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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Fallin' The Flames
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Kneel Down Ye All Others 6

「正解。お前には感謝しているよ。マザーの復讐を遂げ、相応しい使徒を手に入れ、正しい進化を遂げてくれたお前には」


 満足そうに口角を歪めたグレナはソフィアへと歩み寄り、一房の三つ編みを作られた赤と白の髪を撫でる。初めて触れた髪はサラサラと手の平を撫で、亡き妻を、取り戻して見せると誓った妻を思い出させた。

 共にある事が当然のように思えていた、何よりも大切な存在を。


「喜べ、お前が神だ。受難劇を耐え抜き、ただそこに存在するだけで全てを手中に収めたお前がこそが相応しい」

「そう――でも、アンタは新世界には不適格。切り捨てるべき"腫瘍"よ」


 その言葉を聞き終えるや否や、グレナの腕が鋭い痛みに襲われる。次いで捉えたのは床を打つ水音、視線を落として見えたのは腕に走る赤い線。娘の頭を撫でていた手鋭い刃のようなものに切り裂かれ、眼下の娘はいつのまにか手にした注射筒を玩んでいた。


「自分が何を言っているのか、分かっているのか?」

「ええ、もちろん。本当の神は人を利用しない。誰かが勝手に縋ってきて、勝手に供物を用意されるだけ。でもその供物はアンタのためじゃない」


 グレナはソフィアから距離を取るようにグレナは後ろずさる。年不相応に皺の刻まれた顔は恐怖に引きつり、あてにもならない第6感が危機を今更警告してくる。

 指先から滴り落ちる血を舌で舐め取る少女のその様は、グレナが知っている娘ではない。

 そもそも被検体としてのソフィア以外を知らないグレナではあるが、その事を捨て置いてしまうほどにソフィアの様子は異様だった。


「お前は、愚かな過ちを犯すつもり――」

「跪きなさい」


 憎々しげにに睨み付けてくるグレナにソフィアは手にした注射筒を投げつける。躊躇いもなく投擲された注射筒の針はグレナの足に突き刺さり、その激痛は言葉通りにグレナを跪かせた。


「ずっと疑問だったのよ。無関心だったアタシに僅かな自由すら認めなかったアンタが、どうしてアタシに選択の余地があるように仕向けていたのか。アタシが不適格だった際に、どうやってアタシを"腫瘍"として切り捨てるのか。長い時間を掛けた作品とは言っても、マザー・パス・ストロムブラードとの作品の中に失敗作を残せるほどアンタの器は大きくないはずなのに」


 無様な父親の有様を嘲笑うように鼻を鳴らしたソフィアは、三つ編みにした赤と白のツートンの毛先を指先で玩ぶ。

 クロード達に出会うまで、ソフィアは孤独を仕方ないものとして受け止めていた。1年に1度だけ送られてくるミカエラ・スタンネからのクリスマスカードが、唯一の楽しみとしてしまうほどに。


 その事を考えればこそ、ソフィアはグレナの行動を訝しんでしまう。

 もし両親がその気になって娘に教育を施していたのなら、劣等感と孤独に苛まれる前のソフィアは自主的に計画に参加していたはずなのだ。

 しかしストロムブラード夫妻は手間を掛ける事を嫌がり、有無言わさずにあらゆる処置を施した。

 そんな両親がクロードとレイアという最高の切り札を与える理由も、日本やアメリカに行けるだけの自由を認めた事もソフィアには理解できない。


「偏頭痛は手に入れた情報の適応による付加、そしてアタシに死期が迫っているというサイン。アンタとの再会は"Sheep Tumor"にアタシごと自壊させるきっかけ。アタシが全てに気付いてアンタの記憶とその中にある自壊システムの停止コードを奪えれば、アタシは無事に生き永らえる事が出来る。そしてアンタは自分の才能をアタシに与える事で、母さんを蘇生する技術への足掛かりを得られる。最も重要な目的を果たせると判断していた。果たせなくても、アンタはアタシの身柄を取り押さえる事が出来ると確信していた。全ての責任を母さんに押し付けていくつかの情報を与えれば、レイアは確実にアタシを連れてくるって。可哀想な女の子はレイアの好みだし、最後はアタシにレイアを殺させればいいと思っていた」


 ソフィアはソファの背もたれに手をついてゆっくりと立ち上がる。

 自分の娘は妻によってあらゆる処置を施された可哀想な少女。自分は妻のシンパに社を追い出されただけでなく、命すら狙われてしまっている。そして娘をシンパ達から守る為に"Sheep Tumor"という力を与え、彼女を守る為の暴力(クロード)を与えた。

 激情に駆られるままにマザーを殺害したレイアは、その吹き込まれた情報にソフィアの確保を決定する。メサイアの悲願を成就するためにも、"Sheep Tumor"は有効な切り札となり、居もしないマザーのシンパを駆逐したストロムブラード社は世界征服への近道となるのだから。


 誤った情報と断片的な情報を与える事でレイア達の足を1次的に止めさせ、その間にソフィアにクロードの情報を手に入れさせる。メサイアが動き出す頃にはソフィアの世界は出来上がっており、主を取り戻しに来たクロードが妻の仇(レイア)を殺してくれる。妻の蘇生は傀儡と化した娘と行えばいい。


 もしソフィアが完成していなかったとしても、自分の復讐を成就し、悲願への足掛かりを作る事は出来る。

 グレナが手首に隠し持ち、今では足に突き刺さる注射筒の中身は、ほぼ確実に洗脳を目的としたナノマシンなのだから。


「気に入らないけど認めてあげるわ。誰もが抗えない恐怖が必要な事も、誰もを不幸にしないための救済が必要な事も。だけど、世界もアタシもアンタのものじゃない。アンタが丹精込めて作り上げたアタシは――ただの化け物よ」

 ゆっくりとグレナへと歩み寄ったソフィアは、右手の親指の腹を噛み千切り、俯いていた顔を髪を掴む事で無理矢理上げさせる。

 乱暴に押し込まれた舌は優しく受け入れられ、血液が混じる唾液が2人を繋ぐ。


 瞬間、ソフィアの体が内側から生まれた衝撃に仰け反った。


 血液は沸騰したように熱くなり、心は痺れるような陶酔に震え、体は快感に踊らされるままに恍惚にたゆたう。

 ストロムブラード邸の墓石の下のプライベートラボ、採取したDNAから代替を生み出す技術、ナノマシンプラントに入れられたマザーの死体。

 脳裏によぎり続けるそれらのビジョンすら押し流すように、甘美な刺激はソフィアの内側で炸裂し続ける。

 何もかもが溶けてしまいそうなほどに、まるで全てを許そうとする慰撫(いぶ)のように。


 そして内に秘めた炎が目覚め、脳裏でずっと横たわっていた偏頭痛が霧散していく。


 人間から逸脱してしまった事を理解したソフィアの目からは涙が溢れ出した。


 結局のところ、ソフィアが欲しくてたまらなかった全てが、傍に居てくれるだけで嬉しかった誰もが、グレナによって舞台装置とされてしまった。

 母性を求めてしまった静音も、友達になりたかったドロシーも、気の置けない姉のように思えていたトニーも、誰よりも傍に居てくれたクロードも。誰もが出来損ないの神(ソフィア)にとっての供物であり、利用すべき対象でしかなかった。

 出来る事なら、誰も利用したくなかった。そんな決意などしたくなかった。

 だが戦う事から逃れる事は出来ず、大切な人々は跪かせるべき従僕とするしかなかった。


 だからこそ、ソフィアは何もかもが苛立たしくてしょうがないのだ。

 静音とドロシーがクロードに抱いていた思慕はソフィアへの献身に掻き消され、クロードとトニーの信頼も、ソフィアを守る為のものとなってしまった。レイアの執着でさえ、心の弱さに漬け込まれただけに過ぎない。

 自分が居なくなる事で幸せになれると思った誰もが、自分と出会ってしまった時点で可能性を失わせていた。


 そして皆を取り込むために肉体は重大な欠陥を擁してしまった。

 本来異性に反応するはずのフェロモンを性差なく機能させるために、ソフィアは女性としての機能を失わされている。


 取り返しなど、ストロムブラードに産まれた時からつきはしなかったのだ。


「死になさい。それがアンタ達の復讐代行の報酬、それでアタシの復讐も終わりにしてあげる」


 クロードやレイアと違い、老化と不摂生から痩せ細った体は制御を外れた筋肉に雁字搦めにされ、眼球は神経が運ぶ高速の信号に瞳を震わせる。

 哀れで無様な父の喉輪を左手で掴み、ソフィアは尖らせるように指先を纏めた右手でその胸を貫く。

 仮にも自分を生み出した親を殺したというの、偏頭痛が消え去ったソフィアの脳裏はとてもクリアだった。




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