Secret In My Ashes 5
僅か3分ほどで生み出された暴力の痕跡。
その惨状を見せまいと立ちはだかるクロードを無理矢理どかせて、ソフィアはエメラルドの瞳に焼き付けるように見詰めていた。
殺されたというよりは壊されたというべきの死体達。赤黒く染まるスカートスーツ。誰よりも尊敬していたキャリアウーマン。
その光景を生み出したのはクロードだが、その力を与えたソフィアは自分の中に眠る炎を眠らせるように眺めていた。
採取後に3分で死滅し、絶対数以上の増殖も培養も出来ないナノマシン、"Sheep Tumor"。
証明されている効果は傷の治癒促進する程度の代物。グレナに教えられた起動方法を試したこの瞬間まで、"Sheep Tumor"の効果を知りながらも、ソフィア自身も"Sheep Tumor"をその程度のナノマシンだと思っていた。
この惨状を生み出したものこそが"Sheep Tumor"だというのに。
"Sheep Tumor"が巡る血液と被検体であるソフィアの唾液。その両方を掛け合わせた化合物を対象者に与え、脳に強制的にアクセス。"Sheep Tumor"が死滅するまでの3分間、肉体のリミッターを解除させる。
それこそがグレナが用意した復讐の矛であり、ソフィアとクロードが選ばれた理由だった。
"Sheep Tumor"を適応させる事が出来た被検体。その炎を灯すに相応しい最強にして最高の傭兵。グレナは"Sheep Tumor"を体内に灯すソフィアを餌とし、クロードという群がる全てを焼き尽くす。いざとなれば"Sheep Tumor"でクロードをもう1つ上のステージに押し上げてやればいい。それがグレナが描いた復讐のプランだった。
「ゴメンね、体辛くない?」
視線も合わせる事も出来ないまま、ソフィアは傍らのクロードへと問い掛ける。
グレナにも僅かな父性でもあったのか、"Sheep Tumor"は起動試験を行っていない。ソフィアはそのリスクを承知した上でクロードに"Sheep Tumor"を使用したのだ。
その結果としてソフィアは鋭敏になった神経の刺激に踊らされ、自分の足で立っていることさえ出来なくなっていた。その事を考えればクロードの体に何が起こっていてもおかしくはないのだ。
「正直戸惑いはしましたが、私に問題はありません」
「ならよか――」
「よくありません」
半ばまでの言葉を強めの口調で否定するクロードに、安堵から胸を撫で下ろそうとしたソフィアは返す言葉もなく黙り込んでしまう。体のリミッターを解除すると言う事は臓器、骨、筋肉、脳神経の全てに過負荷を掛けるという事であり、それがどれだけの物なのかは一端を垣間見ただけのソフィアでも理解出来る。
加害者である自分はどのような叱責も受けなければならない。それがどんな結末を迎えるものだったとしても、再び際限のない孤独に突き落とされたとしても。
覚悟を決めたソフィアに、腰を曲げて視線を合わせたクロードは諭すように人差し指を立てて口を開いた。
「女性が軽々しく男に体を預けたり、キスをしたりする事はいけないことです」
「……え?」
「え、ではありません。私だから良かったという訳ではありませんが、お嬢様ほど魅力的な女性に迫られれば男はどうなるか分かったもんじゃないですよ? それがファーストキスとなればなおさらです」
まったく、とばかりに肩をすくめるクロードに、ソフィアは理解出来ないとばかりに目を白黒させる。
クロードはナノマシンによって許可なく体をいじった事ではなく、ソフィアが軽々しくキスをした事を諭しているのだ。
軽々しい気持ちがあった訳ではなく、クロードの実力を知らなかったソフィアにはキスをするだけの理由はあった。
しかしクロードが全てを理解した上で注意をしてくれた事が、ソフィアには嬉しくてたまらなかった。
「クロード、アタシは選んだわ。戦う事を、暴力を行使してでも生き残る事を、アタシが辿り着くべき終わりを探す事を」
どこか白けた空気と説教を続けられそうな流れを変えるように、ソフィアは腰を曲げたままのクロードの瞳を見つめ返す。
優美な流麗さと刃物のような尖鋭さを併せ持つアイスブルー。
何もかもを受け入れ、何もかもを燃やし尽くしてくれるファイアウォーカー。
縋るべき過去は既に燃え尽き、残されたのはナノマシンとたった1人の傭兵。
だがソフィアにはそれだけで十分であり、だからこそソフィアは誓いを求めるように左手を差し出した。
「だからもう、アタシをお嬢様と呼ぶのはやめなさい――アタシの名前はソフィア・ストロムブラード。アンタのご主人様よ」
「御心のままに、ソフィア様」
跪いたクロードはソフィアの華奢な手を取り、その甲に口付けを落とした。
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