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忘却
木から落ちるかと思った。
零人さんが、もういない?
「兄さんはね、あのまま、戻って来なかった。県外にいるなんて、真っ赤な嘘なの。それでも、実結がいたから私、一人で馬鹿みたいに……」
作り笑いすら切なかった。木の枝にかけられた白い手に、力が入る。
「父さんと母さんも、辛いと思う。自分で言うのもあれだけど、可愛がってた子供が二人共死んじゃって。私も、何も親孝行できなかった。父さんや母さんにも会いたかった」
数秒間の沈黙。
「でも、やっぱり私、実結に会いたいなって思って」
零波が静かに言った。
「実結に、忘れられるのが怖かった。生前は、実結と一緒にいられる時間が長く続けばいいと思ってた。実結と一緒にいたかった。だから、私は実結に会いに来たの」
私は頷いた。私を選んでくれたんだ、零波は。私が零波を忘れるわけ、ないのに。




