元気だよな」

 ブレッドが力なく、笑った。

「そろそろ、帰るわ」

「金貨届けてくれて、ありがとな」

 片手をあげて、出口に向かった。

 開けた扉を抜けようとしたブレッドが振り向いた。

「あ、そうだ。言い忘れていた」

 そう言うと、ニヤリと笑った。

「ラルレッツ王族の人だが護符のお陰で、王族も付き人も乗務員も助かったそうだ。召喚されたビッグアイススライムが受け止めてくれたそうだ」

「そいつはよかった」

「全身凍傷だそうだ」

「えっ」

「受け止めたのがアイススライムだからなあ」

 氷点下のポヨポヨに落下。

「そんな顔をしなくても大丈夫だ。軽い凍傷で手足の切断とかないから」

 オレはとめていた息を吐いた。

 まだ、心臓がドキドキする。

「賢者エメットも無事だったが…」

「茨か?茨のとげが刺さったのか?」

「護符が持ち主を攻撃したら、本末転倒だろう」

「そうだよな、うん」

「出現した茨の壁が、高さ横幅ともに20メートルほどの大きさで」

「20メートル」

「厚さ5メートル」

「大きいような気がするんだが?」

「もちろんだ。魔法協会本部の植物専用研究棟3分の2が破壊されて使用不可能になった」

 めまいでカウンターに手をついたオレだが、気力を振り絞って言った。

「保証なし、で、売ったよな?」

「発動の保証はしない、って、意味だな。発動の内容まではカバーしていない」

「護符の発動による賠償は発生するのか?」

「発生しない。使用者の責任になる」

 ホッとしたオレに、ブレッドは手を振りながら扉を抜けた。

「頑張れよ。魔法協会は桃海亭に請求するつもりらしいからな」

「なんでだよ!」

 いま、ブレッドが使用者責任と言ったばかりだ。

「そりゃ、決まっているだろ」

 笑っているブレッドの姿が閉じていく扉の向こうにあった。

「お前らが、桃海亭だからさ」



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