フルートのメロディ
何の曲かはわからなかった。けれど、その曲が終わったとき、私はもう一度聞きたいと強く思った。
引き戸の向こうから、零波の溜め息が聞こえた。
「まだ駄目だなぁ……。やっぱり、ピアノが弾けるだけじゃフルートは吹けないのかな」
私は思わず引き戸を開けて言った。
「大丈夫だよ、すっごく上手だったから!」
「……実結、聴いてたの?」
零波が赤面する。ややあって、西陽が零波の後ろから射してその表情は闇に紛れた。
「先輩はみんな、すごく上手なの。でも、人数が少ないから一年も出なくちゃいけなくて......。一年が足を引っ張るわけにはいかないでしょ。私も出場するんだけど、まだ下手だから……」
毎日こうやって練習していたのだろうか。私は、「大丈夫だよ、すごく感動したんだから」と零波を励ました。
「うん。ありがと、実結」
聞こえてくるメロディはそのときと同じものだった。それが、この近くの、私と一度も会ったことのない人の奏でているものであることはわかっていた。それがあの日、音楽室の引き戸の前で聞き惚れたものでないことも、零波が奏でているものでないことも。
けれど、その音は零波だった。私の中では永遠に、フルートのメロディは零波のメロディとして私に焼き付いているのだ。六月の交差点の上でも、たった一人の縁側でも……。
私は服の袖で目をこすった。
零波の音は、聞こえなくなっていた。




