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受話器
「もしもし、片岡ですけど」
私は内心ホッとした。出てくれて良かった。
「もしもし。晃太、私」
「実結? お前、千代ばあの家に居るんじゃないのかよ」
「千代ばあの家から電話かけてるから」
晃太がハハ、とちょっと笑った。
「で、なんの用だよ」
笑いを含んだ声で晃太が尋ねる。
私は視線を落とした。口元が綻んでいるのが自分でも分かる。
「宿題、終わった?」
「まだ。実結終わった?」
「うん。終わらないと行かせないってお母さんが」
「千代ばあの家に?」
「お祭りにも。今何してるの?」
「祭りの準備。宿題も終わってねえのにさ」
「早くやっておけば良かったのに」
「そうだな。宿題は夏の敵だ」
「なに、夏の敵って」
私が笑うと、電話の向こうで晃太も笑う。
ああ、電話して良かった、と私は思った。
晃太の声は安心する。ずっと側に居たからだろうか、胸にすとんと落ちる。
私は微笑みながら言った。
「声が聞けて良かった。じゃあね」
そう言って、私は受話器を置いた。




