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Kissin' The Flames  作者: J.Doe
Fallin' The Flames
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Mortal Blood Suckers 4

 岩肌が剥き出しになった暗い室内。岩山の1つに手を加えて作られたファイアウォーカーの施設で、ソフィアは不愉快そうに顔を顰めていた。

 纏う黒のワンピースは気持ちが悪いほどにサイズが合い、腰掛けるソファはどこか埃臭く、肩に回された腕は暑苦しい。

 いくら払おうとも離れようとしない腕も、遠くから聞こえる雑音も、相変わらずの偏頭痛も、何もかもが不愉快でしょうがなかった。


「分かった。ジジイが見つからなきゃそれでいいから、ジョンはシェルターに隠れてろ。いいって言うまで絶対に外に出るんじゃねえぞ」


 そう言って嘆息を漏らしたレイアは、トランスポンダの端末をソファに投げ出す。

 直接島に乗り込んできた人数はたった2人。だが引き連れ、身に纏う暴力はレイアが合法非合法、手段を問わずに手に入れるほどに惚れ込んだものだった。


「アンタは愚か者だわ」

「どうしたってんだ。襲撃者のことなら心配いらねえよ、ソフィアだけは私が守ってやるからさ」


 傍らでポツリと呟かれた言葉に、レイアは白髪が1筋混じった赤髪の頭を抱き寄せる。太い三つ編みに編まれた2色の髪と、白磁のように白くきめ細かい肌の肩は黒いワンピースに映え、生来の美しさと相まって神秘性を纏っているようだった。


「最上級の実力とカリスマ性、揃えた優秀な人材を手に入れられたのはアンタの才能。でも裏を返せば、戦争以外の決め手は全部人任せ。本当にアタシが協力するとでも思ったの? それとも、アタシを利用出来るとでも思ってたの?」


 米国最高峰のデジタル防壁の破壊、傭兵一族ファイアウォーカーの壊滅、そしてソフィア・ストロムブラードの拉致。余罪はたくさんあれど、これだけの事を成し遂げられたのはレイア・ブレームスという最悪のファイアウォーカーが居たから。

 だが実力を認めるという事と、その思想を受け入れると言う事は別の話だ。


「……ソフィアには、悪い事をしたと思ってる」

「笑わせないでよ。アタシを篭絡しようとしたくせに、殺した女の娘を利用しようとしたくせに」


 悲痛そうに歪められるレイアの顔に見向きもせずに、ソフィアは自分の肩を抱くレザージャケットの袖に爪を立てて告げる。


「お母さんを殺したファイアウォーカーは、レイア・ファイアウォーカー、アンタよ」


 かつての自分の名前にレイアは自嘲するような笑みを浮かべる。


 事の始まりは、ストロムブラード社がアフガニスタンで行った雇用拡大の事業だった。


 現地にストロムブラード社のナノマシンプラントを新設し、雇用問題を解決するだけでなく、内紛が未だ多いアフガニスタンで医療用ナノマシンを流通する事が出来る救済のプロジェクト。

 少なくとも誰もがそう思っていた。護衛部隊を送り出したスウェーデンも、ストロムブラードが直々に依頼を出してきた2人のファイアウォーカーも。新米の義弟を連れていたレイアも額面通りに、マザー・パス・ストロムブラードの護衛に従事していた。護衛部隊の1つ失踪し、通信からテロリストとの接触を知るまでは。


 ただただ平和な環境に飽きたのか、それとも手にしたリュミエール製の武器に酔いしれたのかは分からない。


 それでも虐殺に興じ、無力な女を犯そうとする敵を許す通りはレイアにはなかった。

 鋼を伸ばしただけの刃はテロリストに成り下がった男達の首を刈り取り、携行性の高さから気に入っているワルサーPPKは逃げ出そうとした敵の心臓を撃ち抜いた。

 怯える女のロザリオからキリストの飾りを引き剥がしたその時、脳裏をよぎる直感からレイアは全て理解出来た気がした。


 富も地位も名誉は手中に収めたストロムブラード夫妻が次に求めたのは、押し付けがましい救済による自己満足ではないのだと。

 ナノマシンプラント新設による雇用拡大は現地の武装テロ組織への挑発であり、同行させたスウェーデンの護衛部隊は最適な悲劇を生むための舞台装置。現地で活動中のNPO団体は都合の良い犠牲者で、ファイアウォーカーは有事の際の切り札。


 何もかもが茶番であり、何もかもがデモンストレーションの一環なのだと。


 NPO団体は支援を求めるためにストロムブラードの目の届く場所で活動を始め、歪んだ自由に酔いしれた裏切り者達は無力な女を人質にストロムブラードに国外への退去とナノマシンプラントの譲渡を要求する。慈善事業に踏み出したストロムブラードはその取引を無視出来ない。ファイアウォーカーに守られているマザー・パス・ストロムブラードを拉致する事は出来ないが、手に入れた施設と資金は現地の武装テロ組織を買収しても余りあるもの。アフガニスタンでの悲劇はストロムブラード夫妻を被害者に仕立て上げ、その活動をあらゆる人々に支援させるだろう。


 その活動の真意が、どういうものかも知らずに。


 だからこそ、レイアはマザーが用意したシナリオに乗って悲劇を演じた。テロリストと交戦、辺りに生存者が居るとマザーに救援を仰いだのだ。

 自身のシナリオの上で人情家を演じてしまったマザーは、クロードにレイアからの救援を受けさせた。ファイアウォーカーが裏切らない事は絶対的なルールであり、脅威であるテロリストはレイアが全員殺してくれた。断る理由などなかった。

 そして切り札の全てを失ったマザーは、残ったスウェーデン軍護衛部隊を道連れに殺害され、レイアは義弟によって事態がファイアウォーカーに知れる前にメイと共にアフガニスタンを脱出する。


 トランスポンダ越しの義弟への勧誘は望み薄。予想通り拒否された事からレイアには、ファイアウォーカーを抜ける事への躊躇いはなくなっていた。

 よく出来た義弟のように清濁併せ呑む事など、激情家な自分には出来るわけないのだから。

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