二月の記憶
例年より一足も二足も早く蝉が鳴き始めていた。
「もう蝉が鳴いてる。今年は暑くなりそうだね。」
私も苦笑しながら街路樹を仰ぐ。
「そうだねぇ、でも、その分プールが気持ちいいからいいんだけど。やっぱりプールは最高だよねぇ。ね、来週も遊べるって、前に言ってたよね。また行かない?」
「あ……、ごめんね、実結。来週は、お兄ちゃんのところに行かなきゃいけなくなっちゃったの。再来週は家の用事で……」
私が道路に飛び出す。トラックが曲がってくる。零波が私を追いかけて──消える。
すすり泣きが四方八方から響いてくる。
「零波……!」
零波のお母さん──おばさんが、棺にすがりつく。おじさんも。親戚の人も、同級生もが、棺を見守っている。
黒いワンピースを着た私は、左手の指三本に包帯を巻いているだけだった。私は、その光景から目を背けた。
棺が沈黙を抱いたまま重い扉に中へと消えて、私はそこから逃げた。どこを探しても、零波の姿は無い。どこにも、無かった。
しばらくして、私はおばさんに呼ばれ、頭を下げられた。
零波と仲良くしてくれて本当にありがとう。零波を忘れないでいてあげて。そう言われた。
私は黙って頷いた。──でも、頭を下げるのは私だった筈だ。
零波の月命日、私は部屋から一歩も出なかった。母が話をつけてくれて、私はそのまま一日を過ごした。部屋中に残された零波との思い出の品をしまいこみ、写真も隠した。私の顔だけを切り取ってしまいたい衝動に駆られながら。




